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109 ノイズ




 ここに居てはいけないと叩き込まれるようなその存在感と迫力。

 深淵を覗く巨大な漆黒の瞳に圧倒され、足がすくむ。すくむ。


『なに、あれ……』


 声は震え、冷たい恐怖がぞわりと身体を駆け巡る。


『おおきな、おめめ……こ、こわい。いや……』


 ぴたりと目が合えば、僅かでも目を離すことができない。

 離した瞬間に絶命するかもしれない。

 そんなイメージが頭にこびりつく。


 背中にじわりと汗が広がり、瞳孔が開き、澱んだ空気がチリチリと熱を持って身体を熱くする。


『あ、、あぁ……』


 逃げるという選択肢は速攻で排除される。


 逃げられない。


 その一択。


 だから頭で考えるのは、見上げるほど大きなソレはなんなのかということ。


『えい、ち、ま、ホウーー』


 硬い口を懸命に開き、発音する。

 ガチャリと脳内で魔法回路が組み合わさり、『叡智魔法』が発動すると、衝撃の事実が聞こえていた。




 ーーーー


 …………アレはワタシ、です。


 ーーーー




 ?!?!

 ワタ……え?

 こ、こんな時に、誤作動なんてーー?!


『叡智魔法』はライムが知的好奇心度を高めたことにより発現した特殊アビリティだ。


 世界のあらゆる情報を網羅し、記憶している。そこに干渉すれば、わからないことなどありはしない。


 今まで、ライムの疑問や質問全てに滞りなく応えてきた。


 だから今回の返答は予想外だった。

 何かの聞き間違いか誤作動なのかなーーと思うくらいに。


『おねえちゃん、あれ、こわい、こわいよ……』


『う、ん。こわい、ね。なんだ、ろ……?』


 レイラちゃんに寄り添う気持ちもひきつった顔で台無しだけれど、今は脳内で精一杯に考え、魔法を発動させる。


『叡智魔法』が理解し難いことを言っている。『叡智魔法』は万能だ。間違いなんてない。それは今まで使ってきたライムがよく知っている。魔力を練り、確認するように再び問う。


(もう一度……教えてーー)


『アレは、何?』



 ーーーー


『叡智魔法』は世界全ての情報。

 世界の外側から見ています。

 全てを見ています。

 世界の外側が崩れてしまえば、ワタシが見えるのは至極当然だと推測できます。



 ……再度警告します。

 退避を推奨。

 空間操作魔法での回復が20%完了。

 世界の崩壊まで98秒。


 ーーーー



 返ってきたのは純粋な答えと警告。


 割れた空間から見えるギョロリと蠢く眼玉。

 アレがーー『叡智魔法』だと言うの……?!


 はっと気付いたライムは、警告に焦りを感じつつも、


『アレは、大丈夫なもの、なの?それとも危険?』



 ーーーー

 起こりうる直接的な被害はありません。

 ーーーー



『そう、よかった……?』


 見た目はとてつもなく恐ろしいけれど、危害はない。それを確認できただけでも十分だ。


 けれど、見られているだけでもこれほどの恐怖。悪寒。

 感じるのは明確な敵意。


 直接的な被害はない……ということは、間接的になら私たちの危険になるということ。


 敵意はいつ私たちを襲うかわからない。



 そして驚いたことに『叡智魔法』と普通に会話ができる。これが何より予想外だった。


 存在して、意識がある。

 ということは……



 眼の逆鱗に触れて仕舞えば、私たちは死ぬ。

 この世界も……終わるだろう。



 それは定められた運命のように抗えない事実。

(触発しないようにしないといけないわね。今まで概念みたいなものだとおもっていたけれどーー)


 ライムは魔力を消費しながら空間を繋ぐが、巨大な瞳を見つめたままだ。


 敵になりそうな『叡智魔法』の瞳。

 今のところ危害はない。けれど、、それよりもーー



(やば、い。間に合わない……)



 回復が20%しか追いついていない。

 トードリッヒさんもまだ見つからない。


 ーー焦燥。


 どうしよう、どうする、間に合う?

 間に合わない?間に合わせないと、間に合わせる。やばい、早く、見つけて、治して、直してーー!!


 ぐるぐると頭の中が焦りでいっぱいになる。

 ドクドクと鼓動の音が早くなる。

 両手を必死になって動かし、空間を繋いで、瓦礫を除いて、、、


 早く、早く早く早く!!


 カウントダウンは容赦なく迫る。


 そこで、『叡智魔法』は大きな瞳を細めて言うのだ。




 ーーーー

 世界の崩壊の可能性、トードリッヒの消滅の

可能性ともに9割を超えています。

 ーーーー



『それでも、私はーー!約束、したから!私にはこれくらいしか、できないからーー!』


 僅かでも可能性があるのなら、私がひっくり返してみせる。


 まだ、いける。

 まだまだやれる。


 強い焔を胸に打ち、我を忘れそうになるほどの魔法を行使する。

 限界まで。

 レイラちゃんたちの家族を助けるまで。


 そこで、突如ザザーッと激しいノイズが脳に響いた。


『………………』


 沈黙のあとに、聴き慣れた声が流れる。





 ーーーー


 どうして、助からない命を救おうとするのでしょうか?


 ワタシはそこに憤りを感じています。


 ーーーー






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