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第五話: 哀れな侵入者と、おでんの海

佐藤の『ケツの門番』が、人生で最も過酷なワンオペをなんとか乗り越えたあの日から、早数日――。

今日も今日とて佐藤は深夜のシフトに入っていた。

深夜二時半、カウンター内でタバコの整理をしている佐藤の左肩で、ハラペコが身を乗り出すようにして、ホットスナックケース内のアメリカンドッグをじっと見つめていた。 そう、もう間もなく廃棄となる『本日のディナー』である。

「佐藤!我はもう待ちきれんぞ!早く我に献上せぬか!」

「はいはい…後10分だけど、まぁこの時間帯なら誰も来ないか」

トングを手にし、アメリカンドッグを掴んだーー、まさにそのタイミングだった。

ガシャン!! とけたたましい音を立てて自動ドアが開き、一人の男が店内に乱入してきた。

季節外れの分厚いトレンチコートに、深く被ったキャップ、顔を覆う黒いマスク。その右手には、剥き出しの包丁が握られている。

「おい! 出せ! レジの金全部このバッグに詰めろ!!」

あからさまに絵に描いたようなコンビニ強盗だった。 突然の怒声と、強盗が激しくレジカウンターを叩いたその衝撃に、驚いた佐藤の手が滑った。

ポロリ、とアメリカンドッグが落ちる。 それは台の端でバウンドし、運悪くカウンターの床の隅っこ、埃と汚れが溜まった隙間へと転がり落ちてしまった。

お気に入りの夜食を完璧に台無しにされたハラペコは、小さな身体をブルブルと震わせ、真っ黒な瞳をすっと細めた。

「……佐藤、あの無礼者は、我のごちそうを泥に塗れさせたぞ」

「ヒッ……(強盗よりハラペコの方が怖え……!)」

普通の人間にはハラペコの姿は見えない。強盗の視点からは、目の前の店員が怯えて固まっているようにしか見えなかった。男は包丁を突き出し、さらに凄む。

「あぁん!? 聞こえねえのかよ! 早く金を――」

その瞬間、ハラペコが怒りのままに、その「存在のプレッシャー」を完全に爆発させた。

――ピタッ。

さっきまで店内に響いていた冷蔵庫の駆動音や、外の道路を走る車の音が、世界から音が消えたかのように完全に遮断された。

「……え?」

強盗の動きが止まる。 次の瞬間、バチバチバチッ!! と激しい音を立てて店内の蛍光灯が明滅し、売り場の雑誌ラックから一斉に雑誌が飛び出して床に散らばる。それだけではない。レジ横のおでんの鍋がガタガタと激しく振動し、茶色い出汁が床へ派手に噴き出した。

さらに、強盗の耳元で、空間そのものから地を這うような音が響いた。

『じゅるり……』 『クチャ……』

それは、目に見えない巨大な怪物が、すぐ傍で「生唾を飲み干すような音」だった。店中がめちゃくちゃに破壊されていく中で響く、圧倒的な捕食者の気配。強盗の脳内に、生物としての本能的な恐怖が直接叩き込まれる。

「ひっ、ああああ……っ!? 呪われてる、この店呪われてるゥゥッ!!」

強盗は包丁を床に放り出し、涙目になりながら四つん這いで、めちゃくちゃになった店内を突っ切って逃走していった。

シーン…と静まり返る店内。 自動ドアが閉まり、空間の歪みもいつの間にか元に戻っている。

ハラペコは「フンス」と鼻を鳴らし、何事もなかったかのように佐藤の肩の上に戻ってきた。 一方、佐藤は強盗の落とした包丁と、足元の凄まじい惨状を見て、完全に白目を剥いていた。

「なぁハラペコ……強盗が逃げたのはいいんだけどさ……」

「なんじゃ佐藤、我の強さに惚れ直したか?」 「お前がブチ切れたせいで、売り場の棚から商品が半分以上落ちてるし、おでんの汁は全品ぶちまけられて床が湖になってるんだけど。これ、防犯カメラの映像を見たら、俺が超能力で店を破壊して強盗を脅迫した不審者にしか見えないんだけど……これ給料から引かれるのか?」

「また廃棄生活か?我は一向に構わないが?」

「まず俺の腹よりクビを心配しろ…」


強盗は撃退した。我がマートデラックスの平和は守られた…店の惨状を代償に…。


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