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死にまくり救世主伝説 ヤヤ  作者: エタりびと
第四章 ジークリンテと百人のクローン
33/36

第32話 テラブレイク

 静森 ヤヤ

 その名前を体現するかのように彼は『静』と『動』の二つの身体操作を会得している。


 『静』の身体操作。つまるところ、自らの肉体との対話だ。

 始めは自律神経をコントロールするだけだった。次第に脈拍を自在に操れるようになり、血流を操作することができるようになった。

 そうすると、血液を思い通りに循環させ、身体の隅々まで毛細血管の先まで知覚できるようになる。

 それをさらに高度に感覚するようになるとその先の細胞同士の循環まで把握できるようになった。

 これにより、ヤヤは自身の肉体全ての細胞と掌握できるようになった。

 現在ヤヤは全身60兆の細胞を全てを自在に操作することができる。

 例えばヤヤは体内に細胞の変異があればたったひとつの癌細胞ですらすぐに把握し、自ら免疫細胞を操作し、最短最速で取り除くことができるのである。

 

 ミラとの戦いの中での突然死対策のために編み出した技であり、この全地球上で、いや全時空上でヤヤのみしか使えない気の遠くなるような身体操作技術体系である。

 

 しかし、この技術はヤヤにそれ以上の大きな力を与えることになる。

 それが『静』との表裏一体にして対極に位置する『動』の力である。

 


********


 初めて来たアメリカの街並みをキョロキョロしながら歩くヤヤ。

 何もかもが珍しい。

 引きこもりの自分がまさか夏休みを利用して異国の地まで出かけるようになろうとは五月の時点では思いもよらないことだった。

 好奇心と未知への怖さが合い混じった高揚感があった。

 

 そんな彼を監視している集団があった。

 ジークリンテとその親衛隊だ。複数がチームになってぴったりマークしている。


 その中で最もヤヤから近い位置から監視していた三人組の一人が呟いた。


「今回の仕事は簡単そうだな。あんなガキを一人拉致すればいいなんて」


 すぐに脇にいた男が諌める。 


「油断するなよ。見かけで人を判断するなといつも言っているだろう。

 俺たちみたいなサイキック使いなら身体の大きさでは戦闘力を判断できない」

「わかっているよ。でも子供だぜ。何より戦闘は経験が重要だ。あんな小便くさいガキに何ができる?」

「そうはいってもあのガキ、あれでも高校生なんだぜ」

「ワオ! 日本人ってあんなにチビなのか!? そいつは驚きだぜ!」


 複数のチームで分かれて監視を続ける親衛隊たちだが正直言って今回の士気は低い。

 小学生と間違えるばかりの小柄なヤヤに対してそこまで警戒心は湧いてこない。

 しかし、ジークリンテだけは違った。


 ヤヤの動きに違和感を感じさせるのだ。

 ワザと自分が弱く見えるような振る舞い。か弱い子犬が実は狼であるような演技臭さだ。

 現にヤヤは人気のない道へとどんどんと入り込んでいる。

 まるでつけているのは分かってますよ、いつでも襲いかかってきてくださいと言わんばかりだ。

 ジークリンテは少しだけ思案する。


 ――罠だろうか。こちらの監視に気付いたか。だとしたら恐ろしく鋭い奴だ。

 そして、尾行されているにもかかわらず、敢えて撒こうともせずにこちらを絡め取ろうとは大した自信だ。

 いいだろう。ならばこちらも敢えてその罠にかかってやろうではないか。



 ジークリンテは周囲を伺う。

 ヤヤは人っ子一人いない路地に入った。

 今だ、と手下どもに合図を出した。



 スタスタと歩くヤヤの前に三人の屈強な男が立ちふさがった。

 先程ヤヤをチビと笑った連中だった。その中の一人の男がずいと前に出て叫んだ。


「フリーズ! 動くな! 抵抗するなら殺す。大人しく捕ま……」

  

 その瞬間に男の視界はぐるりと回った。空と大地が逆になったと思うと後頭部をコンクリートに強か打ちつけ失神した。

 ヤヤが即座に投げ飛ばしたのだ。

 

「っ! この野郎!」

 

