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義妹と父

 ウェスタリス公爵家に帰宅後、玄関から続く階段の上に現れたのは、同い年の妹のルーナだった。 


 ルーナは私が十歳の頃再婚した子爵家出身の継母の連れ子で、一滴の血も繋がっていない。


 来た当初から、私に見下されているだの、きつく当たられているだのと吹聴しており、密かにアレクへ近付こうとしていたのも知っている。


 だけど、直接私に話しかけて来たり、危害を加えて来ることはなかったのに、この日は初めて話しかけてきた。


「見てたわよ!


お姉様ったら、お可哀想でしたわね。

今後社交界にお顔を出せないのではなくて?」



 今回の婚約破棄により、口振りから私が自分の下になったと思い込んでいるようだ。


 けれど今の私には、ルーナを相手にする気力もなかった。後ろで「ちょっと!」と呼び止める声が聞こえてくるが、返事をすることなくアリスは自室へ入ってゆく。



 取り残されたルーナが「あんな赤っ恥かいてたくせに。お先真っ暗なくせに!私を無視するなんて何様なの!?」と憤慨している最中、王家の紋章が入った封筒を持ち、目の前を通り過ぎようとする使用人が目に入る。



「ちょっと」



 ルーナは使用人を呼び止めた。使用人は小さく首を傾げながら振り返る。



「いかがなさいましたか?」

「その手紙、私に寄越しなさい」

「これは、アリス様宛の…」

「聞いてないの?アリスはもう何の力もないわ。王家の事情で、彼女はいるだけで都合の悪い人間になったの。

いずれ修道院か何処かに入れられて終わりよ。


私がーー何が言いたいか、あなた、わかるかしら?」


 クイッと首を傾げながら、使用人に問いかけると、「あ、あの…」とくちごもる。

 その姿に苛立ち、舌打ちを隠そうともせず言った。

「鈍いわね!

次世代を担う公爵家の娘として、私の方が上になったってことよ!」


 片手を胸に当てがいながら、他の使用人にも言い含めるように声を張り上げて宣言をする。


 そして、手紙を銀の皿にのせている使用人に、手を差し出した。


「だから、ほら。

さっさと渡しなさいよ」

「し、しかし…」



 にえきらない使用人の態度に眉を歪め、銀の皿にのっている手紙を奪い取る。使用人は「ぁあ!」と声をあげて慄いた。


 それを無視して、ルーナは自室へと歩き、手紙を開けるためのナイフで封筒を割くと、中から数枚ほどの手紙を取り出す。



(この間もアレク殿下から手紙が来ていたけど…またなの?)


 面倒でイライラして、冒頭しか目を通さず、不愉快気に眉を寄せたあと、手紙をびりっと破る。


 部屋の片隅に備え置かれていたガラス製の皿に破いた手紙を載せると、マッチに火をつけて、口元に弧を描きながら手紙が燃え尽きるのを眺めていた。


「やっと、目障りなお姉様が転落してくれたのにーーまさか、アレク様ばかりでなく、ラルフ様までたらし込むなんて。   

お姉様の何が良いのかしら。


私の方が、何倍も美しいのに」


 母譲りの美貌には自信があった。

 所詮政略結婚でしかない前妻の娘より、肩書きも微妙なのに娶られた母の美しさは絶対に前公爵夫人より上だ。その娘の私も。



(なのに、〝皆〟ーーアリス、アリスと…煩いのよ)



♢♢♢




「明日の決闘、おまえは観戦するだけだとしても、参加しない様に」


 帰って来て部屋でアイリスの花を生けていたところ、執務室に呼びだされた。


 ーーそうかと思えば、開口一番に父から言われたのは、決闘の場へ赴くなと言う指示だ。


「何故ですか?レナード皇子は私のために…」


「いいか、アリス。我々は皇家の臣下だ。

今回の件は、皇家の威信を守るための〝必要な判断〟だ」



「……はい」



「そして、フォルゲン皇家の家臣の娘であるおまえが、フォルゲン帝国の皇太子に頭を下げさせるような決闘を、皇家の前で見届けてどうする」


「……」


「仮に見届けたとして、その先はどうするつもりだ。

皇太子に勝利の花を捧げる役は、もはや聖女の役目だ。

おまえは居ても――ただ晒し者になるだけだぞ」


「そうかも…しれませんが…」



 いつになく歯切れの悪いアリスに、深く長いため息をつく。


「まぁ……おまえの気持ちは、わからなくもない」


「……?」


「だが、今回の婚約破棄は〝公爵令嬢の傷として残す必要のないもの〟だ。

おまえが余計に心を痛めぬよう、こちらでも手を回してある」


「手を……?」


「皇太子から聞いていないのか?

