第四話 ヤベさん
ついさっき人生の終わりを覚悟した僕の目の前には俳優のヤベ・ヒロシがいて、彼はTVで見た通りそのまんまの姿で、人通りの無い道端に座り込んでいる僕を見下ろしている。
僕はその身長190センチの巨体を見上げながら言った。
「あの…ヤベさんですよね?なんでこんなところに?」
その質問に返ってきたのはこれだ。
「悪い、お前普通の人間か」
普通って…まあ、ヤベさんの職業を考えれば、普通の人間てのはエキストラとかそんなんで、普通じゃない人間てのは映画監督とか共演している俳優なんでしょうけど…
だが、今聞いたその声、それこそヤベ・ヒロシそのもの、顔だけそっくりさんはいても、両方合致したらそりゃ本人でしょう。
「一体これ何なんですか?あっ!もしかして今までの全部隠し撮りしてたとか?」
僕がその質問をしている間、何故かヤベさんはじ〜っとホテルの側壁を見つめていた。
「ちょっと、ヤベさん何してんですか?」
ヤベさんは突然僕を見ると笑いながらこう言った。
「何だお前あの女の連れか」
ええまあ…一緒にこんなところにいたのですから、そう思うのが当然でしょうね…
「あの…で結局…」
「ちょっと静かに」
ヤベさんは僕に何か言うときだけ僕のほうをチラっと見て、それ以外のときはじっと壁を見ている。
「しかし面白いなこの建物は、中にいる人間達はみな繁殖行為をしている」
ヤベさんはめっちゃ爽やかに当たり前のことを言った。
でもいまどき繁殖行為って…
ちょっと待てよ…
僕はここまでの光景をすべてひっくるめて考えこの言葉をいった。
「もしかして、ヤベさんって宇宙人ですか?」
驚いたというか、やはりというか、ヤベさんはそれを聞くと当然だというように首を立てに振り僕にこう言った。
「彼女から聞いたのか?どこまで知ってる?」
もうヤベさんは壁を見ていなかった。
うわ〜…、ヤベ・ヒロシが宇宙人て知ってるの世界で僕だけじゃ…なんてことを頭の片隅で思った僕は、こう答えた。
「どこまでって…彼女が爆弾で地球ドカーン」
我ながら、なんだこの説明…
「おぅ、だいたい知ってるようだな」
こんな説明でもヤベさんは分かったようだ。
「よし、俺を手伝え、彼女を助けたいだろう?」
丁重にお断りいたします…そう言いかけたが彼女の事が頭をよぎった。
できることなら、もう訳のわからないことに関わりたくない…
だが彼女を抱きしめた瞬間、いや、出会った時からあったけど、それによってさらに僕は彼女に恋心を抱いたのだ。
彼女を救えば、ひょっとしたら、あの続きを…
「行きましょう!」
そうして僕は地球のためではなく、完全な私利私欲のために立ち上がった!
この間ずっと座り込んでいた僕は、その決意と共に地面にも立った。
でもいつもと違う、何か違和感が…
「あっ、待って下さい、携帯落としたみたいです…」
左のポケットにいつも感じる重みが無かった。
「あの…時間ってどれくらいあるんですか?爆発までの」
よく考えたらまだ解らないことだらけだった。
「彼女の頭の中の爆弾が成長を終えるまで…おそらく、あと1日だ」
「それまでに彼女を助けないと地球は滅亡すると…?」
ヤベさんは静かに頷いた。
「何か分かるんですか?彼女の居場所とか…だいたいなんで追うの止めちゃったんですか?」
ヤベさんは激しく頭を横に振ったあとに、
「奴らは姿を消せる…」
「もしかして…何の手がかりもなし?」
今度は激しく縦に頭を振った。
「とりあえず…」
役に立つかはわからないけど携帯の中にはさっき撮ったムービーも入っていることだし、まずは携帯を捜そう。
僕とヤベさんはゆっくりと来た道を引き返し、ホテルの部屋に戻ることにした。
誰にも気づかれないように…
もし誰かに見られたら…ホテルに若い男とヤベ・ヒロシ、週刊誌のネタになるのは間違いない。
「あの、ヤベさん、彼女を連れてった男も宇宙人?」
隣を歩くヤベさんは静かに頷いた。
「ヤベさんの…」
僕のその言葉は遮られた。
「ちょっと待ってくれ、さっきから気になっていたんだが、ヤベさんって何だ?」
こっちが待ってほしい、何言ってんだこの人。
「何って、あなたの名前でしょ」
「おぅ、そうか、このダンディな男の名前か…」
そこで彼女のあの言葉がまた甦る。
(宇宙人が乗っ取って体を…)
僕はヤベさんから瞬時に離れ廊下の壁にへばりついた。
「まさか…あなたヤベさん殺して…」
ふふふ…バレたか…知ってしまったからには…
そんなセリフは返って来なかったので一安心。
「いや俺は奴らとは違う、地球に着いて、まずは地球人の姿になろうと思っていたら、近くの画面にこの男が映っていたから」
「変身したってことですか?」
ヤベさん…いや、ヤベ・ヒロシの姿をした宇宙人は頷いた。
「とりあえず…部屋に入りましょう」
今は廊下に立ち止まってこんな会話をしている場合じゃなかった。誰にも聞かれて無いだろうな…
部屋に入ると小窓が開いたままで、初めてこの部屋に入った時の何ともいえぬ雰囲気は薄れていた。
まあそれはさておき、今は携帯を……と、ここで、部屋に戻ってくるここまでの道でも携帯を捜す必要があったことに気づいた。ヤベさんとのありえない会話に加え、部屋にあるだろうという勝手な先入観もあってそれを怠ってしまった。
まぁ、部屋に無ければ外を捜そう。
僕が部屋を捜している間、またもヤベさんはじっと壁を見ている。よほど壁が好きなんだな…いや待てよ…どうもヤベさんはさっきから壁を見ているときだけ、にやけているのだ。
「もしかして、見えてるんですか?壁の向こう」
僕はまさかそんなことはなかろうと疑いつつそう言ってみた。
ヤベさんは、にやけたまんま、壁をみながら呟いた。
「間近で見るとスゲーな」
僕にも見せてください、僕だって間近で見たいです、とか言ってもそれは無理っぽいので止めておいた。ヤベさんは透ける眼鏡みたいな、いかにもな道具はつけてないし、きっと人外な能力を使って見てるんだろうと解釈した。
結局、部屋で見つかったのは、ベッドの下にあった安っぽいサングラスだけで、僕はそいつをまだ壁の向こうを見ているヤベさんに無理やり装着してから、部屋を出ることを告げた。
「いいとこだったのに…」
あんた、地球を救ってくれるんじゃないんですか…
渋々僕の後をついて来るヤベさんをよそに僕はホテルの外も捜してみたが結局携帯は見つからず…
そこで僕は数十年前の刑事ドラマの登場人物になっているヤベさんを従え、駅前の漫画喫茶へ向かうことにした。最近買ったばかりの僕の新携帯はGPS(全地球測位システム)機能…簡単に言えば、パソコンで調べれば携帯の在り処がわかる機能がついているのだ。もちろんパスワードでロックされているのでプライバシーはある程度守られている。それに、もしかしたら携帯は彼女が持っていった可能性もある。この携帯の機能はTVCMでバンバン宣伝されていたし…
こうして傍から見れば怪しいカップルの二人組はホテル街を後にした。
(続く)
(11/1)
5話を書くため、じっくり読んでたら
何でこいつらのん気に携帯捜してんだって気づいてしまい…
ちょっと書き足しました。
その前を読んだ方申し訳ございません;;




