第七話
それは突然のことだった。
何が起こっているのか理解しないまま、俺はただ一人を守ることだけを考えた。
本能的に敵だと感じた相手にがむしゃらに突っ込み、気がつくと床に押し倒され馬乗りになられていた。
それはつい先刻までは俺の父親だった者だ。だが今は俺にとって紛れもない悪であった。
その父親の太い手が首にかかる。
間髪入れずにその手に力がこもり、俺は息が出来なくなる。
徐々に意識が薄れていく。視界は靄がかかったように不明瞭だ。
遠ざかる意識のなかで何かの叫び声のようなものを聞いた。
実際には叫んでいるのか笑っているのか泣いているのか判断できない声だった。それはただただ不快感だけを俺に与えた。
耳を塞ぎたくても塞げない。
淀んだ空気が肺に入る度吐き気に襲われる。
何をすることも出来ずに、不気味な声に意識を持って行かれそうになる。
すると今度は別の音が聞こえた。
今度のは明らかな泣き声だ。誰かが泣いている。
その泣き声は俺の名を呼んだ。
だがその声に答えたのは俺ではなく俺の敵だった。
そいつは俺の首もとから手を離すと泣き声に向かって歩き出す。
─まて、
口を動かしても力無い息が漏れるだけで音にはならない。
それでも俺は必死だった。
─近づくな!
俺はただ一人を守ることだけを考えた。
雷の音に意識を釣り上げられる。
気がつくとベッドの上に横たわっていた。
いまいち状況が理解出来ない。
起き上がって辺りを見回す。
見覚えのある風景だ。どうやらここはハルさんの家の中らしい。
そのハルさん本人の姿を見つけようと視線をさまよわせていると、だがそれはすぐ傍にあった。
「気分はどう、キタ。」
ハルさんはベッドにもたれかかるようにして床に座っていた。
手元には読みかけの本がある。シェイクスピアのマクベスだ。
「猫が教えてくれたんだ。おまえが俺の車のなかで倒れてるってね。」
ハルさんが言う。
確かに車のなかで猫と話した以降の記憶がない。そうか。気を失っていたのか。
「…迷惑かけました。」
ハルさんに頭を下げると、指先で軽く小突かれた。
「迷惑とかそんな仲じゃないよ、俺達。」
気にしなくていい、とハルさんは微笑んだ。
吊られて俺も笑うとハルさんは満足気に頷く。
「待ってな。暖かい珈琲を入れてあげよう。頭痛に良いから。」
言いながらふらりと部屋を出て行く。
遠ざかっていく背中を何となく眺めていると、くらりと目眩がした。そのままベッドに倒れ込んでしまう。
頭痛に顔をしかめがら窓の方に首を動かすと、バルコニーに猫の姿が見えた。
直後、外で雷の音がする。
それを聞いた瞬間脳裏になにかおぞましい光景が次々と浮かんでは消えていく。
それと同じ光景を先程夢の中で見た気がした。だがすぐに思い出せなくなってしまう。
「…………………………」
身に覚えのない記憶は不快感だけを俺に残し、跡形もなく消えてしまった。
「……う、」
吐き気がする。口元を抑え身をくの字に折る。
人のベッドを汚すまいと必死に吐き気と闘っていると、部屋に入ってきたハルさんが慌てて駆け寄ってきた。
「どうした、キタ!?」
ひどく焦ったその様子に、相変わらず過保護な男だと呆れながらも縋ってしまう。いつもそうだ。だが俺が縋れる相手などこの人しかいないのだ。
それを知ってか知らずかハルさんは今みたいに俺に甘い。俺だってもう大人だというのに、いささか度が過ぎているように感じる。
ハルさんの手が背中をさすってくれている。不快感が薄れていくのを感じながら、今回も俺はこの人に支えられていた。
─目を閉じて思い出してみる。
ずっと昔一度尋ねたことがあるのだ。ハルさんはどうして素性の知れない俺なんかに親切にしてくれるのか。大体こんな内容のことだった。
その日は雨が降っていた。今みたいな酷い大雨ではなくまだ小降りだったが、傘を持たずに歩いていた俺をハルさんが追い掛けてきた。
