メーデー ③
「お、おま……お前、お前!! 正気か!?」
「国家転覆企む男よりはまともな自信はありますが」
『うわわわわわ落ちる落ちる落ちる!! 死ぬ! 死んでしまうぞ藍上様ぁ!!』
「こっちはこっちでうるさいですね……あなただけは大丈夫でしょうに」
制御を失った機体はまるで洗濯機の中だ、もみくちゃにされている兵士たちと幽霊の悲鳴が情けないセッションを奏でる。
もはや諸悪の根源である私に構っている暇もない、誰も彼も座席にしがみついているだけで精いっぱいなのだから。
「エアポケットにでも入りましたかね、手動で建て直すのは難しいでしょう」
「ふざけてるのか!? さっさとジャミングを解除しろ!!」
「無理ですよ、強力な電磁波を当てて機器類を壊したんですから。 いまさら止めたところで意味はありませんよ」
そもそもこのジャミング装置も一回限りの使い捨て、キューさんたち開発班が一晩で作った玩具だ。
スイッチのオンオフが切り替えられるような代物ではなく、一度起動した時点でもはや取り返しはつかない
「今は上空何mですかね、今はまだ辛うじて滑空できていますがいつ崩れるかも分かりませんよ」
「ぬ……ぐ……っ!」
イオルドの顔色が赤を超えてだんだん青ざめていく。
この高さから墜落すれば人としての原型はとどまらない、肉片が回収できれば御の字だ。
そんな自分の末路を想像してしまったか、彼の手は自然と腰のホルダーに伸びていた。
「思い上がるなよ……小娘がッ! お前たちが何をしようとも、ヴァルソニアは永遠に――――」
「ミカ、今です」
イオルドがホルダーの留め具を外した瞬間、収められていた本がひとりでに飛び出し、私の手に収まった。
呆気にとられた顔をした彼には知る由もない、私の背後に元大怨霊が憑いていることなど。
ガレキを押しのけられるミカのポルターガイストなら、本を1冊引っこ抜くぐらいわけもない。
「ずっとこのタイミングを待っていました、あなたが過去改変を使おうとする瞬間を。 あなたが改変を行っていないと確信できる隙を」
「か、返せ……それは我が国の……!!」
宙に放り出された本は、この激しく揺れる機体の中でまっすぐに私の掌へと収まる。
迫真の焦りようからしてまた偽物ということはないだろう、手に取ってみても私にはただの本にしか感じられないが。
それでも今にも私へ飛びかからんとするイオルドの剣幕が、逆説的にこの本の価値を証明してくれる。
「ミカ、視覚を誤魔化してください。 少し位置をずらしてくれるだけで構いません」
『い、良いけどこの狭さじゃ限界があるぞ!? そもそも落ちたら死ぬぞ!?』
「かまいませんよ、数秒あれば捕まるつもりはないので……陀断丸さん、出番です」
『あいや任されよ!!』
私の呼びかけに答え、衣服の下に隠していた陀断丸さんがその刀身を伸ばす。
突然現れた凶器に男たちの顔が強張るが、なにも用が済んだからずんばらりんと切り捨てるつもりはない。
私がおぼつかない手つきで陀断丸さんを振り下ろしたのは、この旅客機に備えられた非常用の脱出口だ。
『この程度、悪鬼や仏に比べれば布切れ同然よ!』
『ヒイィ……死ぬ……あんなの触れただけで死ぬ……』
「この高さなら空気は大丈夫だと思いますが、みなさんしっかりつかまれるものには掴まっておいてくださいね」
「おい待て、貴様まさか――――!?」
陀断丸さんの言葉通り、頑丈な鉄扉は何の抵抗もなく切り裂かれた。
そして気圧差で扉が千切れ飛んでいった途端、機内の空気は瞬く間に外へと吸い出される。
その吸引力はすさまじいものだが、忠告通りイオルドたちは椅子などにしがみついてなんとか耐えている。
「よろしい、ではさよならです」
「こ、この……ガキがああああああああああ!!!!」
ただ一人、私の身体だけが木の葉のように機外へと吸い出された。
憎しみがこもったイオルドの絶叫もすぐにはるか遠くへ消えていく、私の耳にはもう吹き荒れる豪風しか聞こえない。
そして視界いっぱいに広がる青い海と晴天の空は、これまでの危機を忘れてしまうほどに美しかった。
「おぉ……カメラを持ち込めなかったのが残念ですね、甘音さんたちにも見せたかったです」
『姫よ、それよりここからどうするおつもりで?』
『こ、このまま海に落ちて助かるのかぁ……?』
「おっとそうでした、のんきにスカイダイビングを楽しんでいる暇はありませんでしたね。 どうですかカフ子?」
“少々お待ちを――――ああ、なるほど? 問題ありません、あなたはパラシュートを装着していたということにしておきましょう”
頭に響く声に促され、私は腰のベルトから伸びるひもを思いっきり引っ張る。
すると背中に隠していたパラシュートが瞬時に展開され、急減速した私の身体はあわや海へ叩きつけられる命の危機を脱した。
「……不思議なものですね、言われてみればたしかに最初からパラシュートを最初から隠し持っていた気がします」
“面白いですね、過去改変。 もう何度か試してみても?”
「おやめください、まだどんなリスクがあるか分かっていないんですから。 使うのはもう1回だけですよ」
“わかっていますとも。 それでは助けましょうか、国家転覆を企んだテロリストたちを”
ふわふわ落ちる私の前方には、ふらふら揺れながら水面へと落ちていく旅客機が見える。
さて……彼らを助けるうえで最も効率的な改変は何だろうか。




