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75.悪いのは自分?


 「リオン……」

 「ジェシカ様、良かった……」


 顔色は悪く冷や汗までかくリオンは、明らかに魔力の使いすぎである事が分かった。

 しっとりしているリオンの頬に触れる。触れた手からもリオンの魔力と命が溢れて(こぼれ)いっているのではないかと思うほどだった。

 彼の気持ちが溢れるほど、それらは溢れていく。

 嬉しいはずの事が、残酷なほど彼の命を削る。


 「リオン、しっかり……そ、そうだわ、ミスイの薬を……」


 私はポケットにお守りのように持っていたミスイの粉を溶かした液体を取り出した。


 「リオン、これを飲んで……」


 少しずつ彼の口の中へ流し込む。こくこくとリオンの喉が鳴る。その間にも彼の意識が朦朧としているようで手が震えた。

 足りない。全く足りていない。


 「どうして……」

 「どうして?全てあなたのせいでしょうに」


 ハッとして声の方を見れば、ミーシャ様が恐ろしいほど憎しみを込めた顔で立っていた。


 「あなたに呪いをかけて殺すはずだったの。でも、思った通り、そこのなり損ないは馬鹿なあなたのために力を使って死にたいみたいね」

 「……ミーシャ様、あなた呪いのことを……」

 「ぜーんぶ知っているわ、勿論よ、あの方は私の味方ですもの」


 得意そうに鼻で笑うとミーシャ様は近くの椅子に座って私達を見下ろした。


 「せっかくだから、教えてあげるわ。どうせ2人とも死ぬのだから……私には」

 「イリス王妃でしょう?あなたの後ろにいるのは」

 「……知っていたの?」

 「私達の情報網を舐めないで頂きたいわ」


 少しでも時間を稼ぎたくてミーシャ様の気を引く。


 「ふんっ、そんな事で偉そうにしなくても。まぁ、いいわ、そうよ、イリス様は私を幼い頃から可愛がってくれているの。きっと私を本当は娘にしたかったはずだわ……だって、私の母はあの方の一番の侍女だったもの。お母様が亡くなってからは本当に良くしてくれて……父親よりよっぽど愛されたと思うくらいよ。それなのに、あなたみたいな鈍臭い女がエイドリアン様と婚約して……」


 ミーシャ様がぶつぶつと話しだす。

 その間にもリオンの意識が薄れているのが分かる。もっとミスイかユナリアの花で補わないといけない。


 「やっとエイドリアン様と一緒になれると思ったのに、あなたがその男と親しくなるにつれてエイドリアン様は変わったわ。いつまでもあなたに縛られているのだから、いっそ、消えてしまえばいいと思うのよ、あなたたち2人とも」


 ミーシャ様が私の前に来てかがみ込んだ。


 「馬鹿みたいな呪いのせいで、彼があなたを愛するほど死ぬのでしょう?ほーんと、こんなに素晴らしい事はないわよね?呪いをかけた魔女に感謝だわ。愛する人が自分のせいで死んでいくところを、何も出来ずに見るしかないのだから。ほら、もう息をするだけで精一杯みたいよ」


 くすくす笑いながらミーシャ様は言った。


 「本当に羨ましいほどあなたの事を愛しているのね……本当に。考えれば考えるほど腹が立つわ。死ぬ最後まであなたに守護魔法をかけたのよ」


 リオンの頬に触れるがびくともしなかった。


 「もうやめてリオン……あなたが死んじゃうわ」

 「どんどん、そうやって魔力が流れていって……あなたを愛してしまったばかりに、彼は死んでしまう。なんて可哀想なことかしら」


 私を指して言うミーシャ様はとても楽しそうだ。

 リオンの呼吸が静かに浅くなっていく。

 それを見ても、私は……助けることもできないのだから。


 「あ、そうそう。フロント家にあったその男の妹の亡骸はこっちで処分させてもらうわ。いつまでも死んだ人間を置いておくなんて、とんだご趣味だこと」

 「あ……嘘よ」


 フロント子爵邸にはアンナもだが、その様子を見てくれていたティアナもいたはず。


 「あんたの妹も一緒にね」


 扉が開いて、ドサっと床に投げ出されたのはアンナとティアナだった。

 

 「っ、あぁ、ティアナ、アンナ……」

 「本当にあんたの妹?とっても豊富な魔力を持っていたわ。一緒に命も貰ったけれど……もう死んだかしら?」


 びくともしないティアナ。

 可愛い私の妹。

 屈託なく悪戯に笑う笑顔はなく、血の気の失せた顔は本当に死んでいるようだった。

 口の中がカラカラに乾く。

 腕の中にはぐったりしているリオン。

 それでもアナベラをしっかり抱いている。アナベラも……今は、全く起きる気配はなかった。

 そしてアンナの身体。アンナからは何も反応はない。


 このままだったら、本当に皆んな死んでしまう。なぜなら、私は魔法も使えない出来損ないだから。


 どうして、私はこんなにも役立たずなのだろう。

 呪いを解くなんて偉そうに言っておいて、結局何も出来ていない。

 むしろ、皆を巻き込んでいる。


 「みーんな、あなたのせいで死ぬのよ」

 「……どうしてここまでするの?」

 「どうして?馬鹿なのは変わらないのね」

 「私を苦しめるのはいい。だからって皆んなまで巻き込むなんて」

 「だからよ。あんたをどん底に落としてから、死んでもらうの。愛する人を失った悲しみを抱えながら死になさい」


 そう言って手をかざすミーシャ様。

 身体に青い線が浮かび上がり、ミーシャ様の腕には黒い薔薇の模様が浮かんだ。

 

 ぎゅっとリオンを抱きしめた。

 必死に私を守ってくれた彼はもう動かない。私の大切な人達は、私のせいで死ぬのだ。

 涙も出ない。

 自分への怒りと嫌悪と失望。


 心の中で必死に謝り、謝り尽くしても許されない。

 

 逃げなければ良かった。


 呪いがじわじわと身体に刻まれていくのが分かった。


 エイドリアン様からあの時逃げなければ、こんな事にはならなかったかもしれない。

 あのまま彼の元で自分が我慢して、自由がなくても苦しくても耐えていれば良かったんだ。


 身を捩るような熱が身体を切り刻む。

 皆を巻き込んだその罰を刻んでほしい。


 自分を死んでも許さないように。

 苦しませて死なせてほしい。


 ごめんなさい、アンナ、ティアナ、アナベラ……

 

 ごめんなさい、リオン……


 リオンの額に自分のを合わせる。

 私は彼に口付けた。そして、腕の中で眠るように穏やかな顔をしているアナベラの頬にも口付けた。

 ぎゅっともう一度抱きしめる。離したくなかった、最後まで彼らを感じていたかった。


 でも、


 既に身体は痛みで気を失う寸前だった。

 私はそのまま彼らを抱いて暗闇の中に吸い込まれていった。


 もう、終わったから。


 終わってしまったから。


 「私をこのまま地獄に連れていって」


 私の我儘で巻き込んだ罰を与えてほしいと考えながらーーー。

 


 

 

 

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