[#1~2-House of The Alcyon【3】]
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逃亡に成功した2人のアルシオン。
ニーディール・アルシオンとエレリア・アルシオン。
彼らの消息も当然、不明。
これを説明できる言葉は“セカンドステージチルドレンだから”というのが最も簡単で、最も適切な表現だろう。
擬装コクーンを使用した光学迷彩なのか、刹那的な速度で転移能力を発現可能なのか…とにかく現在の人の認知とは掛け離れた、未知のアクションが実行されたのは確かだ。
予想すらも出来ない。先ずは日本の関東圏を徹底的に捜索。ドットフェイサー爆撃爆心地の富士樹海を中心とした、旧箱根湯本付近と旧熱海付近は、廃墟化が進んでいたため、ほぼ全ての建造物が爆発の餌食に。耐えた建物は、ほんの一部。こんな所に隠れるなど到底不可能だ。
と、なると捜索範囲は関東圏から更に拡大させる必要性がある。
6月25日──。
捜索範囲は日本列島全域へ。“世界全体”を視野に広げた捜索網を展開する事が国際連盟によって決議され始めた頃。
日本に最悪の事態が訪れる…。
西暦2159年6月28日──。
東京にて突如、少年少女らを中心とした暴走事件が発生。7歳から15歳の子供が中心となって、東京都内で無差別虐殺が開始されたのだ。国民は切り刻まれ、臓物の露出が止まっていない。明らかに“殺す”事を目的とした、血腥い攻撃だった。“東京都内少年少女暴走事件”として日本軍自衛隊が殲滅作戦を展開。だが、子供達の攻撃は不規則な動きを見せながら、攻撃を回避。斉射され続けるマシンガン、銃火器搭載のタレットトラックを全て回避。やがて暴走事件を起こした子供達は、個人個人の行動だったパターンから、集団行動をとるようフォーメーションを展開。このフォーメーションは自衛隊が殲滅作戦展開時に使用するはずだった、攻撃フォーメーションと酷似する姿だった。総合指令所が命令したフォーメーションコードを傍受していたのだ。そしてそれを、自衛隊が展開する前に実行へ移す。この事実が、自衛隊を戦慄させるには十分な材料となった。
西暦2159年7月1日──。
暴走事件を起こした少年少女らが電波塔をジャックし、犯行声明を発表。
“我々は、ユベル・アルシオンの遺志を受け継ぐ者、ハギオス。我々は人類への報復を宣言する”
ざっと12名以上は確認出来た電波ジャック映像。相手はこんな少ないはず無い。少人数を電波に映したのは、これ以上の攻撃意思は無いことを示唆しているのか。この少数でも日本を崩壊させるに値する攻撃方法を持っているのか。可能性としては後者だろう。奴らに攻撃意思が失われたとは、この声明を聞くに全く思えない。ハギオスによる声明前、日本への攻撃が停止していた。それが、“攻撃意思が無いことを示唆しているのか”という意見へと繋がる。そんなことは無かった。やはり、彼等はこれからも攻撃を続ける。ハギオスと名乗り、結束力も高めている。
人類は彼等を野放しにするつもりは一切無い。
即刻、ハギオスへの次なる殲滅作戦を立案。先の脱走事件の懸念点を考慮した中で濃密に策謀を組み上げていく。だが懸念点など見つからない…。懸念点というよりも、単純に彼等の力が恐ろしかった。恐ろしく強い。信じられないほどの強さだった。
そして、怖い。子供の姿をした悪魔⋯。だから、より怖い。これは切り離せない。この強さと怖さは、兵士の戦闘意識を低下させる最大の懸念点となった。動きの問題では無い。“アルシオン富士樹海研究施設脱走事件”と“少年少女暴走事件”で味わったのは、感情への破壊的な衝動だ。感情が体内組織を貪るように、行動を停止させる。
西暦2159年12月17日──。
月日が経ち、暴走行為を起こしたハギオスの所在を特定することに成功した。場所は福島県いわき市。目標物索敵式改装型観測衛星ランドサット7が観測した情報によると、ハギオスはいわき市に永住していた訳では無い。突然いわき市に姿を現し、いわき市への攻撃を開始したという。それもそう、7月19日からこの日まで一切の攻撃行動が確認されなかったのだ。犯行声明が発表された後は、数箇所への攻撃が行われていたのに、2週間強でその動きが停止。何かの違和感を覚えたのは無理もない事だが、人類はこれを好機と思い、ハギオスの襲撃が無い空白期間で様々な作戦の立案と兵器製造への着手を実行。更に他国への戦線参加も要請し、次のハギオス発見時には米国空軍の応援航行参戦が受諾された。
そして12月7日。
約5ヶ月ぶりとなるハギオスとの戦闘。
米国空軍も参戦し、万全の状態で挑むこの決戦。
だが、人類はハギオスを見縊っていた。
彼等が一つの場所を集合地として捉えているはずが無い。
そんなこと少し考えれば、思いつくような事を人類は辿り着けなかった。福島県いわき市にて展開された作戦“第一次SSCキルアウト”。この詳細を語るには、まだ多くの付加価値的なオーパーツを携える必要性がある。よって、人類側の話はまたの機会にするとしよう。




