第33話 ジークリンテ
ジークリンテ=ユリシーズ。
彼女は完全な人間を大量生産しようとする『ユリシーズ計画』によって生まれた。
当時ヒトゲノムの解析が全く進んでいない状態で遺伝子操作などの技術はない。
全米各分野のトップクラスの男女の精子卵子を集め、品種改良のように何百何千通りの受精卵を作った。
長い試行錯誤の末にようやく最高の素材が誕生した。それがジークリンテである。
10歳まで生育した時点で、人類最高レベルの知能指数と運動能力を持ち、容姿も大変優れている。
精神も安定しており、内臓や免疫系統にも一切異常が見られなかった。
その間も作られた子供たちは多くいたがジークリンテを超える素材は現れなかった。
そしてここからが『ユリシーズ計画』の本番。
ジークリンテは初期の受精卵の分割の時点での胚のひとつを取り出せれ冷凍保管されている。
クローン技術の最大の欠点は細胞が老いているという点だ。
そのため一体作るのに大量のコストがかかる割には寿命が短い。
その欠点を補うためには受精胚の初期の段階で胚からクローンを作ればよい。
こうしてジークリンテは最も優秀なクローンのモデルとして大量につくられる計画だったのだが結局頓挫することとなる。
時の権力者が変われば組織も変わる。
冷戦終結後に軍拡競争の流れも変わった。
元々倫理面で問題が大きくあったユリシーズ計画は財政緊縮の煽りを受けて密かに中止になり、計画自体歴史の闇に葬り去られることになった。
優秀だったジークリンテはCIAに拾われ、また10歳年下の百体のクローンたちも戸籍を与えられてそれぞれの人生を歩むことになった。
勿論、ジークリンテの百体のクローンはそのまま表舞台に出ればユリシーズ計画が社会に発覚してしまう。
あまり目立つ様な行動は制限されてしまっていたが、とはいえジークリンテはこの狂った計画から解放されたことになる。
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ジークリンテを降伏させてから、場所を変えてヤヤと扇、ミラとジークリンテは4人は合流した。
それにしてもヤヤを除く三人は異常に背が高い。
高さ順で言えば扇、ミラ、ジークリンテだが、ジークリンテはヒールを履いているからミラと同じくらいの背丈になる。
「た、立ち話もなんだから座ろう」
ずっと見下ろされてばかりいるヤヤは無理やり三人を座らせたのだった。
丸テーブルに四人がそれぞれ対面するように座る。
長い話になる。机にはアイスティーが置いてあり、それを飲みながら話す。
既にジークリンテは制圧している。無駄な駆け引きはせずに事実のみを説明する。
「なるほどねぇ、色々状況は飲み込めたわ」
ヤヤ達の経緯を説明して、ジークリンテはとりあえず納得したようだ。
「11月に目覚める『虚無』とかいう怪物を倒すには巨大隕石をそのままぶつける必要がある。
隕石墜落の影響で地球が破壊されるのを防ぐにはこの国に封印されている『氷使い』の協力が不可欠。
しかし、『氷使い』は何者かに操られている。それを何とかするためにはトロイが奴の精神に侵入するのが現状一番有効な策というわけね」
「理解が速くて助かるよ」
「まぁ、あんなものを見せられればねぇ」
合流後、ジークリンテにはトロイ経由で、ヤヤの記憶を見させている。
『虚無』が現れ地球どころか宇宙全体を破壊する様子をまざまざと見せつけられた。
百聞は一見にしかずというやつだ。
「それにしても現状は課題山積ね。
まず第一に国連軍全部を説得することができるかということ。
トロイ経由で直接見せるということはあまり多くの人間に見せれるというわけではないわ。時間が足りなくなる。
軍部の上層部の人間は今みたいにトロイ経由でヤヤ君の映像を見せればいいわけだけど下部の連中はどうするか。
しかも、あれを見ても『虚無』が目覚めることを信じない人間もいるでしょう。
立場が変わればあなたたちが世界を滅ぼそうとしているようにも見えるわ」