 一瞬の出来事に何が起こったか分からずに呆けた二人だったが、すぐさまヤヤに襲いかかる。

 二人ともヤヤの合気道によって投げ飛ばされるがもう油断はしていない。

 受け身を取って着地するも起き上がりかけにヤヤの掌底が連続して二人の顎を捉えた。

 脳を揺さぶられた二人は意識を刈られて倒れ伏した。


 瞬く間の出来事だ。ヤヤより頭三つ分は大きいタフガイをのしてしまうのに五秒もかかっていない。

 力量差は歴然だ。これにはジークリンテも目を丸くした。


「素晴らしいわ。あなた見かけによらずテクニシャンなのね」


 路地からヤヤの目の前に堂々と姿を現したジークリンテ。距離にして十メートルほど。

 彼女の前には先程の三人よりさらに背丈の大きい偉丈夫が守る様に立ちはだかる。

 ジークリンテの盾、キンデラン。自らを硬質化する能力を持ち、その硬さからダイヤモンドキンデランという二つ名も持つ。

 ジークリンテが姿を現すと続々と親衛隊もヤヤを取り囲むように姿を見せた。

 彼らは全員がそれぞれ異能を持っている。

 そして、今のやり取りでヤヤが驚異的な戦闘技術を持つこともわかった。もう油断もない。

 彼ら全員が戦闘態勢を取っている。世界中から探し出した戦える超能力者たちだ。

 肉体を強化し、たった一人で一騎当千の実力を有している者たちばかり。

 ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。銃弾さえまともに当たっても死なないだろう。

 これではさしものヤヤでも手も足も出ない。


「ちょっとあなたの力を見たくてね。でも、想像以上だった。一体何者なの」


 ジークリンテはこの絶対有利の状況で余裕がありげに尋ねた。それに対してヤヤも泰然と答える。


「何者ってほどでもないよ。ただの元引きこもりの高校生だよ」


「ただの高校生がそんなエゲツナイ技術をどこで覚えたのかしら。

 でも、いけない子ね。自分の力を過信して。少しばかり強いからって自惚れ過ぎよ。

 こんな人気のない路地に私たちを誘うなんて。

 常に自分の力では対処できない場面を想定するべきよ。

 そうすればこんな事態にはならなくて済んだのに」


 ジークリンテはヤヤに諭すように優しく話しかけた。まるで冥土の土産かとでもいうように。

 しかし、ヤヤはキョトンとして首を傾げた。


「……常に最悪の事態は想定はしてるんだけど? 絡め取られたのはそっちだよ」

「何?」


 ジークリンテがヤヤの挑発に顔を顰めたその瞬間に、地面のマンホールの蓋が鋭い音と共に吹き飛んだ。猛烈な速度で飛んで行ったマンホールの鉄製の蓋はひしゃげていた。

 驚くべき衝撃を加えられたのは一目瞭然だ。

 そして、地下から一人の男が躍り上がった。

 男は地上に飛び出すと回し蹴りを取り囲んだ親衛隊に食らわせる。


「ぎゃ」

「うわっ」

「ひぎぃ」


 蹴りをまともに喰らった男たちは吹っ飛んで壁に叩きつけられ気絶する。

 

「な、そんな馬鹿な!? 一体どういう事だ! 

 銃を真正面から受けても死なないほどの訓練された強者を、蹴り一撃で戦闘不能にするなど」


 叫びながらジークリンテは気付く。自分のサイキックが使えなくなっている。これでは肉体強化も使えない。

 

「こんなことができるのは……。まさか。貴様、来栖ミラだけでなく史上最悪のテロリストとも繋がっているのか」


「史上最悪とは随分な言い回しだな。どれもこれも冤罪だというのに」


「扇要かっ!」


 地下から突然現れた男、扇要は名前を呼ばれてニコリと笑った。

 扇要の持つ超能力は自身を含めて全ての超常を無効化する『虚構の捕まえ手キャッチャーインザライ』。

 超能力殺しの超能力だ。

 普段から超能力に頼った戦闘をしている人間などそれを失ってしまえば倒すのは容易い。

 扇は次々と親衛隊を殴って気絶させていった。


「このぉ!」

 

 ジークリンテは憎々しげに歯噛みをするが、すぐに切り替える。 

 ヤヤがいつの間にか彼女のすぐ側まで走り寄っていたからだ。

 するとヤヤの前に立ちふさがる巨大な影がひとつ。

 ダイヤモンドキンデランだ。

 両手を広げてジークリンテを庇うように仁王立ちをする巨体は二メートルを超え、その筋肉はボディビルダーも裸足で逃げ出すほどの圧力だ。

 扇要の能力無効化によってサイキックは封じられたがその筋肉はいかなる防壁をも上回る天然の要塞。

 そして、キンデランはヤヤの攻撃を見切っていた。


 ――東洋の格闘技、柔術。その究極奥義という合気。攻撃の際の相手の力を利用してさらに自分の力に上乗せする神秘の秘奥。

 ならばこちらから攻撃を仕掛けなければ力を利用されることはない。

 奴も超能力が使えない今、あの小枝のような細い腕でこの筋肉を傷つけられるものか!