「また傘も持たないで、どこほっつき歩いてたんだ?風邪引くよ。お前体壊しやすいんだから。」
言いながら俺に傘を差し出す。
この頃の俺は十代半ばで、まだ彼のことを信用しきってはいなかった。
俺の問いを受けたハルさんは事も無げに言った。
「だってお前が頼れる相手って俺くらいでしょ?」
この答えを聞いたとき多分俺は、自分で言うのもなんだがひどく間抜けな顔をしていたことだろう。
確かに俺が縋れる相手など彼くらいだ。でもそれだけで?それは俺にとってはメリットだが、相手にしたらデメリットしかないではないか。
「お前、親御さんが居ないんだろう?いや、何も言わなくていい、事情は知ってる。まぁつまり、そんな独りぼっちで可哀想な少年にこのお兄様が愛を注いであげよう!と、こういうわけ。」
当時からハルさんはこんな風にふざけた男だった。だがそんなふざけた言葉は実は気遣いや優しさなんかを控えめに伝えるための、彼なりの工夫なのだと知った。付き合っていく内になんとなく解ってきたのだ。
ハルさんは俺に信用されていないことを知っていた。だから直接的な愛情表現のようなものは避けたのだろう。疑り深い俺の心を徐々に溶かしていくために。
ハルさんがよく言っていた。捨て猫と仲良くなるには少しずつが一番だ、と。
「あの子ら一度人に裏切られてるから、また同じ思いをするのが怖いんだよ。勿論そんなのは当たり前のことだ。
だから俺は慎重にならなくちゃいけない。急に距離を近づけようなんて考えてはいけないんだ。疑り深い心には、どれほどこちらがフレンドリーにしてもそれが全て偽りっぽく映ってしまう。逆効果なんだよ逆効果。
人付き合い、いや猫づきあいにはすこぅしずつ時間をかけて距離を近づけていくことが大切なんだ。
時間が断つほど相手のなかで俺の存在は大きくなる。それが効果的なんだよ。一緒に過ごす時間が長くなるほど、一緒にいるのが当たり前になる。慣れってすごいよね。一度慣れるとそれがこの先ずっとそれが続くかのように思えてくる。
それでいいんだ。お前の傍から俺はいなくならないよって、伝えるにはそれが一番効果的なんだよ。…と、俺は思う。ただの持論。だけど失敗した試しがない。」
そう言ってハルさんはニッと笑った。
今思うとこの頃のハルさんはとても良くできた人間だったように思う。いや、それは現在のハルさんにも受け継がれているのだが、このごろは加虐思考的な人間になりつつあるのでどうかと思う。…きっとハルさんにもいろいろあるのだ。俺は暖かく見守ることにしよう。
それよりも心配すべきは当時の俺の人間性だ。
たしかハルさんの素晴らしい笑顔に俺が返した言葉は、
「難しいこと考えてんだな、おっさん。」
だった。
「……………………………………………」
当時の俺は子供だ。ガキだ。ならば仕方ない。そうだ仕方ないのだ。済まないハルさん、と声に出さず謝っておいた。ちなみに土下座つきだ。勿論実際に土下座をすると現在のハルさんに頭を心配されるのでそこは割愛しよう。
その代わりにお礼でいいではないか。
「…ありがとうな、ハルさん。」
自分にも聞こえるか定かではないくらい小さな声で呟いた。
「…ん?キタ、今何か言った?」
案の定ハルさんには聞こえていないようだ。それでいい。お礼など言い合うような仲ではない。
「なんもないっす。あ、もう大丈夫なんで。」
お気遣いなく、と起き上がろうとするとハルさんに制された。
「こらこら、今日はもうこのまま寝てなさい。きっと過労だよ。この前も仕事終わり寝ないでキャバクラに行ってたんだってね。もっと自分をいたわってあげないと。」
「…なんで知ってんすか…いやもう知ってるんでしょうけど、ここまでくると軽くストーカーっすね。」
「ナツメが言ってたんだよ!ストーカーとか酷いな!?」
