願い
俺の息子の話をしよう。
俺の息子は今年で18歳となる。成人の仲間入りだ。妻と2人で盛大に祝ってやろうと思っていたんだ。
妻が息子の好物を沢山作るって言うから、俺はケーキを買ってきて、ケーキの上に乗せるチョコプレートには、『生まれて来てくれて、ありがとう』とか『成人の仲間入りおめでとう』とか書いてもらうつもりだった。きっと、思春期だから「なんだよこれ!」とか言いながらも嬉しそうにするんだろうと、期待していた。
酒はまだ飲めない年齢だが、息子の生まれ年のワインを買っておくのもいいかもしれない。「20歳になったら開けて、3人で飲もう」なんて、未来の約束をするのも良いだろう。
普段は仕事が忙しく、息子も思春期だから滅多に話さないし顔も合わせない。だが、誕生日くらいは家族3人で楽しく過ごせたらそれで良いと思っていた。
それが良くなかったのかもしれない。
誕生日前日に、息子はトラックに轢かれ植物状態となった。
連絡を受けた時のことは忘れもしない。まだ会社に居た時だった。妻から電話がかかってきた。珍しいと思いながらその電話に出ると、聞きなれない声が耳に響いた。
「〇〇総合病院の者です」
病院から?もしかして、妻に何かあったのかと会社に居ることも忘れ、大きな声を出してしまった。
「奥様はご無事です。ですが、息子さんが……」
安堵する暇なんて無かった。トラックに轢かれ、手術中。妻が対応しているが、精神状態が良くないとのことで、俺に来て欲しいと…そんなことを言っていた気がする。
その後、上司に事情を説明して会社を飛び出した。今にして思えば、その説明も支離滅裂だったような気がする。車を運転して病院に向かったが、道路法を厳守したかは定かではない。頭が真っ白になるなんて、本当にあるんだと、心の片隅で思っていた気がする。
病院に辿り着くと、妻が力無く椅子に座っていた。俺を見つけると、顔をくしゃりと歪めて大きな涙を流していた。俺はただただ、抱きしめてやることしか出来なかった。
手術は成功した。だが、目覚める可能性は低いと言っていた。打ちどころが悪かったのだろう。そんな言葉で納得できるものでは無いが、納得するしか無かった。
息子を轢いたトラックの運転手は、ながら運転をしていたらしい。スマホを見るためにほんの一瞬目を離した。その一瞬で、こんな事故が起こったのだという。
怒鳴ってしまいたかった。何故目を離したのだと、何故運転中にスマホを見たのだと、怒鳴ってしまいたかった。だが、俺の怒りよりも妻の怒りの方が大きく、泣き叫びながら「返して!」と相手に迫っている。それを見てたら、冷静になってしまったのだ。妻を宥めて、ただ淡々と弁護士を交えて話をする。
病院の先生は、目覚める可能性が低いと言った。完全に目覚めないとは言っていない。懸命に延命措置をして、いつ起きてもいいようにしておこう。そう、妻と2人で話をした。
毎日話しかけよう。
毎日会いに来よう。
仕事を理由に放って置いたりしないようにしよう。
病室の中はとても静かだ。息子が生きられるように処置された機械の音だけが響いている。
時折、表情が緩んでいるような気がする。
どんな夢を見ているのだろうか。
早く起きてくれ、と今日も息子の手を握り願っている。




