反撃(カウンター・アタック)
悪魔の圧倒的な腕力に、アタシはただ打ち震えるしかなかった。頼みの綱であるグレイン氏も秒速で倒されてしまったし、どうしよう……。
「さあ、これで振り出しに戻ったわけです。あらためて熱いキッスと参りましょうか」
「でも……あの、」アタシは苦し紛れに言った。「スープは全部こぼれてしまいましたよ?」
「ご心配なく」
ジョーンズはまだ口元に付着している汁を舐めて言った。
「これはただの、トマト・ベースのスープです。大事なのはキッスですよ」
だからそれが困るっつーの! ヤツがにじり寄り、アタシは壁際に追い詰められた。
そのときだった。突然グレイン氏がジョーンズの背後に立ち、ヤツを羽交い絞めにした。
「ぐおっ……かっ」
ジョーンズが必死に抵抗するが、びくともしない。これは一体どういうこと? グレイン氏はノックアウトされたはずでは? かりに立ち上がることができたとしても、悪魔に対抗するほどの力が彼にあるとは思えないのだが。
アタシは固唾を飲んでふたりの様子を見守った。すると、異様な光景を目にした。
グレイン氏の背後からゆらゆらと、陽炎のようなものが立ちのぼっている。そしてそれは、何かを形成っているようにも見える。
手だ。ものすごいビッグ・サイズの手の蜃気楼だった。誓って見間違いなんかじゃない。
その巨大な手が、憑依されたシスター・パトリックの体内から悪魔を引っぱり出した。
悪魔の姿は醜かった。かつてトミーという別の悪魔を見たことのあるアタシには、わかりやすい姿でもあった。
「彼女をお願いします」
グレイン氏はそう言って、シスター・パトリックの身体をアタシに預けた。気を失い全身が弛緩した彼女は、華奢な体型にも関わらずけっこう重く感じた。
本来の悪魔の姿をさらしたジョーンズは、奇声を発しながらすごい形相でグレイン氏に飛びかかった。
それを予測していたらしいグレイン氏は、慌てることなくポケットから何かを取り出し、それを悪魔にふりかけた。液体のように見えた。まさかスープじゃないよね?
「ぎゃあああああ」
液体を浴びたジョーンズは悲鳴を上げた。全身から煙を噴いている。溶けているのだ。やがて悪魔は影も形もなく消滅した。
「なんですか、それ」
「聖水です」
ブルーの小瓶から水滴を垂らしながら、グレイン氏が言った。
「助けていただき、ありがとうございます」
この状況をどう収めればいいのか、さっぱりわからなかったが、とりあえずアタシはグレイン氏にお礼を言った。
「朝一番に警報が鳴ったので、驚きましたよ。シスターの方々がいらっしゃるこの宿舎を訪ねましたが、玄関のドアをいくら叩いても返事がない。そこで、あなたの部屋に直接お邪魔することにしました。窓から」
アタシはちょっと呆れて聞いた。
「……私の部屋をご存じで?」
「もちろんです。二四時間駆けつけると言ったでしょう? 守るべき人の部屋くらい知らないで、どうするんです」
彼は悪びれもせずに言った。
「窓は閉まっていたと思いますが」
「斧で破りました」
このヒト、ある意味すごい……。まあ、ともかく彼はアタシを心配して宿舎中を探し、この食堂へとたどり着いたわけだ。