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千秋楽(せんしゅうらく)

 朝の目覚めは快適なものだった。樹は体の復調を感じシャワーを浴びて学校へ行く支度をする。その前に愛乃に連絡をしないと行けなかった。携帯電話を取る。


「愛乃?」


「うん。今日はこれそう?」


「ああ、行くよ」


「じゃあ、待っているから」


 電話は短く切られた。樹は学校へ持って行く教科書などを確認する。そしてそういえばと思い、畳んだスポーツバッグと空のタッパーを鞄に入れた。今日から試験前の半日授業なのでそれでも鞄には余裕がある。


 外へ出る。初夏の太陽はすでに地面を暖め尽くしている。そんな中、樹は待ち合わせ場所へ向かう。愛乃はすでに待っていた。手を上げて互いに挨拶を交わす。


「おはよう」


「おはよう、いつき。大丈夫なの?」


「ああ」


「声、まだちょっと変だね」


「そうかな」


「うん」


 そう言って樹は愛乃に近づく。そこである違和感に気づいた。愛乃からいつもの臭いがしない。不思議そうに樹が鼻を鳴らすと愛乃は気を利かせて樹に言った。


「朝ね、シャワー浴びるようにしたの」


「そうか」


 樹はあっさりというと愛乃を促す。そこにはもうかつての変態の面影はなかった。


「じゃあ、行こうか」



「うん」


 そうして二人は連れだって登校する。授業中は特に何事もなく、予定通りに半日で放課になった。樹は愛乃に声を掛ける。


「ちょっと待ってて」


「うん?」


 側に来た愛乃が訝しむと樹は鞄の中から昨日愛乃が洗ったタッパーとスポーツバッグを取りだしてみせる。


「これ、返そうと思って」


「そっか。……わたしも行こっか?」


「一人で大丈夫」


 樹は答えた。


「じゃあ待ってる」


「頼む。なるべくすぐに終わらせるから」


「うん。……あ、いつき」


「何?」


「おいしかったって伝えといて」


「……ん、ああ」


 その言葉を背に受けて樹は三年の教室へ向かう。当然ながら三年も半日授業だ。帰宅を急ぐ生徒達の中、樹は会長の姿を探す。霧絵生徒会長は何か用事でもあるのか手持ちぶさたに自分の席に座っていた。樹は声を掛ける。


「会長、いまちょっといいですか?」


「……何かしら」


「昨日の忘れ物を返しに来ました」


 そっとバッグとタッパーを見せながら樹。会長は僅かに口元をほころばせて言った。


「悪いわね」


「いいんですよ。あと昨日はすみませんでした」


 返すと同時に律儀に頭を下げる樹。そんな樹に会長は言った。


「いいのよ。押しつけがましかったのはあたしだから」


「あと、お弁当おいしかったって」


「え?」


「彼女が言ってました」


「そう。食べてくれたの」


「もったいないことが嫌いな彼女なので」


「そうなんだ」


 樹の言葉にどこか遠い目をする会長。そんな会長に樹は言った。


「……会長。少し話しませんか」


「いいけど。その彼女さんは?」


「待たせてます。すぐに帰ると言ったけれど」


「そう。じゃあ生徒会室で話しましょう」


「鍵は?」


「あたし持ってるから」


「そうですか。では行きましょうか」


「ええ」


 会長は立ち上がり、生徒会室の方へと向かう。樹も後に続いた。そして二人は無言で歩く。生徒会室の鍵を開け会長が言った。


「はい、開けたわ。どうぞ」


「……失礼します」


 いつものように律儀に礼をして樹は生徒会室に入った。会長も後に続く。そうしていつものように二人は決められた席に座った。


「で、話ってなにかしら?」


「次期生徒会長の件についてです」


「そう」


 やっぱりといった顔の会長。樹は言った。


「僕は立候補しません。なので会長は別の人をあたってください」


「決めたの」


「はい、決めました」


 きっぱりと樹は言った。


「じゃああたしから言うことは何もないわ」


「そうですか。もっと反対とかされると思ってましたが」


「もう、いいの」


「正直、助かります」


「話はそれだけ?」


「そうですね。あとお節介なら一つありますが」


「……聞こうかしら」


 会長樹の言葉に足を組み替える。


「会長は側にある恋に答える気はないのですか?」


「なに? それ?」


 樹の言葉に首をかしげる会長。それを見て樹は少し驚く。


「あれ、わかってないのですか?」


「うん、本当にわからないんだけど」


「でしたらもっとまわりを見た方がいいですね。これ以上はお節介が過ぎるので僕の口からは何も言えませんが」


 しばらく会長は考え込んだ後、何事かに気がついたのか苦虫をかみつぶしたように言った。


「……考えておくわ」


「言いたいことはそれだけです。期末考査がんばってください」


「上月君もね」


「はい。二人でがんばります」


 樹は礼をして静かに言葉を続けた。


「……それでは、失礼します」


「お幸せに」


「お世辞でもありがたく受け取っておきます。では」


 そうして樹は生徒会室を辞した。教室へ向かう。そこにはいつものように愛乃が待っていた。樹は声を掛ける。


「終わったよ」


「どうだった?」


 不安げに尋ねる愛乃に樹は明るく答える。


「大丈夫」


「……よかった」


「じゃあ行こうか」


 鞄を持って樹。


「うん」


 同じく鞄を持って愛乃。そうして二人は歩み出す。希望の未来へと。

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