俺はキタを心配してるのにっ!とハルさんが両手で顔を覆い嘘泣きを始めたので無視をすることにした。
「無視しないで!?」
そういえば猫はバルコニーで何をしているのだろう。珊に腰掛け両足を揺らしている。ちなみにここは高層ビルの十五階だ。下手な動きすると落ちるぞあれ。
肝を冷やされながら見ていると、猫が振り返りバルコニーにすとんと降り立った。その場で大きく伸びをし、長めの髪を風に揺らしている。
外の天気は雷が鳴るほどの大荒れなのに、そんなことは全く気にかけないゆったりとした仕草だった。成る程猫だ。
「猫、中に呼んであげようか。」
俺の視線に気付いたハルさんが言う。
「そっすね、」
「あ、いいから。俺が呼んでくるからお前は寝てなよ。」
「…すんません。」
ハルさんは一度にこりと笑うと部屋を出て行った。こういうときハルさんが本当の兄のように思えるのだ。何故だかは解らないが、懐かしさを感じることがある。
実際のところ俺に兄弟はいたのだろうか。
何も覚えていなかった。
惨いことに俺には家族の記憶が一切ない。というか五歳以前の記憶がすっかり消えてしまっているのだが。そして俺の家族は俺が五歳のときに消えてしまったのだった。
まぁこの件についてはここまでにしておこう。
少し時間が経つと猫が部屋に入ってきた。
俺が頭痛に負け枕に顔をうずめていると猫が心配そうに額に触れてきた。
「頭が痛そう。少し眠れば、」
「平気だよ。こんなのはよくあることだ。」
「…珈琲。ハルさんがキタにって。珈琲って頭痛に効くんだね。知らなかった。」
俯きがちに手渡された珈琲からはいい香りが漂っている。ハルさんは相変わらず珈琲を作るのは上手いらしい。それ以外については言及しないでおこう。
「体調はどうですか。」
猫が俯いたまま言う。
「…驚いたんです。突然倒れるから。その後もうなされていたし。…そういえばこの前もうなされていた。」
「そういえばそうだったな…だけど夢の内容なんかはもうどうしても思い出せない。」
俺は珈琲を一口啜る。温かくて体が竦んだ。理由は解らない。
「夢まで見てしまうような…トラウマとか、あるんですか?」
猫が遠慮がちに言う。
「トラウマ、か…」
「キタは昔から夢見が悪いからね。あんまり夜独りで寝るのが嫌なら俺と一緒に寝る?」
ハルさんがにやつきながら部屋に入ってきた。俺は何か言い返そうとしたが面倒なので止めた。
「キタ、珈琲の甘さどう?砂糖足す?」
マイペースな調子でハルさんがベッド横の椅子に腰掛ける。
「大丈夫っす。旨いです。」
「ならよかった。猫ちゃんも飲む?珈琲は好き?」
「いえ…僕は結構です。」
「そう。」
「いらないのか?ハルさんの珈琲旨いぞ。」
言いながら手元の珈琲をもう一口飲む。
「……………………………」
猫は俺の問いかけには答えず俯いて黙り込んでしまった。俺は何となく話し掛けない方がいいと思った。だからそのまま何も言わず珈琲を飲んだ。
「……………………………………」
とん、とん、とハルさんが指で肘掛けを叩く。細い指はリズムよく何かのメロディーを刻んでいる。曲名は何だろうか。
どこかで聞いたことがあるそのリズムを気にしていると、ハルさんの手が俺に触れてきた。
「キタ、何か欲しいものない?食べたいものでもいいよ。」
「え、な、なんすか。」
まるで風邪を引いた子供に対する母親のような態度だ。少し気を失っただけで大袈裟ではないか。
「気付いてないかもしれないけどね。おまえ今四十度あるんだよ、熱。」
「………え、」
「さぁ、何か欲しいものないか?まぁこれは病人に対してしばしば使われる決まり文句なんだけど。こういうことには慣れてなくてね。」
ハルさんが困ったように溜め息をつく。
「珍しいよね、おまえが熱を出すなんて。初めてじゃない?…疲れが溜まってたんだよ。気付いてやれなくて悪かった。」
