76.決意
不思議な光景だった。
私は死んだのではないのか。
3つの呪いを受けて死んだはずなのに、目の前には言い争うをするミーシャ様とエイドリアン様。そして、倒れ込む私達。
『どうしてっ、勝手なことばかりするんだっ!君が頼まれたのは、2人をここまで連れてくる事だったはずなのに、なぜ、なぜジェシカを……』
『いい加減にして。エイドリアン、あなたはもう離婚をしているの。いつまでも昔の女を未練たらしく思って付き纏うなんて恥ずかしくないの?』
『いいかい?君には関係ない事だ。僕がジェシカを必要としているんだ』
『っじゃあ、私はっ!?あなたの子がここにいるのよ!!もうすぐ生まれるわ、それでも私を邪険にするわけ?あなたの妻は私よ、あの女じゃない!!』
『君は、ジェシカの代わりにはなれない』
『酷い……私を好きではなかったの?嘘だったの?』
『そう思わせて繋ぎ止めとくのは当たり前だろう?女は皆んなそうだ。優しく甘い言葉を吐けば、愛を求める。君は丁度良かっただけだ』
『何が良かったの!?』
『聞きたいのかい?ただ、僕の欲を満たすそれだけだ』
『なんて事を……』
『僕にとって女なんてそんなものだ。愛なんてそんなもの……』
エイドリアン様が言葉に詰まる。その表情はどこか悲しそうに影を作った。だが、すぐに気を取り直したように話し出した。
『とにかく、君は僕の言われた事をしたらいい。そうしていれば、そのうちまた君の寝室に顔を出すさ』
『エイドリアンっ……あなたはっ……この子の父親になるのよ。別に私はそれを望んでいるわけじゃ』
『君は世継ぎを産んでくれさえすればいい』
『酷いわ……』
『酷いのは君だよ。僕のジェシカに手を出したミーシャ、君を拘束する』
『エイドリアンっ!!』
『連れて行け』
ミーシャ様が泣き叫びながら連行されていった。
エイドリアン様は私に近づいて乱暴にリオンを私から引き剥がして、私を抱える。
だめ、触らないでっ!
『君はきっと惑わされていただけなんだよ。こんなに辛い事になるなら、僕から去らなければ良かったと思ったはず』
だからといって……触れられるのは、嫌だった。
エイドリアン様の手が頬に首に触れる。
『……温かい?まだ……』
死んでないの?
エイドリアン様が私を抱えて立ち上がり、リアンを足で転がした。
酷い。
『ここにいる人間は全て処分しろ。王家に害ある者たちだからな』
そう指示してエイドリアン様がそのまま部屋から出る。
ま、待って、私をどこに連れて行くの?
リオンは?皆んなは?このままでは確実に殺されてしまう。
自分の身体を追うべきか、リオンたちに付いているべきか。どちらにせよ、自分が身体に戻らなければいけない。
私がエイドリアン様を追うため部屋から出ようとした時、背後から名を呼ばれた。
「ジェシカ様」
「アンナっ」
私はアンナが立っているのを見て、勢いよく彼女に抱きついた。
「ジェシカ様……聞いて下さい」
「アンナっ、アンナ!!私のせいであなた達を巻き込んだの、ごめんなさい……本当にごめんなさい」
「ジェシカ様、そんな事私もお兄様も思っていません」
「でも」
「私達をみくびらないで下さい、ジェシカ様。私達はあなたのためなら命をも捧げていいと心に誓って、あなたのお側にいたのです」
「それは、そうかもしれないけどっ」
「落ち着いてください、ジェシカ様……」
アンナが私の背中を優しく撫でてくれる。生身の身体ではないのに、彼女の温もりを感じるなんて不思議だ。
「ごめんなさい、アンナ……私ったら」
「ご自分を責める癖はまだまだ抜け切りませんね」
「真実だもの」
「ふぅ……ジェシカ様。ここはひとまず私の話を聞いて下さい」
なんだかそんな言い方がリオンに似ているようで私はアンナを真正面から見た。そしたら、アンナがにっこり笑ったものだから、張り詰めた気が少し緩む。
「お兄様達はまだ死んでいません。ただ、確実にこのままでは命を落とします。その前に、お兄様の意識を戻すために、魔力と生命力を補わないといけません」
「そんな事できるの?」
「何を言うのです?ジェシカ様、私達はロメルダの一族ですよ?」
