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とこまとそう  作者: マサキ
三  裏門は正門
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三  裏門は正門 1

 気のせい。あれはなにかの気のせい。

 わたしと木津くんはお互い口をきかないで、急いで階段を降りた。三年の教室に駆け込む。

 窓は閉まっている。

「早く開けて、木津くんっ」

「わかってるよ!」

 慌ててるらしく、鍵を下ろそうとする手がすべっている。やっと開いたと思ったら、木津くんはすぐに戻してしまった。

「どうし……っえ?」

 頭を押さえつけられて、二人でしゃがみこむ。密着して、ドキドキしてしまう。

「きつく……」

「あいつらがいる」

 汗が噴き出した。違う意味で、ドキドキしてしまう。


『こっちに飛んだか?』

『くそ、おまえたちのせいだぞ』

『見つからなかったら殺してやる』


 ふだん、男子たちがしてるようなささいな口喧嘩。それなのに、恐ろしく感じる。


『一周してくる』

『俺はこのあたりを探す』

『見つけても隠すなよ』 


 金属がぶつかる音をさせながら、三人の像は離れていく。音が聞こえなくなっても、わたしたちは動けなかった。

「……おい、離れろよ」

 いつのまにか、わたしは木津くんにしっかりしがみついてしまっていた。離れようとしても、手が外れない。全身がふるえていた。こんなに蒸し暑いのに。

「立てないだろ」

 握りしめる指を外そうと、木津くんの手がふれた。とても暖かい。わたしの手は、ものすごく冷えていた。

 小さくため息をつくと、木津くんはわたしの腕をつかんで立ち上がった。足の力はすっかり抜けていて、木津くんが支えてくれなかったら転んでいた。

「行くぞ」

「ど、こに?」

 緊張して、かすれてしまった。そんなわたしに、木津くんは怒ったように言う。

「学校から出るんだよ。こんなとこにいたって仕方ないだろ」

「でも、三人が……」

「あいつら探し物があるみたいだから、しばらくは戻ってこないと思う。こっちから出ると見つかるかもしれないから、念のため玄関から出よう。中からなら簡単に開くから。出たらダッシュだ」

 うなずくしかない。

 ウザイって思わるかもしれないけど、わたしは木津くんから少しも離れられなかった。歩きにくそうにしてるけど、文句は言われなかった。


 ふだん校舎内を外履きで歩くなんてことしないから、とてもいけないことをしている気分。わたしの革靴がこすれて音を立てないように、足先に注意する。だけど木津くんは気にしていないようで、さっきから運動靴がキュキュッといい音をたてている。

 不意に木津くんが立ち止まった。わたしはというと、ぴたりと背中にはりついていたから、ぶつかるもなにもなかった。

「なにか音が聞こえないか?」

 やだ、まさかもうあいつらがいるとか? 耳をすましてみると、たしかに音がした。音というより────


 ひゅうぅ、うぅうっ……。


「……おんなの人の、泣き声?」

 か細い声。それが絶え間なく聞こえて来る。よせば良いのに、木津くんは近づいていく。わたしも近づく羽目になる。

 おそるおそる玄関をのぞいてみる。とたんに、顔面をなにかに殴られた。

 実際は風が当たっただけなんだけど、その風がふつうじゃなかった。氷のように冷たい。音は空気を裂く風が鳴らしていた。

 玄関に、真冬の風が吹き荒れている。


「さ、さむい……っ」

 あっという間に体温を奪われる。息をすると肺が痛んだ。か、身体が凍っちゃう。脱出することなんか、吹っ飛んだ。横殴りの風のせいで転びそうになる。髪の毛があおられてぐしゃぐしゃになる。

 下駄箱にはとがったつららが何本も下がっている。雪や氷の粒が音をたてながらぶつかってくる。風の音ももう、女の人の泣き声というより絶叫に近い。


「ぼさっとしてるなよ!」

 ほとんど引きずられるようにして、わたしはその場をはなれた。

 音のしないところまで離れて、ようやく呼吸することができた。生暖かい空気が、今は身体にうれしい。

「なにが、起こってるの?」

「知らねぇよ。こっちが聞きてぇよ」

 木津くんもうろたえてるのか、言葉遣いが乱暴になってる。

「どうしよう?」

「何度言わせる気だ。学校から出るんだよ。玄関がダメなら、第一理科室から出よう。外へのドアがあるし、門に近い」

 理科室。その響きに身体がすくむ。

「あそこ、骨格標本とか、ホルマリン漬けとか、あるよ?」

「…………だから何だよ」

 ふたりして黙り込む。

 木津くんはわたしの言いたいことが分かってるみたいだけど、計画を変更させることはなかった。

 木津くんが立ち上がれば、わたしもそうしなくちゃいけない。どんなに理科室が怖くても、向かわなくちゃいけない。


 頭のなかをカエルやネズミ、ヘビの内臓のホルマリン漬けがぐるぐるする。あの独特の酸っぱい臭いまでもただよってくる気がした。

 でもわたしの理科室に関しての恐怖はあっさりと消えた。ドアには鍵が掛けられていたから。

「そう言えば、理科室は薬があって危ないから、先生しか開けられないんだった……」

 間の抜けた声。すっかり忘れてたみたいだ。そのことを自分でも驚いているみたい。

「でも木津くんなら、開け方を知ってるんじゃないの?」

「俺は泥棒じゃないんだ。先生が厳重に戸締まりしてるところは無理だよ」

 でもそう言いながら木津くんは扉を開けようとピンでほじくってる。ちょっと、どう見ても泥棒にしか見えないよ。

「くそー、やっぱり無理か」

 立ち上がったとたん、内側からノックの音がした。

 ……ノック?

 木津くんはドアから飛びのいた。わたしの手首を強くつかんできて痛い。


『あけて、あけて』


 舌足らずな、女の子の声が、した。


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