ハルさんは申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「…らしくないっすね、ハルさんが謝るなんて。」
「どうして?これは俺の責任だよ。そして病人に優しくするのは何故だか昔からある慣習だ。」
「はは…馬鹿げた慣習っすね。」
「そうかな。優しい慣習だと俺は思うけど。じゃあ猫はどう思う?」
猫は小さく首を傾げた。
「僕にはよく分からない…そういうことについては知らないので。」
猫が言う。
そういうことについて知らないということは、つまり人に看病などをされたことがないということだろうか。
「あぁ、そうか…ごめんね、デリカシーなかったかな。」
そういいつつもハルさんの表情に後ろめいた感情はないようだった。
「…すまん猫。この人こんなだから。」
「いえ、気にしてないですよ。」
感情の無い声で猫は言った。気にしているのかいないのか俺には解らなかった。
「そういうことについては知らない…って、キタ。それはおまえも同じじゃないの?」
「…俺?」
「家族、いないじゃない。」
あぁ、そうだった。
つまり俺も猫と同じように人から大切にされる感覚を知らないのだ、と。
「確かにそっすね。けどなんか忘れてたっすよ。ハルさんがあんまり俺の兄貴面するから、」
「え、本当!?俺兄貴出来てる!?」
「出来てる出来てる。」
「じゃあもう本当に俺の弟にでもなっちゃえばいいよ。」
「いいっすねそれ。…でもハルさんみたいな兄貴って大変でしょうね…」
「どういうこと!?」
そう言って異を唱えるハルさんはいつもの調子に戻ったようだ。先刻までなにやら元気が無かった。
「……」
何となく猫に目を向けると無表情に大人しく座っている。大きな目は伏せられどこか物悲しげだった。
「…そういや、猫に話してなかったな。」
俺の言葉に猫は小さく首を傾げる。
「俺とハルさんの関係、とか。」
「あぁ…。気になりますけど、言う言わないはどっちでもいい。元来僕には関係ないことだ。」
「話しておこう。だから後であんたの話も聞かせてくれよ。」
「…え、」
「なに、俺とキタの話?何か話すようなことあったかな。」
ハルさんが興味なさそうに言う。
「ありますよ、沢山。あんたとの思い出は全部覚えてる。それ以前を覚えていないからな。」
「それ以前…?」
俺の言葉を繰り返して猫が訝しげな視線を送ってくる。
「それに関しても今から話すさ。…さて、何から話そうか…」
やはりまずはハルさんとの出会いから話すのが妥当か。
─そう思い口を開こうとしたときだった。
突如玄関ドアを激しくノックする音が聞こえる。ドアを叩く相手の手が心配になるほど乱暴で勢い強い。
「…誰だ?」
ハルさんが声を低くして呟く。その目がきろりとドアの向こう側を睨み付ける。
ノックの音は止まない。相当急いでいるのだろうか。間違っても郵便配達等ではなさそうだ。
「…珍しいっすね。ハルさんを訪ねてくる奴がいるなんて。」
「そんな奴いると思う?情報屋なのに人間との交友関係は無に等しいんだよ、俺。」
「何だか涙が出てきた。」
「おまえも人のこと言えないだろう!?」
「あんたよりマシっすよ。仕事関係の知り合いもいますし。」
「ふぅん、強がっちゃって。」
「事実でしょうが。」
「いいもんね、俺にはちゃんと友達がいるんだから。」
「でも猫とカラスですよね。」
「…………人間にも友達くらいいる!………二人くらい。」
「やっぱり涙が出てくる。」
「五月蝿いなもう!」
「あのー、」
「ん、どうした?猫。」
俺とハルさんが同時に振り返ったので猫は若干恐縮する。…いや、引かれたのか。さすがに今のは息が合いすぎていたな。
「あの、ドアノック続いてますけど…」
