六 まさか、さかさま 2
「うそ! どこにいるの? 木津くん、木津くん!」
わけがわからない。わたしは大声で木津くんを呼んだ。のどが痛くなっても、叫ぶように呼びつづけた。でも木津くんからの返事はなかった。
多目的ホールを歩きまわる。張りぼてのお釈迦さまもいなくなってて、よけいに広く感じる。鏡のなかで、わたしだけが動いている。
「なんで、なんで? 一緒にいるって言ったじゃない。離さないって言ったじゃない。うそつき。うそつき! うそつ、き……」
まさか────木津くんの声がよみがえる。
「俺もさかさま、って」
木津くんをさかさまにする。頭のなかで逆立ちしている木津くんを、一度追い払う。
「ちがう、名前だ」
木津蒼。きつそう。さかさまにすれば、うそつき。
お釈迦さま。しゃかさま。さかさま。
「なによ、それ」
ダジャレ? くだらなさすぎる。でも、そしたら、思い当たることが出てくる。
たとえば廊下にいた太郎さんがおじいさんになっていったこと。これだって〝老化〟にかけることができる。〝合掌〟しながら〝合唱〟していたポスター、すごく寒い〝厳寒〟の〝玄関〟、笑う膝、棒になる足────
言葉遊び、なの? それで、木津くんは消えてしまったの? うそつきにするために?
「わたしと約束、しちゃったから」
カチカチ、と音がした。もう怖さなんてなくて、脱力したままわたしは振り向いた。そこにいたのは、あの白い犬だった。歩くたびに爪が床にあたってる。
木津くんの落としたライトの輪のなかに、白い犬が入る。犬はわたしのまえでしっぽを振った。しっぽ、あったんだ。真っ黒で、わからなかった。
犬は身体を曲げると、しっぽを舐めはじめた。赤いベロが毛先をととのえるように、ていねいに舐めつづける。
そしたら、黒い部分がみるみるうちに白くなっていった。
白い犬は、すっかり全身が白くなっていた。
『おもしろいだろう?』
犬がしゃべったのに、わたしはびっくりしなかった。それよりも、腹がものすごく立った。
『おもしろいだろう?』
しっぽも白いから、尾も白い? 本当にくだらない。こんなくだらないことのために、木津くんは消されてしまった。
「ちっとも面白くなんかない。もうほっといてよ!」
『おもしろいだろう?』
繰りかえしながら近づいてくる。調子に乗らないで。ダジャレをしつこく言う人は嫌われるんだから。
白い犬が足元に来た。そしてまた、繰りかえそうと開いた口から悲鳴が聞こえた。棒になったわたしの足に当たったのだ。きゃいんきゃいん、と悲しそうに鳴きながら走り去っていく。鳴き声は犬そのものなんだ。
ちょっといじめてしまったような、いけない気分になる。わたし犬は好きなのに。
ライトを拾って、四階への階段を照らす。一人でなんて行きたくない。でも行かなくちゃ行けない。一方的な約束がある。