アンナがリオンとアナベラの近くにしゃがみ込む。愛おしそうにアナベラの髪を撫でるアンナ。もちろん、触れられるわけではないのだが……。
「本当にベラはジェシカ様のことが好きみたいで……親子揃ってジェシカ様が大好きなんです」
「私もアンナもアナベラも大好きよ」
「ありがとうございます……だから、私がいなくてもお兄様とジェシカ様がいればアナベラは……大丈夫だと思うのです」
「……アンナ、何を……」
「ジェシカ様。私の身体はもう生きていません。ここに私がいるのは、アナベラとの血で僅かに繋がっているだけなのです。魔力だけアナベラに流れているような感じで意識があるだけ」
アンナが言わんとしていることが、何となく分かり私は首を振る。
「アナベラの意識と共にあって、幸せでした。お互いの愛情を感じられるのです。それってとても貴重な体験ですよね?私達だからできたこと……」
「アンナ、まだ諦めてはいけないわ。必ず方法があるはずよ」
「ジェシカ様に抱っこされるなんて、侍女としてあり得ない事ですけど嬉しかった。それにお兄様にも……喧嘩して迷惑かけてばかりだったから、幼い頃に戻ったみたいで……うれしっかった、なぁ……」
ポロポロとアンナが大粒の涙を流す。手で涙を拭うとアンナはその手でまたアナベラの頭に触れた。
「この数日で感じたのです。私の魔力が弱まってきていて、アナベラの中にいるのも難しくなっているって……皆んなを想えば想うほど、このまま魔力が弱まる。そしたら私は今度こそ」
「アンナっ!!」
私はアンナに抱きついて彼女の頭を撫でた。
アンナが嗚咽を飲み込みながら私の背中に腕を回す。
「アンナ、駄目。絶対ダメよ……アナベラにはあなたが必要よ。母親の愛が必要なの」
「アナベラはっ、賢いです。うっ……きっと、私がした事を理解するでしょう」
アンナがアナベラを抱くように寄り添った。
「あぁ、でも……」
頬ずりをしながらアンナは涙を流し続ける。
「やっぱりっ、うぅ……離れたくっ、ないなぁ……」
「っアンナ……」
「だけど…………ジェシカ様」
涙を堪えながら私はアンナの顔を見た。
涙でぐちゃぐちゃな顔で、アンナはとても優しい顔で微笑んだのだ。
「一生分の愛をこの子に捧げたので……分かっているはずです」
どれだけの思いでその決意をしたのだろう。
母として子と離れるその辛さは、計り知れない……。それでも、アンナは皆のためにその辛さを受け入れようとしている。
なんて強い女性なのか。
なんて強い母なのか。
私はここで彼女のその決意を、受け止めなければならない。
「ジェシカ様」
「はい」
アンナが私の目の前に立って、両手を握って言った。
「アナベラを、お兄様を……よろしくお願いします」
もう我慢なんてできなかった。
涙が溢れてきて、言葉も出てこないほど喉が締め付けられた。
「ええ……っ、勿論よ……私のっ、全てをかけてでも。この子を守ると誓うわ」
その言葉を聞いてアンナは安心したように笑うと、リオンとアナベラに「愛している」そう囁いて、2人に吸い込まれるように消えていった。
「アンナっ、アンナ……」
グズグズと涙で声が漏れる。消えた場所を見れば、より一層、アンナがいなくなった事実を受け止めたくない気持ちが溢れてくる。
だが……泣いている時間なんてないのだ。
止めどなく流れる涙を拭いて、私は頬を叩いた。
彼女の決意に恥じないよう生きなければ。
アンナの宝物であるアナベラのために
私の、アンナの大切な人達を守るために
私は……何でもできる。
私の全てがどうでもよくなるほど
私は、強くなれる。
皆を守るために、自分の事など……どうでもよく思えた。
だから、私は生きなければならない。
戻る必要がある。
私は、アンナの亡骸を見て言った。
「必ず、あなたを安心する家に連れて帰るわ。待っていて」
目を閉じれば、暗闇。
その暗闇の中に一筋の光が見えて、私はそこへ向かって手を伸ばしたのだった。
胸が痛い、鼻が詰まる……
こんなお話でもお読み頂けるのであれば、もう少しお付き合い下さいませ……。




