68.丘の屋敷
リーグ領の丘の屋敷は見晴らしの良い丘にあった。青い芝生と広大な土地、そして森と白い花畑に囲まれた小さな屋敷。
御伽話に出てくるような素敵な場所だった。
私達3人は屋敷の敷地内へ無事転移した。
そして、リオンがすぐさま結界の確認と用心のため新たに結界を張り直す。
「ひとまず、ここは安全です。不審な点もありませんね……いや、一つありますね」
「え?なに?」
「これです。この白い花です」
「ええ……あ……これは、ユナリア?」
「ですね」
私達は屋敷に向かいながら、その白い花の中を歩く。
「ウォルス領に生息していたはずなのに、いつの間にか場所を移したんでしょう。きっと、禁術の魔法で嫌気がさしたのでしょう」
「無理やり生命力を取られれば嫌にもなるわね」
「そして、ここへ来たのは私達一族と無関係ではなさそうですね」
「ウォルス領の方はどうなっているのかしら」
「どうなんでしょう……情報が全くないですからね」
リオンが何かを考えるようにユナリアを見ている。
「どうしたの?」
「いえ……何でもありません。行きましょう」
チュリアナ王妃が尽力した花。
そして、チュリアナ王妃と関係がある屋敷。
きっと、ユナリアが安心できる場所として、ここを選んで来たのだろう。
「こっちです」
リオンが玄関を開けて私を案内する。
「随分長い事使われていなかったので、少々埃っぽいですが……掃除したら幾分かましでしょう」
「全然気にならないわ」
「そうですか?慣れるまでは不便をかけますが……調べる間だけですので」
「そんな事ない。ここはとても素敵な場所よ……」
食堂からテラスへ出れるようで、私は扉越しに外を見た。穏やかで静かだ。住みたいくらい私はここが気に入った。
「アンナを部屋に寝かせましょう」
私達はお互いの部屋を確認する。アンナはリオンの部屋にベビーベッドを置いて、何かあればすぐに対応できるようにした。
私の部屋は同じ階の客間だった。広くはないが、見晴らしも良く家具がすっきりしており、過ごしやすそうだ。
「早速ですが、私は叔母の研究室に行ってきます。どんな仕掛けがあるか分からないので、私だけで確認してきますので」
「ええ、大丈夫よ」
「その他はどこをどう使っても構いませんよ。たいした物はありませんが……ただ、1人では外を出歩かないで下さいね」
「分かったわ」
私は下の階にある応接室に降りて、ゆりかごにアンナを寝かせる。今も眠り続けるアンナ。
これからどうなるのだろう。王都に置いてきたアンナの身体は無事だろうか。ティアナが留守中は子爵邸で様子を見てくれる事になっていて、何も連絡がない事を考えれば、問題ないのだろうけど……。
このまま、アンナが元の身体に戻れなければどうなるのか。アナベラは?アンナは?
分からない事だらけだし、リオンに着いてきたはいいものの、自分の非力さがもどかしい。
「……」
窓の外から見える景色は、とても穏やかだった。
以前の私では考えられないほど、肩の軽い生活を送っていると思う。
学生の時から勉学に妃教育に明け暮れ、王太子妃になってからは、エイドリアン様との関係に囚われて……あの時感じていた窮屈さが今は全くない。
アンナの髪に触れる。
小さな手、柔らかい頬……この小さな命を守りたい。アンナを助けたい。
リオンがきっと解決策を見つけ出してくれる。
それまでは、自分のできる事をしよう。誰に言われたのではなく、私がそうしたいからするだけ。
「とりあえず……何か食べる物を探そうかしら」
アンナをベビークーハンに寝かせて、屋敷を歩いてまわる。台所を見つけて、棚を開けてみた。だが、ふと気付く。
これまで生きてきた中で、料理をした事があったか。いつもそれは使用人の仕事で、私は出された物を食べるだけ。料理器具の使い方も知らないし、食料の処理方法も知らない。味付けなんてもってのほか。
…………。
「お、お腹を壊すのは良くないわよね。うん、ご飯はやめて掃除をしましょう」
掃除なら幼い頃より使用人がするのを見ていた。記憶を辿っての見よう見まねになるが、これならいける気がする。
私はクローゼットにあった使用人の制服に着替えて髪を束ねる。そして、箒とモップを持ち、いざ床を輝かんばかりに、と気合を入れて始めた。
*
「……ジェシカ様?」
「あ、リオン……おかえりなさい……」
私は箒ではなく、埃はたきを手に部屋の小さな家具の埃を落としていた。箒とモップはやり始めてすぐに腕が動かなくなるし、水を汲んでくる体力もないしで早々に諦めたのだ。
そして、今は簡単にできると思われた埃落としをしていた。だけど、これがまた埃が舞って難しい。
「何をなんて聞くまでもないですね」
「私も何か役に立ちたくて」
「それで掃除を?元侯爵令嬢で元王太子妃のあなたが、掃除をですか?」
「ば、馬鹿にして……掃除くらい私にだって……コホッコホ……」
「掃除を甘く見てはいけませんよ。簡単に見えてとても重労働なのです」
「……ええ、そうね。日々の当たり前が皆んなのおかげだと実感したわ」
リオンが私からはたきを取って、服や髪についていた埃を優しい手つきで落としていく。そんなリオンを見上げれば、私の視線に気付き目元を緩ませた。
「あ、ありがとう……」
「無理に何かしようとしなくていいですよ」
「でも、これからは自分のことも自分でしないといけなくなるでしょうし、勿論生活する上での事だって……」
「まぁ、そうですけど。でもあなた1人ではないでしょう?」
リオンが私を優しく抱き寄せた。
「色々、不安があるのは分かります」
「……我儘言ってついて来たのに何もできないのがもどかしくて」
私もリオンの胸に額をつけて背中に手を回す。
「私としてはあなたが近くにいてくれるだけで、十分ですから。それに、あなたの側にいるのが誰かお忘れではありませんか?」
「それは、もちろんリオンよ」
「そうです。魔法に関しては誰よりも自信があるのです」
そう言って悪戯に笑って、呪文を唱えれば、私が出した箒達が1人でに動き出して掃除をし始めた。
「わぁ……凄い。リオン、あなたこんな事もできるのね」
「掃除も料理もひとまずこれで大丈夫ですよ」
「本当に憎らしいほどだわ。あなたってなんでも出来てずるいくらい」
「ジェシカ様の隣に立つために、格好悪くはいられませんからね」
「別にそんな事気にしなくても。私はもう王太子妃でもないし」
リオンはおかしそうに笑って言った。
「あぁ、言い方を間違えましたね。あなたに格好悪い姿は見せたくないってことです」
軽く私の額に口付けるとリアンはアンナを見て言った。
「研究室に大量の資料がありました。何か情報があればいいのですが」
「アンナの事は任せて。きっと何か見つかるはずよ」
まだ眠っているアンナことアナベラを見る。
そろそろ起きてミルクなり飲んで欲しいところであるけど……リオンが魔法で栄養補給をするのを眺めて、胸の中の漠然とした不安を消すように首を振った。




