苦悩と幼竜
「様子はどうですか?」
極力刺激しないようにと意識的にゆったりした口調と動作を心がける。
けれど、部屋には少しだけピリッとした空気が漂いミルエディオは思わず苦笑する。
「変わらず眠りは深いままですが、体内を巡る魔素と竜気は落ちついています。」
ルエルハリオ本人も分かっているのだろう、少しだけ気まずげな顔をして目を伏せた。
ふむ、とミルエディオは眠る昔なじみと傍の椅子に座るまだ幼い部下を見比べる。
夕刻の赤みのつよい光に照らされてもなお白く輝く髪、肩に触れるか触れないかで切られた真っ直ぐな白い髪が形のよい後頭部に光の輪を作っている。
一方で眠る友の髪はぱさつき灰色に近い白。
長く番に会えなかった竜人特有の色だ。
この色も友が目覚め、名問いをしたら失なわれる。
⋯通常ならば。
ルエルハリオの様子を見るかぎり2人が番なのはほぼ間違いないだろう。
まだ幼さの残る柔らかな線を描く頬にかかった髪を、幼さの残る丸みの強い指が耳にかける。
あと2度ほど脱皮したら成長も止まるだろうか。けれどまだどこもかしこも幼さが際立つ。
しかし⋯性分化もまだの部下と壮年期も終わりに差し掛かる友人が番となるとは⋯思ってもみなかった。
友が長くこの地を離れていたからお互いに気付けなかったのか⋯いや友人が何かを感じてこの地に戻るのを避けていたのかもしれない。
竜人は番の魂がこの世に降り立ったその時から番の存在を感じることができる。
200年何も感じずにいたというのは考えられない。
レーゲンユナフは食への執着以外は比較的まともな考えを持つ竜人だ。
他種族の地で問題を起こさずに長く居られる竜人は実は非常に珍しい、他種族への理解と共感。ほとんどの竜人が持たぬそれをレーゲンユナフは持っていた。
つい先日までミルエディオを熱心に見上げていた瞳が今はレーゲンユナフから離されることはない。それは竜人の番に対しての反応そのもの。何処か番に恐れを抱いていた部下の成長には微笑ましい。
2人の抱える問題に目を向けなければ。
レーゲンユナフが成体ではあるがまだ幼竜のルエルハリオの成長が落ち着くまで正式に番となるのを待てるのかどうか⋯
友の残りの時間を考えるとそれは酷かもしれない。
しかし、竜王種と共に孵った個体とただの竜、しかも成体に成り立ての個体では力の差があり過ぎて⋯ルエルハリオは番となり雌として分化してしまえばその瞬間に成長が止まってしまう。
名問いされてしまえば永遠に幼さを残したまま生きることになる。
どうしても竜人の寿命は強い方に寄るのだ。
レーゲンユナフと番えばルエルハリオは竜人として未熟かつ短命となってしまう。
レーゲンユナフはどうするのだろうか?
⋯それとも、それすら考えられないほどに狂ってしまっているのだろうか?
ルエルハリオはそれを真に理解しているのだろうか?
再び髪で隠れた横顔からは今何を考えているのか読み解くことは難しかった。
レーゲンユナフにかけた治癒魔術から揺らぎが伝わってきた。
どうやら、目覚めるようだ。
「⋯そろそろ目覚めますよ」
一心にレーゲンユナフを見つめていた瞳がこちらをむく。喜びと不安がせめぎ合う瞳。この瞳が苦しみに濁らないことを切に願う。
ミルエディオにはそれしかできない。
「⋯メロディア様は彼が番の方を吐き出そうとしていたと言っていたので⋯ブレスに灼かれた時には意識が正常だったのかもしれません。
傷口にはわずかに結界を張った跡もありましたし、メロディア様も少し護りを発動したとも⋯通常の竜人でしたら死んでいてもおかしくない状況でしたがね。
ただ、目覚めた瞬間の彼がどうなっているかは予測できません」
ルエルハリオはぐ、と眉間に皺を寄せ難しい顔をした、いや、泣くのを堪えたのかもしれない。
「⋯モステトリスのように鎮静化させて隔離するのですか?」
「いえ、あの子とは状態が違います」
「違う?」
「ええ。レーゲンユナフの番は貴方なのでしょう?」
ミルエディオの言葉に、ルエルハリオは虚を突かれたような顔をしたのち困ったように眉を下げ⋯
はっきりと頷いた。
ミルエディオ様の問いかけは、ふわふわと浮いていた気持ちをストンと落ち着かせてくれた。
自分の一方的な気持ちだけではなく、傍から見ても番同士だと認識されているという事実が心をくすぐる。
けれど⋯今の状況になるに至った出来事を考えると思わず俯いてしまう。
膝のうえに置いた手の甲にぽたりと涙が落ちた。この涙は何の涙だろう。喜びだけでは無い複雑な感情は成体になったばかりの自分には難し過ぎて名前すらつけられない。
ノヴァイハ様の番の方を食べてしまうなんて世界が滅びてしまうような行為。
だれも責めないけれど⋯全世界から大罪人と罵倒されてもおかしくない行為。
そんな事をしてしまった竜人が自分の番で、けれどそんなことをしてしまった番に出会えて嬉しい、愛おしい、守りたいと思う自分もまた⋯
目の前がどんどん歪んでみえなくなる。
膝においた手に温かなものが重なった。
はっとして顔を上げれば傍に立っていたはずのミルエディオ様が膝をつき震える手を両手で包んでくださっていた。
いつだって間違えたり失敗したりする自分を導いてくれる師はいつもの様に優しい顔をしていた。いや、いつもよりもずっと優しい表情。
「おめでとうございますエルハリオ。貴方が番に出逢えてよかった。たとえなにがあったとしても貴方は番を愛していいのですよ」
「ミル⋯エディオさ⋯ま⋯」
ぶわりと涙があふれる。音になりかけた言葉は喉につまって出てこなかった。
ただ必死に何度も何度も頷いた。
そのたびに涙が頬を伝った。
ぐずぐずと鼻をならしていると「⋯う⋯⋯」と寝台から掠れた声が聞こえた。
「ああ、彼も心配してるのですかね? ⋯そろそろ目を開けますよ⋯⋯さあ、離れて」
椅子から立ち上がり駆け寄ろうとしたが握られていた手ごと押さえられた、そのままミルエディオ様の後ろへと下がらされる。
ああ、どうか⋯
番の瞳が狂気の色に染まっていないことを⋯⋯