まず、聖女をいずれ皇后になれる地位に迎え、情勢が落ち着いた頃におまえを皇妃として迎える制度を整えている。

これは皇家にとっても、公爵家にとっても〝最も円満な形〟だ」


「……え?」


「ほとぼりが冷めれば、必ず皇太子が迎えに来てくださる――そういう話になっている」


「ーーアレクが?」


 アレクからは何も聞いていない。

 寝耳に水の話である。



「まず、聖女を第二皇子に取られないため、ことを急いでこのような運びとなった。


皇太子との縁が終わったわけではない。

ひと段落するまでの辛抱だ」



 一通りの主要な話を終えた頃、執務室をノックする音が聞こえて来た。

 元々宰相である父は忙しく、聖女が登場してからと言うもの休む暇もなく仕事に奔走している。


「おまえなら話は全て理解できたと思う。


すまないがーーもう時間のようだ。


私はもう行かなければならない」


「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」


 一礼をして執務室を出て、自室に帰ると、卒業パーティーでアリスを連れ出してくれた侍女のナタリーが声をかけて来た。



「お嬢様!閣下は何と?」


 ナタリーが卒業パーティーのことを聞いていることは容易に察することは出来た。


 あの会場で、使用人ブースに控えていたナタリーはことの顛末を一通り見ていたからこそ、馬車の中でも憤慨してくれていた。


 父であるウェスタリス公爵も、同じように憤ってくれているものだと思っていた。


 しかし、その価値観は平民の親子でのみ成立すると言うことを、私は今日ーー心底痛感していた。


「明日の決闘試合には行くなと」

「え!?何故ですか?」

「私が応援して良いのはフォルゲンの皇太子のみ。だけど、皇太子に勝利の花を与える乙女役は聖女が担う。

そこにいたって、恥を晒すだけなんですって」  


 ふっ、と皮肉な笑みを浮かべるアリスに、ナタリーは「そんな…」と憤っている。

 

 今まで、公爵令嬢として、娘として、父からは大切にされていると思っていた。

 いや、大切にしているのだろう。  


 だけど、仕事の立場と娘なら仕事を優先するというだけで……


「それではアリス様。明日は、決闘を見に行けないのですね。それは、あの味方をしてくれた殿方に心苦しいですね」


 ナタリーは私の気持ちを慮り、そう声をかけてくれた。あの殿方というのは、レナード帝国のラルフ皇子のことだ。


 部屋の片隅に飾った、アイリスの花へと目をやる。


 金色の、射抜くような瞳を私に向けて、偽りのない声が、胸の中に縛り付けていた私の心を揺らしてきた。



『貴女が見ている前では、絶対に負けないと誓います』




「ーーいいえ。見に行くわ」


「え?ですが、閣下は…」


 ナタリーの戸惑いに、アリスは小さく頷いた。

 

「〝井の中の蛙、大海を知らず〟と言うけれど……」


「井の中の蛙、大海を知らず…ですか?」


「そうよ。井戸の中で育った蛙は、外の大海を知らない…世間知らずの者を指すときに言う諺よ」


「……アリス様は、世間知らずなどではありません。私はこれまで、アリス様の努力を見てきました」


「いいえ。

私は公爵令嬢として箱庭の中で守られ、育てられてきた以上、やはり世間知らずと言えるでしょう。

だから、私の意向が聞かれることはなく、お父様の指示を受けるだけなのだわ」


「アリス様……」



 そうーー父が私より広く物事を見て判断していることを、私はよく知っている。


「だけどね、ナタリー。


私は思うのよ」


「?」


「狭い世界で生きてきたからこそ、蛙は大海を知らないかわりに。


頭上に広がる空の深さを、知っているんじゃないかしら」



「ーー」



「狭い世界にいるからこそ。


彼が私に向けてくれた真心がどれ程尊く、価値があることなのか、私にはよくわかっているわ」


「アリス様…」


「私にとって、明日の試合を見届けることは──

お父様の指示よりも。


ずっと価値があるのよ」 



 開いた窓からそよ風がさわりと入り、アリスの髪を揺らしている。


 ナタリーは、そう言い放つアリスの横顔の美しさを初めて見た気がして、思わず息を呑んだ。


 アリスはそっと、アイリスの花弁に触れた。


 明日、その誓いが嘘でないと確かめるために――。


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