「やっぱりこの記憶だけでは信じてもらえないかな」
不安げに尋ねるヤヤにジークリンテは髪を掻き上げた。
「否定派を黙らせるためには科学的な裏付けが欲しいところね」
「そういえばそれをするために有栖川一美さんへの説得をミラに頼んでおいたけど現状はどうなの?」
思い出したように話を振るとミラは難しい顔をしてた。
「それが、一美さんは今体調が悪いみたいで、交渉ができていません」
「そうなんだ。それは心配だなぁ」
今回の事態の科学面からのアプローチを頼むのに適任なのは世界で一番優秀な頭脳の持ち主と言われる有栖川一美である。
有名になりすぎた彼女は孤島に引っ込んで暮らしているそうだが未だに連絡が取れないのは痛い。
ミラは並行して他の科学者に調査を依頼しているが成果は芳しくないそうだ。
今現在目覚めていない『虚無』の存在を証明することなど悪魔の存在証明にも等しい。
並の研究者では不可能だろう。
「有栖川一美は護衛が必要かもしれないわね」
ジークリンテが眉を顰めながら呟いた。
「どういうこと?」
「『虚無』と戦うあなたたちにとって未知数の敵がいるでしょう。そこのミラの弟」
「……っ」
ミラが表情を変える。ギリッと歯噛みをした。その表情をジークリンテは痛々しい顔で見つつ発言を続ける。
「来栖多識よ。『全知』の能力を持つ恐るべき残虐性を持った男。来栖一家惨殺事件の真犯人。
彼はどういう方法かは検討もつかないが『虚無』の力を手に入れようとしている。私たちが『虚無』を倒すならいずれ邪魔になるでしょう。
今まで来栖多識による何らかの妨害は何かあった?」
「一応、まだないと思うけど」
ヤヤは自信なさげに答える。
「では、これからは何かあるかもしれないわ。
いかに来栖多識といえども『虚無』のあれ程強大な力をそのまま乗っ取れるとは思えないわ。
とすれば彼の狙いは私たちに『虚無』を叩かせて、弱めること。そして漁夫の利を狙っていると推察されるわ」
「なるほど」
「そうすると一人厄介なのがいる。『虚無』を倒しかねない人物が一人。
『神の頭脳』とも称される希代の天才有栖川一美。
彼女ならば『虚無』を倒してしまうような驚くべきアイディアが浮かぶやもしれないわ。
私たちがいくら世界中の戦力をまとめようと『虚無』を力で削ること以上のことは思いつかないから。
来栖多識がその危険性を予見したなら彼女に何かしてもおかしくないでしょう」
「ならば俺が護衛にいこう」
手を挙げたのは扇要だ。
「俺はテロリストの嫌疑がある以上表立っては動けない。今回アメリカに来るだけでもひと苦労だった。
孤島に引きこもっている有栖川一美の護衛ならあちこち動くこともないから安全だ。
それに奴には面識がある」
どうするか扇は最終判断をヤヤに目線で問う。ヤヤにとっては選択肢は少ない。
来栖多識相手にある程度戦えるのは自分とミラと扇しかいない。そうなれば自由に動ける自分とミラより扇を置くのが効率的だ。
「うん、じゃあよろしくお願いするよ」
「ふっ、まぁ、あそこには六道録助の実姉である有栖川六花がいる。六道家開祖六道鹿花の生まれ変わりと謳われた天才忍者だ。奴が守っている以上俺の出番などないだろうが」
「録助君のお姉さんってそんな有名人なんだ」
「本人はかなりエキセントリックな性格を装っているが。そういう意味で有名ではあるな」
「あんまり会いたくない人だね」
「ちなみにお前のクラスの担任の有栖川数也の嫁にあたる」
「……世間は狭いなぁ」
「じゃあ僕らはこれからオクタヴィア退治するために各国の軍部に交渉してくるよ」
「今、俺の役割分担を決めたばっかりだが、やはりシーマの相手は俺がした方がよくないか」
扇は心配しながら聞くがヤヤは固辞した。
裏社会においてシーマの危険性は最も大きく知れ渡っている。
なにしろ隠れる気もなくやりたい放題悪行の限りをやっているのだから。
しかし、超常を封じれる扇ならシーマは簡単に倒すことができる。
「いや、やっぱり扇さんは有栖川一美さんの方をお願い。動きが掴めていない来栖多識の方が怖い」