「あぁ、あれね。いいんじゃない放っておけば。俺の客じゃなさそうだしなんか面倒そうだし。」
ハルさんは玄関の方を一瞥して言う。
「わざわざ出て行く必要なんてない。そのうち帰るよ。」
「……敵だったら、」
「それは心配ないね。今ここにはキタがいるんだよ?彼の職業を思い出してご覧。馬鹿っぽくて忘れてたかもしれないけど。」
馬鹿とはなんだ。面と向かって失礼な。毎度のことなので聞かなかったことにするが。
「ね、キタ。おまえが守ってくれるだろう。」
ハルさんはにこりと笑う。
「はいはい、盾なら任せてくださいよ。」
「盾になれとは言ってないだろう。もっと自分を労りなさいっていつもいつも言ってるのに、」
「あーはいはいすんませんでした。」
「面倒そうな返事!」
ハルさんが顔を覆って泣き真似を始める。これも毎度のことなので俺は無視する。
そんな俺達を見て猫がぽそりと呟いた。
「…家族みたいだ。」
「…………家族?」
「あ、すみません。…随分仲が良いみたいだったから。」
「そりゃまぁ、長いつきあいだしな。」
「キタがハルさんを守るのはいつものことなのか。」
「あぁ。こう見えて殺し屋なんでね。」
先程馬鹿などと宣ってくれたハルさんに嫌みを込めて言う。ハルさんは軽く肩を竦めるだけだった。
「…家族、か。まぁ俺にとっては、ハルさんは家族みたいなものかもしれないな。家族でなくても頼れる身近な人間はこの人一人だし。」
「…本当の家族がいないのか?」
本当の、という言い方に思わず苦笑する。猫のなかでは俺とハルさんはもう一塊の家族という認識なのだろうか。
俺は別にハルさんと家族であるのが嫌なのではない。単に家族というものが…何というか、恐ろしいだけだ。まぁ、いろいろと。
「家族、ね…」
知らず知らず呟くとハルさんと目があった。というかハルさんがずっとこちらを見ていたらしい。見られていたことを不思議に思い、なんだ、と目で問いかけると何故だか彼は安心したように息を吐いた。
「……猫、家族の話はもういいだろう。それより俺はいい加減外が気になるんだけど?」
「…あ、まぁ、そうですね。」
猫の興味は先程から絶えず響くノック音に移ったらしい。俺はほっと息をつく。家族のことを聞かれるのは好きではない。
「キタ。あれ、どんな奴だと思う。」
ハルさんが玄関を指差しながら言う。俺はじっとその方向を見つめてみる。
扉をノックしている振動からして相手は大人。その振動が伝わってくる場所からして身長は…俺と同じくらいだろうか。俺達が応答しないのに関わらずノックの音は一度も途切れない。誰か居ないのか、などと問い掛けることもない。
「……情報が少ないのでよく解りませんが、普通の奴じゃないってのは確かですね。」
「それはどうして?」
「勘です。」
「なるほど確かだ。…ていうかここまであからさまに無視してるのにさ。相手も頑固だねぇ。」
「馬鹿なだけかも知れないっすよ。」
「緊張感、ないですね…」
そう猫が呆れたように言う横でハルさんは気怠そうに欠伸をする。俺にはどちらも同様に緊張感に欠けているように見えた。
「…仕方ない、俺が見てくるよ。ここ俺の家だし。」
相変わらず面倒くさそうな様子のハルさんが立ち上がる。腰なんか叩いて、もう年なのだろうか。
「気をつけてくださいね。」
「はいはーい。」
俺は玄関に向かって歩き出すハルさんの数歩後ろで待機する。
更にその後ろでは猫がフライパンを持って物陰に隠れていた。いろいろと突っ込みたいがここはあえての無視である。
「………」
ノックの音は依然止みそうにない。
ハルさんはひょいと屈むとドアスコープを覗く。そしてそのままの姿勢で首を傾げた。
「何も見えない。」
─何も見えない、だと?
不思議そうに呟くハルさんを俺は思い切り突き飛ばす。
ドアスコープから釘のようなものが突き出してきたのはその直後だった。




