選択をする竜と幼竜
ひたとこちらを見つめてくるレーゲンユナフの真っ直ぐな視線にミルエディオは気付かされた。
友はとうに全てを諦め、そしてとうの昔に覚悟を決めてしまっていたということに。
「俺の残りの命はもう長くない。番が欠けた状態で生きる竜の命は短い、それはお前が誰よりもわかってるだろう?魂の循環が崩れた竜は狂うか早死にするかどっちかだ。ノヴァイハは狂ったがおれは後者だな。俺に残された時間は100年くらいか?瞬きみたいな短さだよ。未分化のあの子の成長を待つ時間はもうない、名問いをして番ったとしても竜気で卵を満たす前に俺が先に逝ってしまう。あの子を俺の番としての形に変えてしまっても俺は何ひとつあの子に残してやれない。生きれたはずの時間を奪った挙句、なにひとつ与えることなく逝くんだ。
なら⋯それよりもこの魂を俺という肉体から解放して再び生まれさせた方がよっぽどあの子の為になる」
レーゲンユナフが竜人国に戻らなくなった時期とルエルハリオが孵化した時期が同じだということにミルエディオは思い至る。
そして、今紡がれている言葉は昨日今日で辿り着いた答えではなく、長く苦悩した果ての言葉だと。
「だがっ!⋯⋯それはたとえ同じ魂であってもお前ではない⋯お前はお前以外があの子と番っていいというのか?!」
言葉が乱れ昔のように話すミルエディオにレーゲンユナフは苦笑した。竜人としては珍しく優しすぎる心を持つ友の悲しみが不謹慎だが嬉しいと思ってしまう自分に。
「俺じゃない、んなのは当たり前だ。良いんだよ、本当はずっと分かってたんだ、あの子の卵が孵った日からずっと考えていたことだ。本当はどっかで野垂れ死ぬ予定だったし、死んでもこの国に戻るつもりは無かった、だが⋯⋯あいつに呼ばれたら、泣きつかれたら戻らないわけにはいかなかった」
「ノヴァイハ様と番の方か」
「そうだ、昔は俺が死ぬかあいつが狂うかどっちが先か、なんて思ってたんだがな〜。
これも運命ってやつかね、戻って早々これだよ、流石にこんなすぐ近くに居るなんて思いもしなかった」
レーゲンユナフは心底困ったというように眉をしかめ、けれど口元だけは笑みを浮かべていた。
まるで泣き出す直前のようにミルエディオには見えた。
「会いたかった、会えて良かった。嬉しかったよ。小さくて、可愛くて、愛おしい。けれど、やっぱり会いたくなかったとも思ったよ、番がこんなジジイで申し訳ない。可哀想にあの子の番が俺なんかで」
「だから、あの子を置いていくと?」
「ああ、そうだよ、俺はあいつを番にはしない。そう決めてんだよずっと、ずっと前からな」
ぎり、とレーゲンユナフの握りしめられた掌が小さく震えていた。本能に逆らいねじ伏せようとするその確固とした意志の強さにミルエディオは嘆息した。
「⋯⋯貴方の考えはわかりました」
充分過ぎるほどに理解できた。竜人らしい感情と竜人らしい自分勝手な自己満足と自己犠牲を痛いほどに理解できた。
「ただその選択は⋯最も悪手だと思いますけどね」
ミルエディオは扉の横でかすかに明滅する魔石をみながら小さな声で呟いた。
手桶を洗い、新しい布を用意して扉の前に戻る間に聞いてしまった。
いや、聞かされてしまった。
患者の状態を室外でも把握できるように常時展開されている魔術がミルエディオ様から強制的に脳内に送り込まれたからだ。
僕を番にすることはないと言い切ったその低い声が脳裏に蘇る。
ズキンと胸が痛んだ。
だから、だから名問いをしてくれなかったのか。
年の差がなんだ、そんなもののために、自分の命をなげうつのか。
幼竜だから、僕が生まれてくるのが遅かったから。
目眩がする、感情が千々に乱れて今にも叫びだしてしまいそうになる衝動を堪える。
駄目だ、子供のように泣き叫んでも彼は僕を番にしてくれない。
彼が守るべき幼きものとして在ってはダメなのだ。
僕が甘ったれていたから、番を探しにもいかず、ただ迎えを待つだけの弱い存在として今まで生きていたから。
だからこんな悲しい決断をさせてしまった。あの人は僕が生まれてくるまでたくさんたくさん待っていてくれたのに。
ぐ、と腹の底に力を入れて乱れた竜気を整える。
目を閉じて覚悟を決めて扉をあけた。
ミルエディオ様はこちらに向くのに、そのひとは頑なに顔を伏せたまま。
今すぐ僕を見てほしいのに見てもらえない。
その頑なさにモヤモヤとした黒いものが胸に渦巻いていく。
どうすれば、どうすればこのひとを僕のものにできるだろう?