「そうか。もしも奴が襲ってきたなら……」
扇はミラを気遣い気に見る。ミラは決然と言い放った。
「倒してくれてかまわない」
「……そうか。奴はあったこともないが『全知』の能力を持っている以上殺す気でいかなければ俺がやられかねないからな。
それに、俺の予想が正しければ最低でももう一つは何か恐ろしい異能を持っているはずだ。
『全知』だけでは4才の子供が大人を殺すことはできん」
「……すまない。危険な目に遭わせる。弟の不始末は本来なら私がつけなければならないのに」
「言うな。まぁ、奴が襲ってくるとも限らん。多分俺が一番楽な仕事だろうよ」
「そうだといいんだが」
「それと、もうひとつ重要なことがある」
ヤヤが切り出した。
「東雲世志乃を今回の戦いに参加させたい。ジークリンテさんには彼女の師匠として働きかけてほしい」
ジークリンテは目を閉じて唸る。
「まぁ、やはりそういうと思ったわ。単純な戦闘力では間違いなくこの世界ではトップクラスだしね」
「多分、僕が言っても無理だと思う。元々接点があるわけでもないし、説得材料が何もないから」
ヤヤはループ中にクラスの誰が死ぬか知っている。それを助けることで恩を売っているわけだ。
例えば佐脇爽子はヤクザに誘拐されて殺されるところを救出することで日本の財界のトップにいる父親に佐脇和喜夫の協力を取り付けている。
しかし、東雲世志乃の場合は毎日普通に登校していて、何か危険に巻き込まれたような兆候がなかった。
助けが不要な彼女に対してヤヤがどうやって協力を取り付けるのか。
ちなみに扇要とその仲間たちが全ての事情を放して彼女に助けを求めたが断られている。
それによって『虚無』を倒すための異能者が彼女の周りに集まったのは皮肉な結果だ。
「ジークリンテさんなら彼女と親しいし、何か働きかけができないかなぁと思って」
「それは買いかぶりだと思うけれど。まぁ、善処するわ。ところで聞きたいんだど」
「はい。なんですか」
「そこのミラとお前は恋人同士なの?」
「ええっ!? ……あのそういうのじゃないです。ミラ、そうだよね?」
ミラはにっこり微笑んだ。
「私は単なる肉奴隷です」
「えっ!? そんな関係なの!」
ジークリンテは素でギョッとする。すかさずヤヤは叫ぶ。
「冗談でもよしてよ!」
「私はそのつもりなんですけど押し倒してくれません。どうしたら欲情するんですか?」
「……知らないよ」
ヤヤは天を仰ぐ。
「随分と倒錯した関係ね。同じスペック高いけど何故かモテない仲間だと思っていたのに先を行かれてしまったわ」
心なしかションボリしているジークリンテだが気を引き締めて真顔に戻る。
真面目な話に戻すらしい。少し間を置いて口を開いた。
「あなたを殺そうとした私の処遇はどうなるのかしら」
ジークリンテは不安そうに尋ねてきた。
ヤヤとしては自分を殺そうとしたジークリンテは返り討ちにしたわけで実害はなかった。
むしろ、殺されたジークリンテの方が何かしてこないか不安であるくらいだ。
その点についてはミラが説明しだした。
「拘束したジークリンテさんのクローンに関しては全員に小型の爆弾を埋め込みました。
無理に摘出しようとすれば爆発して死にます。
爆発は極めて規模が小さいもので周囲には被害がでません。死ぬのは本人だけです。
私の指示一つでいつでも全員爆死できるようにしておきました」
「ひっ」
ジークリンテは悲鳴を上げる。さすがにヤヤもやり過ぎではと思う。
「ちょっとミラ。そこまですることはないんじゃない」
「彼女がこちらに協力するというのは口約束です。強制力がありません。彼女が裏切らない保証がありません」
「裏切るわけないじゃないか!」
慌てて叫ぶジークリンテ。
「ええ、ですから裏切らなければ何もしません」
「クローンは私の能力の要だ。彼女らが殺されては私は裸同然だ。
それに彼女らもそれぞれ人格があって別人なんだ。私の行動次第で全員爆殺するとか鬼畜のすることだぞ!」
