51 新たな感情
「…………」
「………あっ、、、」
アレスさんは無表情のままこちらを見て固まっている……。
え、私、今なんて……?
なんて言った?!
「あ、あの……え、あっ……」
ドッドッドッ……。
胃がきゅーっと絞られているみたいに苦しい。
息が……ひゅーひゅーって。呼吸もままならない。
い、や……。
苦しい。目の前にアレスさんの綺麗な顔だけが映る。
「ちが……違うんです、その……あぁ」
「何が、違うんです?」
「え、、、あ、」
ちゃんと喋べられない。
……顔が熱い。
混乱する中で、自分が極度に緊張しているんだと分かった。
鼓動が早くなる。
こんな風になるなんていつもの自分じゃない。
私のばかばかばか!!
なんで今!!こんな状況の時に?!
……しかも、断られるに決まってるわ……。
だって、アレスさんはピアノの側近で、宮廷魔術師っていうすごい人で、学園の先生で、頼りになって、いつも助けてくれて……かっこよくて……。
で、そして……いつも隣にいてくれて……。
力を持った私を理解してくれて、怒ってくれる。
ぽろっと一粒涙がこぼれた。
やだ……。私……アレスさんのこと好きだったのね。
「あぁアレス先生や!」
突然後ろから声がかかる。
あ、おじいちゃん先生。
「なんとか『現状回復魔法』で収拾がつきそうなのじゃが、今ある《オートマター》が底をつきそうでな。後ほど、補充をよろしいかな?」
「ヒヒヒ、もちろんですよガノール先生。今お手伝いに向かいます……」
慌てた様子でこちらに向かってきた年配のガノール先生がアレスさんの助けを求めていた。
アレスさんは淡々と応対する。
ガノール先生は挙動不審になっているだろう私に何も言わずに、せかせかと湧き出した水の処理と生徒の避難を指示に向かう。
行く間際にちらっとこちらを見て奇怪な者を見る表情をしていたのを見過ごさなかったけれど。
………ああああもうぉおお!!
突然愛の告白なんてどうかしてるわ!!
口からぽろっと?!
好きだったの?!
私が?
アレスさんのことを?!?!
「……はぁぁああ」
自分でも理解していなかったことを喋ってから分かるなんて。
しかもただ紙にすこーしだけ力を込めただけなのに、こんな大惨事になってしまった。
とにかく謝罪を、、そして、元通りにしなくっちゃ。
「本当に……ごめんなさいっ!私が元に戻し……」
「いいえ。ライム殿にはお側にいて頂きましょう」
アレスさんは私の言葉を遮るように言った。
また心臓が跳ね上がる……。
「おそばに……?」
「フヒヒ……ライム殿は復唱するのがお好きなのですか? ご存知の通り理由はいつものごとく、ですねぇ。それと……」
「あ、はい……」
「お返事は、また後日にしましょうか」
はっ…………!?
お、へ、ん、じ?
聞き間違いじゃない。
あの、ね、断わられるなら、何も知りたくない。
聞きたくない……。
どう答えたらいいか分からなくて目を白黒させていると、
「おや……やはり“間違い“でしたか?」
とニヤリといつもの意地悪な顔で笑った。
「えっ、いえ……!!えっ?!」
この気持ちは、間違いではない、、、。
けど、けど………!!
「おーい!!ライム、だっけ?!お前すごいなぁ!!どうやってやったの?」
しばらくしてガノール先生とアレスさんによって元通りになった庭には学園の生徒が何人かわらわらと集まっていた。
ライムを囲い、質問攻めだ。
なんだなんだ私はそれどころじゃないのよぉおお!!
「ポーンクラスだからさ基本的に大した奴はいないと思ってたけど、魔力量えげつないなぁ!」
「ねね!どうやったの?!私なんておけに水を貯めるくらいが限界だったのに!!」
「もしかして水魔法の家系とか?だったら、将来は安定だろうなー!羨ましいぜ」
あんまり関わったことのなかったクラスのみんなが私に押し寄せてきた。
「いや、大したことは……」
「今度『オートマター』を作ってくれよ!魔力が多いやつが作ればその効果も絶大!!それか魔法研究部に入ってくれれば……」
「フヒヒ!!ジョシュアさん……それはなりませんな!」
謙遜したところで、1人の男の子がキラキラした目で話しかけてきた。
そこをピシッと断るアレス先生。
「な、アレス……先生。なんだよ、いっつもライムにくっついてさ!」
確かにクラスのみんなから見れば、私に教師が護衛につくなんて異例だ。
周りの目は気にしないようにしていたけれど、実際は結構辛辣な目線が多かったりするのだ。
この子は特別なのだと。ポーンクラスなのに。
だから、いじめとかもあったんだろうけどね。
もうないけど。
「……ジョシュアくん」
おお……怖いアレスさんだ……。
先程のヘラヘラした雰囲気は一変し、低い声がこだまする。
一気に周りがシーンとなった。
時々自分が護衛されているって忘れちゃうけど、こういった取り巻きからも守って?くれるのよね。
「アレスさ……先生。私も誰かの役に立ちたいのですが……」
本当に困っていることがあれば助けてあげたい。
私もこの力で誰かの役に立ちたい。
……その思いは変わらないよ。
「今は……やめておいた方がよろしいかと。ですが……その気持ちはどうか忘れずに持っていて頂きたいですねぇ……」
アレスさんはメガネをまたくいっと上げて、どこか遠くを見るようにしんみりと言った。
妙に説得力があった。
何も言い返せなかった……。
「それと、ライム殿。明日の夕方、お時間を頂いても?」
「それって……」
「ええ、先程のことですよ」
さっきから何故か私と目を合わせないアレスさんは、遠くでクラスの人たちに私の自慢話をしているピアノを見ながらそうつぶやいた。




