107 空間
ーー息つく暇もなく、世界は内側から壊れていく。
空間がひび割れたようにバキバキと音を立てたかと思えば、立っているのがやっとなくらいに地面は大きく揺れた。
重心が揺らぎ体も脳も投げ出されるような衝撃の中で、ライムは必死になってレイラを抱き、彼女の細い身体を支える。
「きゃあ!」
(っ、上から!?)
『レイラちゃんだいじょうぶよ!……完全防御!!』
すぐ頭上から巨大な魔力反応を感じ、咄嗟に彼女を守る。
崩壊した空間の……影、といったら良いだろうか。
それはいくつも重なって上から落ちてきたように見えた。
割れたガラスの破片のように鋭利な影は、どしゃんと音を響かせて辺りに真っ黒く飛び散る。
「…………!」
真っ青な顔をしたレイラはライムの裾を握ったまま、開いた口が塞がらない。
(崩壊がもうーー)
間一髪でレイラちゃんに防御魔法を使ったけれど、時間経過とともにどんどんとこの空間の破片は積もっていくだろう。
まずい……まずいわ!
『このままだと、私たちも巻き込まれちゃう』
背中も額も汗でびっしょりだ。
そんな身体の感覚も置き去りにするほど、神経を研ぎ澄ませ最善の一手を考える。
上空の影に見えなくなってしまったトードリッヒさんのことも気になるけれど、まずは安全なところへ行かなくちゃ!
そう思ってレイラちゃんを見ると、
「おねえちゃん、あのね、わたし、ここにいたい……」
『………………え?』
耳を疑った。
この子は何を言っているのだろう。
命の危機が迫っているこの逼迫した場面で、なんでここに残りたいだなんてーー。
続けて『叡智魔法』が残酷な警告をする。
ーーーー
世界の崩壊まで、219秒。
ーーーー
『レイラちゃん。行かないと私たちまで死んじゃうわ、パパとママを探さないとーー』
「いいの。もうパパのせかいおわっちゃうんでしょ? わたしね、パパとママといっしょにいたいのっ」
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃぐり、何度も涙を拭うレイラは言葉を続ける。
「パパ……もうたすからないんでしょ。ママだってそう。だから、わた、わたし……ずっとパパとママと……」
何度も繰り返し告げられる言葉。
それは少女の純粋な願いだった。
せっかく一緒になれた家族。
ずっと会えなかったライラとの再会。
トードリッヒと作った幸せな世界。
(思い出も全部捨てて、逃げることなんてできないんだーー)
そこでようやく彼女の決意を知った。
『もしかして、最初から、、?』
レイラちゃんもこうなることが分かっていたのかしら?知らなかったのは私だけ。
3人とも自分たちの運命が見えていたんだ。
「おねちゃんだけ、にげてね。わたしはここ、すきなばしょなんだけど、すこしね、こわいところになっちゃうから」
そう言って彼女は涙の跡を擦りながら、ライムにはにかむ。
(…………っ!!)
今。胸を抉られたかと思った。
レイラちゃんに気を使われたからだけじゃない。
それは罪悪感かもしれないし、『絶望の効果』かもしれないし、なんにせよ、私の中のプライドが、信念が、大きく揺さぶられたのだ。
……それはもう、痛いくらいに。
ーーーー
世界の崩壊まで198秒。
ーーーー
『おねえちゃんもここに残るって言ったら、心細いかな?』
ふとんと胸の中の支えが取れたような気がして、目を細めてレイラに尋ねる。
「ううん。おねちゃんはやさしくて、つよくて、かっこいいよ!……あの、だから、ねーー」
『安心して、レイラちゃん。おねえちゃんにはできることがたくさんあるんだから』
空間が崩れゆく中、背筋を伸ばしドンと胸を張る。
ただの、虚勢だ。
本当はすごくボロボロだし、腕に力なんて入らないし、頭痛も酷いし、ここのところずっと生きている心地なんて少しもしない。
確かにトードリッヒさんの命を助けることはできないのかもしれない。
寿命を覆せるほど私は万能じゃない。
でも、私にはやらなくちゃいけないことがある。
目の前のレイラちゃんをしっかりと見つめて、そしてすぐにトードリッヒさんがいるであろう上空を見上げる。
もっともっとできることがあると思う。
だから私は、人よりたくさんの絶望を背負っている。
(壊させないわ)
(彼女の思い出も、トードリッヒさんもライラさんも世界も全部ーー)
『究極空間操作魔法……!!』




