86 絶望はすぐ側にある
ミサは驚愕の表情のまま、自らの胸を押さえ血塗られた手を見ると、そのまま気を失うように膝から崩れ落ちた。
『なっ……!!』
ライムは一瞬、何が起こったかわからなかった。
お父さんと慕っていた人物をアーノルド・ジョセフは手にかけた。
その手で……殺した。
『あなたは……何をしてるの!?!?』
『完全回復!!』
すぐに駆け寄り、ぽっかり空いてしまった胸を手を当てて回復魔法をかける。
だけれどーー。
間に合わないーー。
血がドクドクと噴き出し、すでに心臓を貫かれた後だった。
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回復不能。
すでに絶命しています。
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(な、あ……っ!)
『なんで、殺したの?!あなたの父親じゃなかったの?!』
『煩い。黙って』
『あっ……!!』
少年が黙れと口にした刹那、私の体は硬直した。
口を閉じることも、手を上げて魔法を発動することもできなくなった。
(なに、これーー?!)
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『詠唱魔法』が発動しています。
言葉そのものに魔力を込め、強制力をもたらしています。
『魔法防御』により解除まで3、2、1……
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『束縛魔法!!』
『……魔法反射。』
解除と同時に少年に『束縛魔法』をかけたはずだった。
しかしそれは『魔法反射』により、跳ね返され、長い鎖がライムの体に巻きつこうとする。
ーーが、それもライムが事前にかけておいた『完全防御』により抹消された!
ギリリと唇を噛み、アーノルドは叫ぶ!
『ラクリマの伝記にはライムという神見習いの女の子が力を分け与えてくれるってーーそう書いてあった。だけど……!!『ーー錯乱魔法!』
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『錯乱魔法』が発動。
一時的に正当な魔法の効力を失いました。
『魔法防御』により解除まで3、2、1……
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『誘惑魔法!』
『同じ手は何度も通用しないよ。ーー魔法反射。』
『なんで……』
反射された魔法は、再びライムの『完全防御』により抹消される。
お互いに決着がつかないとわかると、向かい合い睨み合う。
アーノルドの蒼い瞳。
ライムの紅い瞳。
それぞれが交差し、一瞬の静寂に包まれた。
『ラクリマの伝記には……伝記には僕が神様になるって書いてあったんだーー。けれど、お姉さんが力を渡してくれなきゃ全部が台無しさ!!……お父さんがもっと上手く言えばいいのに』
アーノルドは悔しそうに血塗られた右手を握りしめる。
『それとも、アリスみたいにまた人質を使えば良かったの?!』
『お姉さんはどうしたら、力を貸してくれるの?!?!』
何度も何度もアーノルドは叫び、言葉を投げつける。これが、戦場に生きた大人であれば冷静に判断し、『詠唱魔法』や『魔法反射』でライムを確実に追い込めていただろう。
だが、アーノルドは子どもだった。
魔法を使うことはあれど、戦略的な頭脳と経験はまだ持ち合わせていない。
『そう……あなただったのね。ピアノに酷いことをしたアリスを送り込んだのは』
『そうだよ!!伝記に書かれた通りにやったんだ!王女を人質に国王から力をもらうのも、ライラに学園を襲わせるのも、王女を人質にしてお姉さんを捕まえるのも全部、全部ーー!!』
『なのに!!ちっとも上手くいかないじゃないか!』
ーー『轟音魔法』
ーー『斬撃魔法』
ーー『業火魔法』
『……いいから早く!!僕に力を貸してよっ!!』
駄々をこねる子どものように、アーノルドは意味もなく力任せに魔法を放ち続けた。
深呼吸し、全ての攻撃魔法を『完全防御』で相殺するライムはじっと考える。
王女を人質に国王から力を得る?
ライラに学園を襲わせる?
王女を人質に私を捕まえる?
……全ての元凶がここにあった。
次々に起こる悪しき出来事はこの少年によるものだった。
(……本当に?)
ライムはぐっと我慢して頭を働かせる。
アーノルドは伝記を読んだと言った。
神様になるために伝記の言う通りにしたと言った。
なぜ、アーノルドが神さまになりたかったのかは本当のところわからない。
本当に世界を救いたかったのかもしれないし、誰かが人質になったのかもしれない。
友だちを傷つけられたことによる全部の感情を押し殺し、ライムは少年に尋ねた。
『あなたはーーなんで神さまになりたいの
』
『それは、お父さんと一緒に幸せになりたいからーー!!』
思いもよらない言葉だった。
アーノルドは精一杯に声を張り上げ、肩で大きく息をする。
(お父さんと一緒に…?
でもいまあなたは……。)
しかし、すぐに呼吸が止まった。
アーノルドがひいっと息を飲んだ音がした。
『あれ……なんで僕、
お父さんを殺したの?』




