二 青春の像 1
お昼を過ぎると、ようやく一日が始まる気分になる。でも授業は残り二つしかなくて、あっという間に放課後。得したのか損したのかわからない。
モップで廊下を水拭きしてると、教室から飛び出してきた矢部くんがこけそうになった。うちの廊下はただでさえすべりやすいのに、水で濡らすとますますひどくなる。
「うわぉ、スケートみてー」
大きくバンザイして反り返って、目のまえを音もなくすべっていく。そして後ろを向いてゴミを集めていた尚子ちゃんに衝突した。
「ちょっと矢部くん! 危ないでしょ!」
「るせー、だったら水きちんとしぼれよ。びしょびしょなんだよ」
「走ってるそっちが悪いんじゃないの。廊下は走っちゃダメじゃない!」
「いつ誰が決めたんだよ、んなこと。何年何月何日何時何分何秒、地球が何回まわったときか正確に言えよっ」
「六十六年前六月六日六時六分六秒、地球が六兆六億六万六千六百六十六回前にまわったときよ!」
すごい尚子ちゃん。早口言葉みたい。
「なんでぜんぶ六なんだよ? 適当に言ってるだけじゃねえか。証拠見せろ、証拠!」
ぎゃあぎゃあ言い合いしてるけど、加勢したほうがいいかな。でもわたしが入ってもあまり助けにはならなさそうな。
オロオロしてると、脇を取りぬけた木津くんが、ポコンとカバンを矢部くんの頭にぶつけた。
「なにしてるんだよ。今日の喰い放題、早く行かないといいものなくなるぞ」
「忘れてた。みんなもう集まってるか」
「青春の像のまえで集合だから、ホラ、もう来てる。遅れちまう」
「やべっ、急げっ」
「あの……」
止めようと声を掛けようとしたときには遅かった。木津くんが転んだ。あまりにも派手だったので、笑いがわきおこった。
「おいおいアオ、大丈夫か?」
「アオくんのドジー」
木津くんは痛みに顔をしかめながらも笑いかえす。だけどその目は犯人を探してて。
ぐるりとまわった視線は、わたしに止まった。そばにモップを持っている子が他にいるのに、わたしに。
「ごめんね、木津くん……」
「いや、廊下走った俺が悪いから。ぜんぜん気にしないで。俺も気にしてないからさ」
あからさまに気にしてる言い方じゃないの。
「アオ、早く行こうぜ」
木津くんに急ぎの用事があって助かった。あっという間に二人はこの場を離れていく。
なんか今日は木津くんに嫌な思いをさせてばかりだったな。ふだんはまったく話さないのに。
窓の外を見ると、もう青春の像のまえにたどりついている。
正門前のその像は、三人の男の子たちが伸び上がってなにかを──たぶん夢とか未来とか──そういったものをつかもうとしている姿をかたどっている。
「アオくんたち、これから食べほうだいに行くのかあ。いいなあ」
尚子ちゃんがお腹をおさえた。つられてわたしのお腹も、くぅ、と小さく鳴いた。
運動部の掛け声や吹奏楽部のトランペットの音、笑い声が校内からあふれてくる。放課後は冷房が止められてしまうから空気はどんどん蒸し暑くなってくる。開け放した窓から風が吹き込んで、また出て行って。
なんだか学校が呼吸をしているみたい。




