77 そろそろ伝えてもいいよね
両膝をつき、喉元を押さえたライムが見上げる先。
ゆっくりと内側に開かれた扉の向こうには、若者の細い首を握りしめるリエード先生の姿があった。
『せん、せ?』
掠れた声に冷ややかな目が飛んでくる。
と思ったけど、すぐに驚きの顔に変わった。
「あんた大丈夫カ?具合悪そうだナ」
ライムの状態を確認し、どこも怪我していないことがわかると右手の先の彼に目を向ける。
「コイツは賊ダ。ミザリノースじゃあ多いと聞いたが、まさか早々にお出ましとはナ」
賊ってことは……。
「……おい、目的はこの少女カ?」
「ぐ、あ……言う訳、ないだろ」
「そうカ。ならくたばってろ」
悲壮に満ちた目でそのまま彼を床を置き、懐から『オートマター』を取り出すと、ボロボロな服の上に乗せる。
すると、紙切れは魔法陣の部分だけ蒼く浮かび上がりやがて溶けていった。
『睡眠魔法』?
『うぅ……。な、にを……した、の?』
「眠ってもらっただけダ。あんたならすぐわかるだろ。俺が若者に手を出すなんて……気分が悪い」
仮にも教員だ、とリエードは吐き捨てるように言う。
そのままライムの元で片膝をつくと、『治療魔法』のオートマターだと思われる札をそっとライム当てた。
『ありがとうございます、先生』
気分がスッと軽くなって、つかえていたものもなくなった。
吐きそうな感じもない。
だというのに背中の重たさがずっと消えない。
(気持ち悪さがなくなっただけ、リエード先生に感謝しなくちゃね)
「何があった?」
ライムの腕を優しく掴んで引き起こしながらリエードは聞く。
『宿屋の店主の娘さん、化学魔法に当てられてたみたいでした……。精神崩壊と黒魔法に取り憑かれているような殺気感じだったわ』
賊に怯え、いつ影響を受けるかわからない化学魔法に恐怖している。
ライムは自身の込み上げる感情を抑えながら、冷静を保てるようにすーっと静かに息を吸った。
「その子はどうなったんダ?」
『私が魔力を吸い取って、戻してあげたわ』
「魔力を吸い取って……?いろいろツッコミたいところなあるガ、おまえに問題はないのカ?だいぶ弱っていたガ?」
ジロリと睨むリエード先生は私が自分勝手に動いたことを怒っているのだろうか。
身構えていると、彼は私の頭の上にぽんっと手を置いた。
「無理しなくていい。あんたのことは頼りにしてるがナ……」
しばらく考えた様子の後、リエードは続ける。
「たとえ俺が魔法の影響化にあっても、人々を助けることには変わりない。一応、教員だ。プライドはある。面倒事は御免だガ、おまえとなら悪くないしナ。だから……その、なんだ、歩む道は同じだってことをな、、」
『え、えとありがとうございます。びっくり、怒られると思いました』
「あぁ、目つきが悪いのは元からダ」
そんなふうに言って、リエードは苦笑した。
『先生の気持ち嬉しいです。でも、なんで今、こんな話を?』
「アレスと一緒だヨ。おまえが無茶しそうになるから。こうでもと言わないと分からんだロ?」
『こ、ごめんなさい』
「ははは、わかってくれりゃあいいけどナ」
ライムは考える。
リエード先生もアレスさんも自分の目指すべき指針を持っている。覚悟がある。
私が強制しているのかと思って負い目を感じていたけれど、そうではない……。
『リエード先生』
真剣な眼差しでライムは問う。
ずっと怖くて出来なかったことがある。
それはきっと、これからのために必要なことだ。
『大事な話があるのですが』
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深夜。
私たちはしばらく、店主の娘さんの容体を見守ることにした。
アレスさんもフラフラと何処からか戻ってきて、フヒヒと笑っていた。
(何か掴めたのかな、まだ聞けてないけど)
『魔力吸収』で黒き魔法を吸い取ったのはいけれどクレアちゃんの魔力はなくなったわけではない。
またいつ賊が現れ、化学魔法の影響をうけるかもわからない。
まだ魔力の不安定なクレアちゃんが、せめて安定するまで見守ろうと思う。
宿代もタダにしてくれるって言うしね。
そして、もう一つ理由があってーー。
『お2人の時間を頂いたのは、他でもありません』
そう言ってライムは白銀の髪をなびかせて、ペコリとお辞儀をする。
『私の知っていること、できること、全部を知ってもらいたいんです』
アレスさんとリエード先生。
ーー2人に私の全てを伝えると決めた。