 キンデランにあるのは自分の筋肉への絶対的な自信。タンク役としての矜持。

 そして、攻撃を受けた瞬間にすばしっこいヤヤのか細い身体を掴んでグシャグシャに潰してやるという闘争心のみ。


 地を這うように駆けるヤヤはキンデランの懐に潜り込んだ。

 

「来い!」

 

 その瞬間にキンデランの身体はビクンと跳ね上がり、呆気なく崩れ落ちた。

 ヤヤの右手に握られた黒い器具が火花を散らした。

 スタンガンだ。

 生身の肉体などいかに鍛えていても脆いものだ。

 

「銃を使わなかっただけ感謝してよね!」


 地に伏したキンデランに言葉をかけたヤヤは本丸のジークリンテに迫る。

 彼女は懐から銃を取り出していた。

 ヤヤも持っていたスタンガンを捨て、銃を取り出す。


 先に撃ったのはジークリンテ。連続して五発の銃声が響いた。


 彼女の射撃はそれは見事なものだった。

 姿勢は一切ぶれることなく素早く正確に弾を撃つ。

 サイキックを得るまではCIAのエージェントとして働いていた。

 かつての同僚の中でもトップクラスの射撃技術を有していた。

 後天的に超能力者となった彼女の引き出しは超能力など頼らない真っ当な戦闘技術においても群を抜いている。


 ジークリンテの銃弾を避けようとヤヤは飛び上がるが全ては撒き餌。

 本命はこの一撃。彼女は正確無比で無慈悲な一撃を放つ。

 死神が鎌を閃かすような残像が見えた。

 彼女の銃弾の軌道はヤヤの位置からはどう逃げようとも避けきれない必殺の軌跡だ。


 仕留めた、とジークリンテは確信した。

 しかし、その瞬間に驚愕することになる。


 彼女が銃弾を放つと同時にヤヤは一発の銃弾を放った。

 それは空中でジークリンテの放った銃弾と衝突して甲高い音を残して火花を散らした。


 飛んでくる銃弾を銃弾で真正面から撃ち落としたのだ。

 これには流石のジークリンテも悲鳴を上げる。


「そんな馬鹿な! ありえないっ!

 こんなときになんとういう偶然! なんという不運!

 いや、まさかこれすら意図的にやったのか!?」


 この土壇場でこんなことができるのなら、ヤヤの銃の腕はジークリンテをはるかに上回ることになる。

 銃などまともに扱えるはずもない日本人の高校生に。

 戦闘技術だけでなく射撃技術までもだ。

 一体どれほどの技量を有しているのか彼女にはもう見当もつかない。


「そもそも、それまでの銃撃を避けれたのもおかしい!

 こちらが撃つ前から回避行動に移っている! まるで予知能力者だ!

 しかし、たとえ予知の超能力の持ち主だとしても扇のせいで静森自身もサイキックは封じられているはず。一体どうして!?」


 混乱しながらもジークリンテは銃弾をリロードしようとするも、ヤヤに腕を打ち抜かれ銃まで取り落としてしまう。

 ヤヤは走って彼女に接近しながら、ピストルの銃口はジークリンテの額に標準を合わせていた。 

 引き金を引こうとしていたヤヤに対してジークリンテは叫んだ。


「待て! 引き金を引けばお前も死ぬぞ!」


 ヤヤの引き金を引く指が止まる。ジークリンテは立て続けに叫ぶ。


「私には自爆装置が埋め込まれている! 私が絶命したらその瞬間にこの爆弾が爆破されるように設定してある! 今ここで私を殺せばお前も爆破に巻き込まれるぞ!」


 ジークリンテは叫びながら扇要からできるだけ距離を離れようとする。

 全ての超常を無効化する『虚構の捕まえ手』の射程距離20メートルから離れなければ。

 ここで死んだら『可能転命キングダムズフォトグラファー』は使えない。完全な死あるのみだ。

 彼女のプランは20メートル離れた瞬間に自爆してヤヤを爆破に巻き込むこと。

 そして『可能転命』で安全な場所にいるクローンに憑依転生することだ。

 間違っても現在来栖ミラと対峙しているクローンには転生することはない。転生先は自ら設定できるのだ。


 ヤヤは強烈な跳躍をして、彼女との距離を一気に懐まで飛び込んだ。まだ扇要との距離は二十メートル以内だ。自爆できない。


「おい! お前、人の話を聞いていたのか!?」


 ヤヤから感じる強烈な殺気に思わずジークリンテは身構えた。

 残った銃弾を心臓にぶち込まれると思ったからだ。

 しかし、ヤヤは右手の平を軽くジークリンテにそっと添えるように胸元に当てただけ。

 ジークリンテはそれが一瞬攻撃だとはわかなかった。

 拍子抜けした。それは掌打というにはあまりにも静かな動作だった。

 だが、静かに見えたのは見た目だけ。その時ヤヤの細胞内では驚異の運動が巻き起こっていた。

 

