135 恐怖のその先
「恐怖」――それは先代の神様が捨てたとされる絶望の一つ。恐怖の文字列が密集し結合し、ある種の禍々しさを感じる。
ジュエルはガタガタと震えながら扉から目を逸らせないでいる。
『ジュエル……大丈夫?』
『はは……ライムはすごいね。心臓を……ごっそり持っていかれそうなくらいだよ』
ギュッと目を瞑ったジュエルは、『感情抑制』の魔法を自分にかけている。
おまじないのような魔法だが気休めにはなる。
ライムは自分の胸に手を当て、感情を探る。
確かに圧迫されそうな気はあるけれど、ジュエルほどではない……。
ーーでも……うん。
間違いなくそこに恐怖はあるのだ。
私は……恐怖から目を背けているというのだろうか。
『…………。ねえ…クベラさん。この恐怖の扉の先には何があるのかしら?』
ライムはその指先を「恐怖」の扉に置きながら、どっしりと構えたクベラを振り返る。
「この先ーーアスタリアの中心には世界の本があるらしい」
『それは『創生の魔術書』とは違うの?』
「おま、、なんつーもんを知ってやがるんだ……。いや、ああ……知ってて当然か。さっき絶望を分けたとか言ってたもんなぁ。そうだな、その本は『創生の魔術書』とは別物だ。世界が成り立つためのシステムが書いてある、と言われている」
クベラは一瞬だけ目を丸くして、ライムを観察するようにじっと見つめる。
『言われているってことは、まだ誰も行ったことがないのね』
「はははっ!そりゃそーだぜ!お嬢ちゃん!!ミザリの化学者だってその真理に辿り着いた者はいねぇよ。誰も、な」
『あの、クベラさんはどんな絶望の扉を見つけーー』
ライムが言い終わる前に、クベラは『感情抑制』の魔法をかけているジュエルの首後ろをひょいっと掴むと、
「さっさと行こうぜ」
と『恐怖』の扉へ足を踏み出した。
『えっ……ま、まだ僕…心の準備がーー!』
「ほら!お嬢ちゃんも!!救うんだろ?世界を!だったら、ちんたらしてらんねぇよなぁ!!」
『………ええ、行きましょう』
ライムは胸に違和感を感じながら、ぎちぎちと気持ち悪い音を立てている文字列の扉を潜った。
そこに絶望がひしめいているのにも関わらず。
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(い、いきなり掴み上げるなんて……クベラっていう大人は暴力的だーー)
目を開けると、辺りには白い背景が一面にのっぺりと続いていた。
『?……ライム?クベラさん?どこに行ったのーー?』
ジュエルは見渡すが、気配もなにもない。
あるのは静寂だけ。
誰でも使えるような『気配察知』をするが、反応はなく、少し難しい『気配探知』の魔法を施しても返ってくるのは無だ。
『おーーーい』
柄にもなく、大きな声を出してみる。
声は反響し、すぐに静寂に包まれていった。
ふぅっと一呼吸し、息を整える。
(確かここは『恐怖』の扉の中……。ということはその先があるはずだ。
もう一度辺りを見渡してから、足早に歩を進めるジュエル。
目的を忘れてはいない。
(……先代の神様は絶望を文字や魔術書に込めて、自分から切り離したんだ。それが具現化しているんだとしたら、先に進むには恐怖の根源を解決するか、受け止めることが必要だーー)
ピタッと足止める。
目の前の何かを見た時、ジュエルは自分の顔はひどく歪になったのがわかった。
『そうか……神様は僕たちそれぞれに、恐怖を与えるつもりなんだね』
顔を覆いながら、自分の感情を落ち着かせる。
息が荒くなるのがわかる。
鼓動が早い。
こんなに緊張したのはいつぶりだろう。
神様は意地悪だな。
僕の最も嫌がるのと対峙させるなんて。
目の前の老人はジュエルを指差してこう告げた。
『ジュエル…‥お前にはがっかりだ。できると見込んで旅に連れて行った儂が馬鹿じゃった。だからのジュエル、今ここで、
死んでくれんか?』