100 空虚の中で
ジュエルが魔術書に『魔法白紙』を施すと、魔法回路が解除され、程なくして身体で感じられるほどの魔力が溢れる。
白い魔術書の『あらゆる絶望を封じ込める』魔法は失効し、ライムの魔力がただただ流出するだけになった。
直に触って見てわかったけれど、込められた魔力量はとてつもなく膨大で圧倒されそうなくらいだ。
「『イメージ魔法』……行けそうか?」
シオンは目を瞑り、両手に力を込めて自分の魔力を魔術書に流し込みながら、ジュエルに確認する。
ライムが魔術書に込めた膨大な魔力があれば、ジュエルやシオンでも一般では高難易度とされる『イメージ魔法』を行使できると踏んだのだ。
……ふと思う。
これだけの魔力があるのに、高望みをせず、ぐーたらに過ごしたいなんてライムさんは本当にすごいなって。
(でもきっと、本人にしかわからない苦しみがあったんだろう……)
苦痛に歪んだライムの顔を見て、何とも言えない苦い気持ちになる。
「うん、行けそうだよ」
僕たちの魔力と『イメージ魔法』は徐々にライムさんの魔力を包み込んでいく……。
ーー初めは順調だった。
「魔力も通ったし、あとは上書きするだけ……。あれ、ちょっと待って」
(何かがおかしい……)
「なんだ?」
突如、魔術書に充満する魔力が黒味を帯びて溢れ出てきたのだ。
ジュエルとシオンが込めた魔力と魔法は瞬く間にしゅわしゅわと蒸発していく。
2人は目の前の光景に驚きを隠せないでいる。
「……だめか」
それを腕を組み遠目で見ていたルドルフが、首を振って残念そうに呟いた。
「駄目じゃ、ないっ!」
シオンは消えていく魔法を前にさらに、魔力を込めていく。
流し込む魔力がたちまち黒く変色してしまうにも関わらず、だ。
「……シオン!」
「ジュエル!これはライムの魔力なんだろ?だったら、上書きはできなくてもこじ開けることはできるんしゃないかーー?!」
諦めてなんていなかった。
シオンは絶対にライムを助けられると思っている。
ジュエルもその思いに同意だ。
「それなら、できそうだよ」
空中に浮かぶ魔術書はやがてパチパチと光を弾き、ライムの元へと近づいていった。
そして、ライムと白い魔術書は一つとなるーー。
そこで、あんなに苦しんでいたライムの表情がふっと軽くなった。
「できたのーー?」
ライムの落ち着いたような姿を見て、ジュエルはぱっと明るい声を上げる。
「いや……」
反してシオンは苦い顔だ。
「まだだ……!」
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一瞬だけ、肩の荷が降りたようなふわっとした感覚に陥った。
あれほど息苦しかったのに、その一瞬だけは静かに呼吸ができた。
ーーふと目を開けると、そこは無機質な白い廊下だった。
長く続いている廊下の右手にはいくつもの扉があり、左手には窓がある。
窓にはーー
「空が映ってないわ……」
覗き込むと深海のように真っ暗な世界がどこまでも広がっていた。
時折見えるゆらゆらとした何かは、あまり見ていて気持ちの良いものではなかった。
窓から目を離し、周りをぐるっと見渡すと、薄暗い後ろの方に階段がある。
……ただ、下に降りる階段のみだ。
ここがどこなのか、どうやったら出られるのか、全く検討もつかない。
「目が覚めたような気がしたのだけれど……」
ライムは魔術書を読んで、絶望とあらゆる知識を享受したはずだった。
だとしたら、絶望に耐えられたかそうでなかったら今の自分は生きてはいない筈だ。
『叡智魔法』に問いかけてみるが、応答がない。
(……まるで夢の中みたい)
「なんでもいいわ……意識があるのなら、前に進むだけよね」
そう思って、何もない廊下をひたすらに歩いて進む。
この世界では珍しい白い金属類を、まるで箱にしてそのまま巨大な建物にしたかのような窓と扉以外は本当に何もない廊下だった。
しかし、いくら歩いても歩いても一向に出口が見つからない。
「これも絶望なの…………?でも絶望はすでに受け取っているはず」
相変わらず『叡智魔法』が頭に響く気配はない。
(同じところを歩いているとしか思えなくなるわね)
そこで右手に続く扉の一つを開けてみることにした。
「この扉のうち、どこかが出口だったりしないかしら……?」
ドアノブに手をかけ金属のヒヤリとした冷たさを感じながら、カチャリと手首をひねる。
隙間からどんどん生温い風が通り過ぎていく。
ーー開けてみて驚いた。
そこにはかつて住んでいた実家の庭そのものが、目の前に広がっていたのだ。




