108 暗闇の中で
ーー究極空間操作魔法。
それは究極と名のつく通り、魔法の中でも稀有なアビリティ。
あらゆる空間を操作し自在に操る魔法であり、黒き魔法を所持している者にしか使うことができない。
かつ、莫大な魔力と生命力を消費する魔法。
世界でこの魔法を行使できる者はいったいどれほどいるだろうか。
上空へ駆けていく夫の姿を仰ぎながら、自身の崩れ落ちていく肩を押さえる。
(呪いがもう……)
再び上を見上げるとそこに彼の姿はなく、代わりにひび割れた空が影を落とし、幾つもの破片が空間を埋め尽くそうとしているところだった。
そこに彼女の叫び声がこだましたのだ。
『究極空間操作魔法』と、聞こえるやいなやピタリと静止する。
空から落ちてきた瓦礫。粉塵。
その場の空気でさえも。
いや、時間でさえも止まった気がした。
彼女の一言でその場の空気が一変したのだ。
ライラは目を疑った。
今起こったことは本当に現実であるのだろうかと。
『まさか、彼女が……』
あらゆる物も時間も空間をも、支配しているではないか。
ああ、きっと……貴女が、
『かみさまーー』
ライラが願うのはひとつだけ。
『娘をーーレイラを、助け、て』
ーー世界の崩壊は予期していたことだった。
トードリッヒは寿命を迎え、創造主のいなくなった世界は崩壊する運命にある。
私自身もトードリッヒが受けていた呪いが返ってきてしまえば、もう生きていくことはできなかった。
もうダメなのかと絶望していた時、奇跡が起きた。
彼女だ。
ライムが、来てくれたのだ。
世界が崩壊しても娘だけは生かしてくれると信じ、彼女に全てを託した。
説明する時間も猶予もなかったが、彼女ならレイラを助けてくれるはずだと私たちは考えたのだ。
魂を超越し別の世界へ連れて行ってくれるはずだと、夫とともに信じるほかなかったのだ。
『ごめんなさい、私はあなたに酷いことをしたのに……』
かつて学園でライムに黒き魔法を放ったことを後悔したが、その声はおそらく届いてはいないだろう。
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ライムは次から次へと崩れ落ちていく空間の瓦礫を視界に入れ、瞬きを一つする。
瞳は血の涙を流したように赤く染まり、瞳孔は開かれ、なるべくたくさんの情報を取り入れる。
瓦礫の場所、数、距離、色、質量、あらゆる情報を脳に流し込む。
吐きそうだ。
ぐわんぐわんと視界が揺れ、視点が定まらなくなりそうな状態を気合いで持ち堪える。
(以前にも空間魔法を使ったことがあるけれど、これはその比じゃないわ……!)
抉るように魔力と生命力が持っていかれる感覚がある。
黒き魔法の副作用がトードリッヒさんに移っていなかったら、今頃黒い灰になっていた思うくらい、強烈な身体の痛み。
『あ、ぁ"、あぁ!!』
両手を振り上げ、目に映る全ての空間を操作する。
瓦礫を元の場所に。
亀裂を元通りに。
時間を以前のものに……。
あのカラフルで鮮やかな建物が立ち並ぶ、レイラちゃんたちの素敵な世界に戻せるように……。
世界の空間そのものを操作し、崩壊を食い止める!
目を見開き魔力操作に集中すると、ピタっと覆い尽くしていた影の侵攻が止まってーー。
亀裂が修復されるかに思われた。
『やった?!』
(あ、あれ……上手く、いかない!)
喜びもつかの間。自然と眉間にしわが寄る。
両手をぐんぐんと動かして、視界に入る瓦礫を退け修復を試みたが、何かに詰まっている感じがする。
(空間操作は、できてるのに……!)
ひたり、と額から汗がこぼれ落ちた。
両足を抱えて縮こまるレイラちゃんを庇う形で立っているライムは、必死に魔法を操作し続けるが、しこりのような違和感を拭えない。
崩壊がすぐ目の前に迫っているからか、再び脳内で警鐘が鳴る。
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世界の崩壊まで154秒。
警告。
迅速な退避を推奨。
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わかってる……!
なのに、なんで!?
『おねえちゃん……!!おめめが、こっち、み、みて、る』
集中していると震える声が後ろから聞こえた。
『レイラちゃん、だいじょうぶ!今なんとかするから……』
『ちが、ちがうの、あ、あの、うしろに、おおっきいおめめが……』
おめめ……?
おめめって何だろう。
今はそれどころじゃないのに。
いや、レイラちゃんに危険があったらだめ。
いったい何が怖いのーー
息を継ぎ継ぎ、浅い呼吸を繰り返しながら、レイラちゃんが指差す後方の影を目で追う。
そこには巨大な空間の裂け目があった。
もう既に崩れ落ちてしまった空間。
その空間に何がいた。
はっと息を飲み、直後、ライムは呼吸を忘れてしまう。
崩れ落ちた暗闇の亀裂の中に、いる。
いる……。いる、そこに。
巨大な黒い目が、こちらを覗いている。




