アレクの誤算7
「手紙が届いていない?そんな馬鹿な!私は公爵とアリスへ同時に手紙を出し、公爵からは返事が来た」
アレクが公爵に視線をやると、公爵は首を縦にふり執事に聞く。
「今の文書管理責任者はタイラーだったな?」
「はい。左様でございます」
「此処へ連れて来てくれ」
「畏まりました」
こうして連れてこられたタイラーは、青ざめた面持ちで、アレクと公爵の前に立つ。
まさか自分が皇太子と公爵の前でこの様な形で尋問されるとは考えたこともなく、額には冷や汗を浮かべて、心の中では震えていた。
「ご報告が遅くなってしまい申し訳ございません」
「良い。報告が遅くなったのは、私が別件の対応中で他の件については後回しにしろと命じていたからな」
ちらりとアレクを見る。公爵の言う〝別件〟とは明らかに唐突な婚約破棄に対しての対応や今後の対策。
そしてアリス捜索に対するものである。
それ以外の使用人や職場からの数々の報告は後回しにする様手配していたので至る所で支障は出ている。
アレクもそれを理解したのか、気まずそうに目を伏せた後、タイラーに問いかけた。
「それで、私からアリスに宛てた手紙はどうした?」
「担当からの報告ではアリス様宛の2通とも、ルーナ様から渡すと強く仰られ、お渡ししたそうです」
「ルーナが?」
公爵が怪訝な顔をしたその時ーー
階段を颯爽と駆け降りてやってくる人影があった。使用人たちは道を開けて、その人物はアレクの元へと駆け付けてくる。
「アレク殿下!」
歓喜の声が屋敷内に響いた。
義妹のルーナである。
「アレク殿下、お久しぶりで御座います!
そしてこの度は聖女様とのご婚約おめでとう御座います」
「…まだ婚約はしていない」
「え!あ、でも。婚約手続きなどすぐ終わりますよ」
ルーナがアレクに話しかけてくることは久しぶりのことだった。何故ならアリスとの婚約中に不愉快な程誘惑されたことがあり、それからは避けていたからだ。
アリスの家で遊ぶより皇宮で散策や外出をする様にしていたので、次第にルーナも諦めた様だったが昨年からアレクの母に取り入り、第二皇子を紹介してもらおうとしていると伝え聞いていた。
「先日、皇后様へお茶をしたいとお手紙を送ったのですがお返事がなくーー第二皇子殿下を交えてお茶をとお約束したのですが。
何かお伺いされておりませんか?」
近くで覗き込んでくるルーナの頭上で、アレクはガンっと壁を打ち付けた。
「そんなことより、アリス宛の手紙をどうした?お前が持っているそうだな」
「あ、あれは…。その、聖女様の為に適切な処理をさせていただきました」
「適切な、処置だと?」
「はい、ですがうっかりどこかへ「ルーナ」
目を泳がせながら曖昧に返答をしようとするルーナの言葉を公爵が遮る。
「皇太子への虚偽報告は不敬罪にあたる。バレる嘘をつかないよう、きちんと言葉を選んで話しなさい」
〝不敬罪〟というフレーズに、ルーナの額からは汗が吹き出す。
「ふ、不敬罪だなんて…。
私は聖女様の為に、手紙を少しだけ燃やしただけです」
「燃やした、だと?」
アレクは目を見開いた。そして、みるみるうちに顔を青ざめさせていく。
(それでは、アリスは私の手紙を読んでいないというのか?)
婚約破棄を告げたことを思い出して顔を両手で覆った。
(なんてことだ。これじゃあ、私はアリスを裏切り、捨てた様に捉えられてしまうじゃないか)
「殿下こそ、聖女様との婚約を控えているのに元婚約者と手紙を交わすなど。
不実ではないですか?
私はこの国の民として、間違いを正そうとしただけです」
まるで高潔な志を訴えかけるが如く、諭してくるルーナの言葉は、今のアレクにはどうでも良いものだった。
けれど、狼狽えてばかりもおられず顔を上げると、アレクを追いかけ後からこの場に踏み込んできた衛兵に命じる。
「衛兵、この者を拘束しろ」
両脇を衛兵に抑え込まれたルーナはギョッとして声を上げる。
「な、何をするのですか?!
私は何も悪いことはしておりません!」
「ルーナ……お前は殿下からの手紙を燃やしているんだぞ?」
「だから、それは聖女様とアレク様の為にやったことです!」
公爵は左右に首を振った。
「聖女様の為で罪を犯せるなら際限が無いだろう。
お前のやったことは、公文書毀損と不敬罪だ。
さらに、立場を越えた明確な権限濫用にあたる」
「ち、違うのですお父様、アレク殿下!
それは誤解です。
私は皇后様の指示に従ったのです。つまり皇族の命令に従った正当な行いです!」
〝皇后〟の名が出た瞬間、その場の騒めきが水をうったように静まりかえる。
「母上が?」
「そうです。半年前から度々王宮の茶会に招かれておりまして…
その都度、〝息子がお姉様への憐れみからこれからも関わりを持とうとするかも知れないけれど、それはお姉様にも聖女様にとっても良くないことだから阻止して欲しい〟とお願いされていたのです!
ですから、私は…」