 次の瞬間、ジークリンテは目を見張った。強烈な衝撃が身体を貫いたのだ。

 そして、身体から何から突き破って飛び出していったのを感じた。

 それは爆弾だ。

 爆弾が彼女の体内を突き破ってふっ飛んで行ったのだ。


「なっ!?」


 血を吐きながら驚愕の表情のジークリンテ。


 爆弾は扇が現れたマンホールの中に転がり落ちて、耳をつんざく様な大音響とともに爆発する。

 アスファルトにはヒビが入り、地震が起きたかと思うほどの大きな揺れが起こった。


「し、心臓横に埋め込まれた爆弾が強烈な力によって肋骨ごとへし折りながら弾き出された!?

 その小枝のような細い腕には全く力みがなかった。全くの予備動作もない掌底だったのに。

 しかも、サイキックは封じられている。い、一体どういうことだ!?」


 背中に大穴が空いたジークリンテは致命傷だ。心臓付近の大動脈が破れたのだろう。大量の血が噴き出している。

 

 この攻撃を一目で見抜いたのは扇要。彼の常人離れした格闘センスは初見にてその秘密の一端に触れた。

 彼は親衛隊を蹴散らしながらも目を見張った。


「なんという激しい動きだ。……凄まじいな」


 ヤヤの今行った攻撃は全身60兆の細胞全てのコントロール技術の『動』の集大成。

 一つ一つの細胞を同じ方向に力を伝えることにより増幅させ、一気に打ち放つ全身攻撃。

 それは通常運動には使わない骨細胞や脂肪細胞や内臓細胞までも動員する総攻撃。

 全身60兆の細胞全てを同時に動かすことによって起こった60兆発の連撃である。


「この世界で静森ヤヤしか使えぬ技だろう。ヤヤオリジナル。名を冠するなら六十兆破、……テラブレイクといったところか」


「……テ、テラブレイク」


 血反吐を吐きながら呟いたジークリンテ。膝を突きながらヤヤを見上げた。


「……す、凄まじい一撃だ。ふ、ふふ、し、静森ヤヤ。……お、恐ろしい男だ。

 ……来栖ミラや扇要にも匹敵する実力の持ち主。

 この三人がトロイによって手を組んでいることの脅威を感じるよ。

 お、お前たちならたった三人でも、せ、世界のパワーバランスが一気に覆されてしまうだろうよ。

 ……だが、詰めが甘い! 所詮はガキの浅知恵だな! 今、私のいる位置がわかるか。

 扇要から20メートル離れてしまっているぞ! 『可能転命』!」


 その瞬間にジークリンテは絶命した。


 

 ********


 クローンに憑依転生したジークリンテは目まぐるしい速度で転生体の記憶と自らの記憶を整理する。

 それらが混同してしまっては人格が維持できないため。

 五秒も満たないわずかな時間だが走馬灯のようにそれまでの転生体の人生を振り返る。

 そして、ジークリンテは起動する。先程の戦闘から得た情報をまとめる。


 ――まずは静森ヤヤを倒さなければなるまい。

 奴は危険度は扇要以上だ。

 しかし、実際に戦ってみて直接対決でなければ何とかなりそうな手ごたえを感じていた。搦め手などいくらでもある。

 家族を人質にとるのも有効だろう。他には……


 今、自分を殺したヤヤへの対策に頭を急回転していたジークリンテだが目の前ににこやかに座っている女に気付いて再び思考が止まる。

 その女は嫣然と微笑みながら口を開いた。


「おはようございます。そして、はじめまして。ジークリンテさん。ソーニャさんの記憶は把握できてますか」


 ジークリンテは息を飲んだ。呼吸すら止まる。


 ――来栖ミラだ! この身体はクローンのソーニャのものだ! 一体どうしてこいつに転生したのだ!?

 百人のクローンの中で今一番危険な場所にいるこいつにどうして私は転生した!?