「ああ、ルエルハリオ戻りましたね、彼の診療録はこれです、いつも通り記入をしてください」
いつも通りに、と言われてハッとする。
直前手渡された診療録は白紙。
診療録の記入いつもはミルエディオ様がするはずのそれを委ねられた意味を瞬時に理解する。
「はい、ミルエディオ様わかりました⋯それでは楽になさってください、たった今あなたの担当になりました、僕は医術師団所属の治癒士ルエルハリオです」
心臓がバクバクと脈打つのを気づかれないように、できるだけ平坦な声を心がける。僕に許された勝負は一度だけだから。ミルエディオ様が友を裏切って作ってくださった機会なのだから
「⋯あなたのお名前は?」
動揺は微塵も感じさせないように、手元の紙日付を書き込むふりをしながら問いかける。まるでいつもそうしているかのように。
「レーゲンユナフだ」
名前。
僕に差し出された番の名前。
僅かな切っ掛けを絡み取るように、ばれないように小さく小さくした契約陣がくるくると光って展開されていく。
「ん?おいっ!!まて、今の⋯っ!?」
2人の間に柔らかな光が舞い目の前の竜人の竜気が混じり合っていく。
どうみても治癒ではないその光。
零れんばかりに瞳を見開いた非常に間抜けな友の顔にミルエディオはくくっと笑った。
「まずはしっかり問診してもらえ、そのあとはきちんと話し合いなさい。レーゲンユナフ、私は友の自殺を許す奴だと思われて心外だよ。ーーーおめでとう」
ハハハと珍しく高らかに声を上げて笑いながらミルエディオは晴れやかな笑顔で部屋を出ていった。
一方のレーゲンユナフはぱくぱくと口を開閉させ声も出せずに居た。
え、俺が雌?
俺か名問いされた?
まさかのジジイになりかけてる俺が雌?
え、俺が??うそだろ?いまさら卵産むの?俺が?え、俺が?!
「う、う、嘘だろ?ーーー!?」
目の前でルエルハリオの真っ白な髪の毛がみるみる婚姻色に染まっていく。
「レーゲンユナフ、僕の番、とても美味しそうな色ですね」
焼き立ての香ばしい香りがしそうな、焼き菓子の色。
それは何度も何千回も繰り返し見ても飽きない完ぺきな焼き色。
番が好む色に染まった髪をルエルハリオが愛おしそうに触れるのを見た瞬間、レーゲンユナフはガクッと項垂れ頭を抱えた。
これでこの人は僕のもの。
最期の吐息のひとかけらまで。
全部僕のもの。
ルエルハリオはぽろぽろと涙をながした。
うれしくて、でも哀しくて。だますように結んだ魂のつながりが虚しくて、一緒にいられる時間が少なすぎて。情をかわすことなく捨てて逝かれることがないことに安堵して、
話し合うことなく、一方的に番の思いを踏みにじった事を申し訳なく思うけれど⋯
けれど、後悔など一欠片もしていない。
一緒にいたかったのだ。
騙しててでもいいから、番になりたかった。あんなに悩んでいたことが嘘みたいに、変わるのを恐ていたのが嘘みたいに、雄雌なんてそんなものどうでもよかった。
何も残せなくても、死ぬまでに大人になれなくても、命が短くなったとしてもどうしても番になりたかった。
だから縋った、ミルエディオ様の策略に卑怯だとわかっていたけれど乗った、のってしまった。
だって手段などどうだってよかったのだ。
捨てられなければ、番になれさえすれば、この優しすぎる竜人を独りで逝かせずにすむなら、もうなんだってよかった。
気が動転しているのだろう番が目を白黒させながら青くなったり赤くなったりしている様を涙でゆがむ視界に映し続けていると、ポロポロと溢れるばかりで止まる気配のない涙を困った顔をしながら大きな手でそっと拭ってくれた。
思い描いていたカタチとは全く違うのに、罵倒されてもいいくらいなのに、触れられた頬には番の優しさがつわたってきて⋯
全てが愛おしくて、困らせているとわかっていても、うれしくてうれしくて、涙が溢れてとまらなかった。