「転生先の肉体を乗っ取る能力なのに何を言っているんだか。それに、私はヤヤさんのためなら鬼畜と言われようが構いませんよ」
「怖っ! この女、怖いわ! ……これがヤンデレというやつね。たまげたなぁ」
「よくヤンデレとか知っているなぁ」
ヤヤが思わず口を出すと、ジークリンテは乗り気だ。
「おっ、お前もいける口か。何を隠そう私は日本の漫画やアニメが大好きだからな」
ミラとかは扇に「ヤンデレって何」と小声できくも、扇も「おれも知らん」とバッサリ。
実はジークリンテは隠れオタクでたまの休みはそれらを読んで消化している。
敵の多いジークリンテは恋人を作ればそれらを誘拐されて、こちらを脅してくる材料にされる可能性が高かった。だから彼女は恋愛などしない。
そのため暇を持て余しており、日本語の習得のために読みだした日本のコミックにどっぷりはまってしまった。
ヤヤも引きこもっていただけあって本質的にはオタクだ。
意外なところで二人は意気投合。
「学校には意外とそういうのオープンにしてる人ってすくないんだよね。特に共学だと女子の目を気にしてね」
「こっちもそう。アメリカじゃオタクはナードといわれて日本以上に蔑視されているから。アメリカ社会のマッチョ&ビッチ至上主義は異常。
職場にもそういう話できる奴いないし。今の私の立場だと余計に無理なのよね」
「うん、わかるわかる。こっちもトロイとか二次元の話しても反応薄くてさ」
「悪かったな」
急に引き合いに出されたトロイが悪態をつく。
ヤヤはバツが悪そうに手元にあったお茶を飲んで誤魔化す。
するとジークリンテが思いついたように叫んだ。
「そうだ、お前は私の恋人になればいい!」
ヤヤはブーっとお茶を吹き出した。
「ゲホっ! 何急に言い出してんの!?」
「私が恋人を作らなかったのは私の恋人になれば敵対組織によって危害が加えられる可能性があったからよ。
お前ならそんなもの撃退できるでしょう。それにミラもあなたとは恋人同士ってわけではないようだし」
「いや、それなら扇さんとかでも」
「……お前、厄介な女を押し付ける気か?」
扇がジロッ睨む。
「いや、そういう意味じゃなくて。見た目的にも釣り合いが取れているからさ」
「そこの男は論外よ。全然二次元に興味ないみたいだし。それに男の条件に身長とか気にしたことないわ」
「ふっ、だそうだ」
「いや、ちょっと待って」
「私がお前にとって大切な人になればクローンをいつでも爆殺できるミラへの牽制になる」
ジークリンテの目的にミラは納得して頷く。
「なるほど、確かにお前がヤヤさんの恋人であるならば私も余程のことがないかぎりお前を攻撃することはできないな」
「あら、嫉妬とかしないのかしら」
「全然、むしろ歓迎する。ヤヤさんは誘っても全然乗ってこないしどう攻略すればよいのか悩んでいたところだ」
「ふむ、そういうことなら……」
そういうとミラとジークリンテは二人でヤヤを挟むように席をずらす。
間に挟まれたヤヤは肩身の狭そうに肩を縮める。
ライオンと虎の間に野兎が挟まれたようになっている。
「誘ってもこないならこっちからいけばいいのよ」
「なるほど、時代は肉食系か」
「あの、僕の意志は関係ないのですか」
「何?」
ギラリとジークリンテの眼光が射すくめる。
「いや、なんでもないです」
「……押しに弱すぎるだろう」
トロイはちょっと呆れていたが、三人を真正面から見るの扇の感想は別だ。
「世界中を財力で意のままに操る来栖ミラと、世界を軍事力という暴力によって意のままに操るアメリカの影の支配者ジークリンテ。
この二人を自分の女にしちまった静森ヤヤの名が裏社会で知れ渡るのはそうは時間がかからないだろう。
世界中を巻き込んで戦うとなると実像はともかく黒幕としての知名度は重要になる。
そういう意味でヤヤは強力な力を得た」
「そうだな。ちょっと前までただの引きこもりのだったのに。思えば随分と遠くまで来たものだ」
トロイは感慨深げにヤヤを見つめた。