 

 アメリカ国内だけでも他に数体のクローンがいるはず。

 しかも、任意で転生体を選べるはずなのに。


 考えられるのはただ一つ。

 

「まさか……他のクローンたちが全員意識を失っている?」


 もしも、安全だと思って転生した先が脳死状態のまま監禁されていた場合、ジークリンテはそのまま意識を目覚めることがなく一生監禁され続けることになる。不死身のジークリンテもそうなってしまえばどうしようもない。だから昏睡状態に陥ったクローンには転生できないようにしてあるのだ。

 

「しかし、ソーニャは最も転生の優先順位が遠くしてあった。にもかかわらず私はここに転生した。それはつまり、」


 ジークリンテは目の前の女を見る。ミラが酷く恐ろしげに見えた。


 彼女が至った回答によくできましたと褒める教師のようにミラは暖かい笑みを浮かべた。背筋が凍る思いだ。


「その通り。全員拘束して睡眠薬で寝かせています。意識が正常に機能していたのはソーニャだけ。つまりあなたがここに転生してくるように仕向けたのです」


「バカな!? アメリカ国内はおろか世界中にいるのだぞ!? しかも、私すらどこにいるのかわからないクローンまでいるというのに」


「私は探偵結社を個人的に有しています。世界中から集めたトビきりの奴らです。

 金に糸目を掛けずにやったのに全部見つけ出すのに二か月かかりましたね。

 あなたのクローンたちの潜伏は大したものです。

 それから殺し屋と傭兵を上の実力者から順に百人揃えました。

 彼らは決してターゲットに気付かれることなく暗殺するプロです。まぁ、今回は殺してはないですが。

 百人はパーフェクトに仕事をしたようです。

 私が今やれと指示した瞬間にあなたのクローンを全員、意識不明にしたわけですから。

 クローンが襲撃されたことをあなたに知られればあなたは死ぬようなヘマは犯さないわけですから、襲撃のタイミングには細心の注意が必要でした」


 これほどまでの大掛かりな行動を秘密裏にやってのけるミラの財力、組織力は圧倒的だ。

 一国家でもこれほど統率のとれた暗殺部隊はそうは有していまい。その実行力の恐ろしさを骨の髄まで味わわされた。


「くっ」


 ジークリンテは立ち上がって逃げ出した。

 

 彼女の戦闘力はミラより上。しかし、ミラに危害を加えようとすれば自分に跳ね返る。

 待っているのは死だけだ。

 今ここで死ねばどうなるのか。

 意識不明のクローンのどれかに転生できるのか。それともそのまま死んでしまうのか。

 彼女にはわからなかった。ここまで追い詰まられることなど想定していなかったからだ。

 今ここは撤退するしか生存の道はない。

 

 一目散に出口まで走るジークリンテだが、ミラから逃げることは至難の業だった。

 突然、戸棚が倒れてきて出口を塞ぐ。


「こんな時に! これも来栖ミラの影響か! こなくそっ!」


 ジークリンテはサイキックを全開にして戸棚を蹴り飛ばすと、出口を開ける。

 すると信じられない光景が。


「うわっ! あっぷ」


 大量の水が洪水のように扉から侵入してきた。それに流されてジークリンテはミラの目の前まで流された。

 水浸しになりながら逃げる前の位置まで出戻りを喰らったジークリンテに対し、ミラは優雅に椅子に座りながら足を組んで「おかえりなさい」とほほ笑む。


 遠くから「水道管が破裂しました! 地下は水没寸前です! 直ちに避難してください!」という放送が聞こえる。

 この密室だけが放送設備が故障していて聞こえなかったようだ。


「……どこまで貴様の都合のいいように進むんだ」 


「さあ、どうなんでしょう。私としては人事を尽くしているだけなんですが。では、心置きなく捻り潰させてもらいましょうか」


 ミラがゆらりと立ち上がる。全身からは猛獣のような闘気が立ち込める。

 この状態でジークリンテが取れる行動はただ一つだけだ。


「待ってくれ! 私の負けだ! この通りだ! 何でもするから許してくれ!」


 降伏である。白旗を上げて許しを請う。彼女ができるのは命乞いだけ。


「ほう、何でも」


「ああ、何でもする!」


「ではこれから落ちてくる巨大隕石を破壊するのを止めるように国連軍に掛けあうのを手伝ってくれるな」


「はい! やらせていただきます! ……って、え? 今なんて言った?」


「隕石をそのまま落とすと言っている」


 唖然としてミラを見つめるジークリンテ。

 彼女にはミラが地獄から来た悪魔以外の何物にも見えなかったのであった。



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