アレクの誤算5
何か手はないか考えている時、母が部屋に訪れてこういった。
「アレク、もう迷ってる時間はありません。
先日第二皇子が聖女様に近寄るのを見かけました!
早急に、貴方が聖女様のお心を掴むのです」
聖女が現れてから、母は事あるごとに私に聖女に良くするよう指示してきたし、私も国の不文律を知っているので、極力彼女を丁重に扱ってはいた。
しかし、婚約を見直した方が良いという言葉に頷くことはなかった、のだがーー
第二皇子が聖女に近寄っているという事実が、私から皇帝になる権利を奪おうとしてるのではという疑念を強めて心が動揺する。
「心を掴むとは…皇太子は、妃を一人しか娶れませんよ?」
「ぇえ、ですから、前から言っているように、アリスとの婚約は直ぐにでも破棄しなさい」
「ーーそれは…」
(出来ない…)
視線を逸らすアレクに、ジェニファーはさらに言い募る。
「勿論貴方がーー皇家に落ち度がないと周りに知らしめながら」
(ーーは?)
「???何を言ってるのですか?」
「明日の卒業式で…皆の前で堂々と、聖女を害した罪で婚約破棄をするのだと、貴方が宣言するのです」
衝撃な言葉に思わず息を呑む。
「母上、正気ですか?」
「では、貴方は自分が皇帝にならずとも良いのですか?」
その問いかけに、答えられず、アレクは口を引き結ぶ。
母が口元に〝ほらごらんなさい、他に方法がないでしょう?〟と示唆する笑みを浮かべた。
それに余計苛立った。
(だけどーー第二皇子が、聖女を手に入れたら本当に、私は皇帝になれない。そうしたら私は、アリスに何をあげられる?
平民を母にもつ私は、全てを持つ彼女に何も。
あげられない)
唇を強く噛み締めた後、アレクは意を決したように拳を握りこみ、ジェニファーを見据えた。
「ではーーもしそれを実行したら、母上も私の条件を飲んでください」
「条件?」
「今の法律だと、皇太子では妃を一人だけしか娶れません。
もし私が、母上の希望する方法をとった暁には、特例として、〝補佐妃〟という地位を設けてアリスをそこに迎えると約束してください」
「補佐妃?」
「皇太子妃となった聖女様を補佐する妃です。
母上もご苦労されたので、その必要性はおわかりになるでしょう?」
癪に触るところがあるのか、母の眉がぴくりと動く。だが、皆母上の苦労を知らない者はこの皇宮にいない。
聖女は平民の立場であった母と何ら変わらない育ちだという。
だから、補佐妃という地位を新たに設ける大義名分は立つと思えた。母は一瞬おしだまったが、すぐにこの提案にうなずいた。
「……そうね、いいわ。それで貴方が言う通りにするのなら」
「……」
アリスにかつて交わした約束を思い返す。
『私はアリス以外に妃を娶らない』その言葉を嘘にしてしまう。
だがーーこれは、私が皇帝になり、アリスを皇帝の妻として並びたたせるには必要なことだ。
(説明すれば、聡明なアリスは理解してくれるはずだ)
一連の出来事や、母と交渉した内容を至急で手紙にしたため、公爵家とアリス、それぞれに送った。
きっとーーアリスならば、手紙の内容を理解して受け入れてくれる。いっとき、私達は別れるフリをするだけ。
聖女との婚姻が一通り落ち着いたら、また元のように戻れる。何故なら、私は変わらずアリスを愛してるから。それは、この先も揺るがないから。
そう考えて望んだ、卒業式のあの時ーー
『ウェスタリス公爵令嬢 アリス・ウェスタリス。聖女を害した罪によりーーここに婚約破棄を宣言する』
そう述べた瞬間、私は自分が焦るあまりに大きな過ちを犯したのかもしれないと、アリスの表情を見て思った。
アリスは何も知らない様子で、真正面から婚約破棄の言葉を受けて動揺し、すぐに取り繕いながらも己の笑顔の盾のみをかかげ、この場に一人で晒し者になろうとしていた。
その光景を目にした瞬間ーー私の背に、嫌な汗が伝う。
母上の条件がある以上、この場をそのまま押し通す演技をしなければならない。
そうでなければ、私は皇帝になれず、アリスに何も、あげられない。
だけどこれは。
本当に正しい方法だったのか?ーーただ、頭が混乱したその時。
思わぬ方向から、手袋が顔に叩きつけられた。




