第一話:廃棄弁当と、左肩の暴君
深夜二時、国道沿いの「マートデラックス」笹塚二丁目店は静まり返っていた。
佐藤聡(42)は死んだ魚のような目で検品作業を終え陳列された弁当へと手を伸ばす。
「……よし…御用御用」
回収したのは『特選!スタミナ唐揚げ弁当』本日最後の廃棄商品だ。
(新商品として出た時から気になっていたんだよな…とは言え買うにしても財布が厳しいからな…)
佐藤は手早くこの「戦利品」を処理しようとした。空腹が胃の奥をチリリと焼く。
「……待て…それを我に寄越せ」
「うわっ!?」
背後から響いたのは鈴を転がすようなけれど傲慢な子供の声。
振り返るとそこには床から数センチ浮き上がった「子供」がいた。
ボロを纏い透き通った体大きな瞳は佐藤ではなくその手にある弁当を爛々と見つめている。
「な、なんだ……子供? いや、浮いて……幽霊か!?」
「幽霊とは失礼な! 我は我だ! 良いからその箱を開けよ! 我はもう三日も『味』を口にしておらぬのだぞ!」
幽霊――自称「我」は、空中でジタバタと手足を動かし佐藤の鼻先まで詰め寄ってきた。見た目は十歳そこらの子供だが放つ威圧感だけはやたらとデカい。
「……これか? でもこれもう期限切れで……」
「構わぬ! 我が食すのは中身ではないその奥に潜む『旨味』のエッセンスよ! 早くしろしけおじ! 我を飢え死に(二回目)させる気か!」
「しけおじ……」
佐藤は毒気を抜かれ言われるがまま弁当の蓋を開けた。
瞬間、幽霊少女がわちゃわちゃと両手をかざす。
「はむっ! ……おおお! 濃い! 醤油とニンニクの、この暴力的なまでの刺激! これぞ我の求めていたものだ!」
見る間に黄金色だった唐揚げが灰をまぶしたような不気味な灰色に変色していく。
「お、俺の夜食…」
項垂れる佐藤を気にも止めず、幽霊少女は「ぷはーっ!」と満足げに空を仰ぐと、そのまま流れるような動きで佐藤の左肩に飛び乗った。
「うおっ、重っ……いや、冷たっ!」
「ふむ、決めたぞ。お前今日から我の『給仕係』に任命してやる、この店には美味そうな匂いが満ちておるからな」
「はぁ!? 何言ってんだよ!うちはペット禁止…ましてや幽霊の同伴なんて……」
「だまれ! 黙らぬとお前の耳たぶを吸って『耳たぶ味』にしてやるぞ!」
「なんだよその意味不明な脅しは! ……っていうかお前…名前は?」
幽霊少女は佐藤の左肩にどっしりと(実際は保冷剤のような冷たさで)腰を下ろしふんぞり返った。
「名など忘れた! 我は我が呼びたい名で呼ばれるのが良い!」
「いや、呼びたい名って言われても……じゃあ白米とかでいいか? 白いし」
「ふざけるな! 我を主食扱いするな! もっとこう、強そうで、かつ高貴な響きの名にせよ!」
「高貴ねぇ……プリンセス・カラアゲ?」
「それはただの揚げ物だろ! 舐めるなよ佐藤! 我はな腹が減っているのだ! 常に! 限界突破でハラペコなのだ!」
「じゃあもうハラペコでいいじゃん、呼びやすいし、お前そのままだし」
「えっ……ハラペコ……? いや、それはただの現在の状態であってだな……」
「ほら、ハラペコ?次はあの大福が欲しいんだろ? ほら大福大福」
「うぐ…大福を盾に我の命名権を適当に処理しおって……! 良い!ハラペコで妥協してやる! だから早くその大福をこちらへ運んでくるのだ!」
「佐藤って呼ぶな……まぁあの大福はまだ廃棄にならないんだけどな」
「なんだと!?だったら佐藤自ら我に献上せよ!」
「あの大福一個300円だそ!?て言うかさっき弁当一つ(の味)平らげただろ!」
「ええい…けちおじめ! 我怒ったぞ!」
肩の上で地団駄を踏まれ佐藤の制服越しに冷気が突き刺さる。
どうやら42歳の孤独なバイト生活はこの騒がしい「我様」の登場によって完膚なきまでにぶち壊されたようだった。
佐藤は深いため息をつき、灰色の唐揚げ(無味)をゴミ箱へ放り込んだ。
「……最悪だ…肩こりひどくなりそうだな…湿布まだあったっけ…?」
こうして、コンビニバイトの「しけおじ」と尊大なハラペコ幽霊のおかしな二人三脚が幕を開けたのである。




