アレクの誤算8
「ーー母上は、〝手紙を燃やせ〟とおまえに命じたのか?」
アレクの問いかけに、ルーナは「え?」と素っ頓狂な声を出した。
(えーと、皇后様は確かーー)
「母上は『阻止してほしい』と言ったのかもしれないが、『皇族の信書を盗み、焼き捨てろ』とは命じていないんじゃないか?」
平民から皇族に成り上がり、足りない教養と後ろ盾ゆえに数多の苦労をしてきた皇后ー自分の母がここに来てそんな失言をするとは考えられない。アレクはそう確信を持って話している。
「そ、それは…」
皇族に嘘をつくのも不敬罪と先程述べられたルーナは否定も出来ず、しどろもどろになった。
記憶の中にある皇后は確かに、アレクの言う通り〝手紙を燃やせ〟とはルーナに命じていないからだ。
「で、ですが!
『もう二人が連絡を取ろうとしても、家族の私から出来る限り阻止する手伝いをして欲しい』と言われたのは本当でございます!!」
「…つまりこれは、おまえの独断による〝公文書毀損〟と、皇太子に対する〝不敬罪〟だな」
アレクは冷たく言い放った後、アレクの後を追いかけ公爵家に到着し、ことの成り行きを見ていた衛兵達に目配せをした。
ルーナはあっという間に衛兵に取り囲まれてしまう。
「そんな!
お父様!助けてください!!」
「私は君のお父様ではないよ。
戸籍は君の母のみ入れている。その証拠に、君だけ名字が変わっていないだろう?」
〝ルーナ〟ではなく、〝君〟呼びになったことにも気付かず、ルーナは憤る。
今まで、とても親切に接してくれた。
お金も惜しむことなくドレスや宝石ーー望むものを買ってくれた公爵を、本物の父の様にしたってきたのに、今の声色は信じられないほどに冷徹だ。
「だって、私のこと凄く可愛がってくれたじゃない!」
「再婚した連れ子を冷遇する道理はないだろう?
少なくとも私はそうだが、君達は違ったようだがね」
「…っ、だ、だって!
でも!私をこんな目に合わせたらお父ーー公爵様が大事にしてる私の母は絶対にゆるさないわ!」
〝お父様〟と言いかけたが、公爵のゴミを見るような視線に耐えかねて〝公爵〟となおして母への愛を盾にして訴えかける。
「構わないよ。
元よりこの婚姻は、アリスに母の居ない不利を社交界で感じさせないためにしたものだ。
まさか、かように図々しい者がこの世にーー仮にも公爵家の遠縁にいると思わなくてな」
「お母様とーー愛が無いと、言うのですか?」
驚愕の事実に、ルーナは混乱した。
「当たり前だろう。私が愛した女は生涯一人だけだ…最も、合理的に判断して中身を見なかったせいで、アリスを苦しめることになってしまったが…」
「うーー嘘だわ!!そんなふうに思っていたなら、どうしてお母様と離婚をしなかったというの!?辻褄があわないじゃない!」
「言っただろう?
平民の母を持つ皇太子の婚約者である以上、その婚約者であるアリスはより強固なもので守られていなければならなかった。
ーー君の母との婚姻はその一環だった。
それが、離婚したらどうなると思う?
かえって皇太子妃となるアリスの足を引っ張ることになる噂が立つから大目に見ていただけだ。
私的な感情はーーアレク殿下が支えとなってくれていたから」
初めて聞く公爵の再婚事情に、アレクは戸惑っていた。
家族に馴染めないことを悩んでいたアリスを、自分はずっと支えているとだけ認識していたのに、それすらも、自分の為にアリスが背負わなければならなくなったものだと戦慄する。
(アリス…。早く、アリスを探し出して謝って…連れ戻さなければ。
それにはまずーーアリスが帰ってきた時に安心して過ごせるよう、邪魔なものを片付けないと)
「衛兵、何をしている。さっさとこの女を連れて行け」
「は、ははっ!」
衛兵は座り込み抵抗を示すルーナを強引に連れてゆこうとする。無理矢理引っ立てられる様に現場から遠ざかってゆくルーナが叫んだ。
「公爵様!アリスは聖女を害した犯罪者ですよ!
それなのにまた、娘が犯罪者になっても良いと言うのですか!」
ルーナは足掻くように衛兵を振り払おうと身を捩らせながら公爵へ手をのばした。
しかし現場にいる者全てにはっきりと聞こえる声で、公爵は述べる。
「ーー無実の〝娘〟を犯罪者にする訳ないだろう。
本人がそこまでここから離れたいと言うなら、早急に教会を進めようとまず段取りをつけていたに過ぎない…」
しかし、その段取りが整う前に、アリスが家を出ていった。娘を気にかけていたアリスの母の友人や縁戚の所にもいない。公爵の管理を離れた場所など、アリスにとっても何のつてもないはずだ。
それでもーー父である自分を頼ることが無かったことが、公爵にはこれ以上なく、こたえていた。
「ひどい!こんな!こんな扱いひどいわ!私は公爵家に残った唯一の娘なのにーーー!!!」
廊下で叫ぶルーナの声が、公爵はいたく耳障りに感じていた。
「私の娘は、アリスだけだ」
公爵はルーナに一瞥をくべれることもなく、背を向ける。
その背中は、まるで壁のように何者も寄せ付けない冷たさを帯びていた。
ルーナの喉から、ひゅっと乾いた音が漏れる。
このときになり初めて、自分がこの家の人間ではなかったことを理解したからだ。
顔からはさぁあ、と血の気が引く。
ひくりと喉を鳴らしながらも、衝撃に目を見開いているルーナを、衛兵はズルズルと引き摺りながら部屋の外に消えてゆく。
「ーーせめて、アリスを少しでも労わるフリをしていれば、この家で余生を過ごさせてやったものを」




