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67.真実眼


 真実眼の持ち主ソルダム首長は、長身のほっそりした人だった。黒いローブに黒く長い髪、そして着用している眼帯はなんだか近寄りがたい印象を与えるが、喋る声はとても落ち着いており、安心する音色があった。

 

 「ジェシカ様、アンナは……?」

 「ソルダム首長が別部屋を用意して下さっているのだけど、眠っているのは変わらないわ」

 「そうですか……」


 不安そうなリオン。

 彼女に何が起きているのだろうか。早く叔母様の屋敷があるリーグ領まで行かなければならない。気持ちだけが焦っていく。


 小部屋に通されて、リオンの傷を手早く処置し始めるソルダム首長。リオンの傷は深く抉れておりソルダム首長が傷に触れて確認する。


 「刃に毒が塗られていたみたいですが、何とも?」

 「いえ、焼ける感覚があったので身体に回る前に止めています」

 「ふむ。でなければ毒でやられているでしょう……自己治癒は?」

 「恥ずかしながら昔から自己治癒に関しては下手くそでして」


 驚きだった。毒が塗られていたこともだが、リオンに苦手な事があったことがだ。

 

 「自分を治癒させるのは難しいのですか?」

 「治癒魔法自体難しい分野で……できない事はないのですが、元々の気質でしょう。服を脱いで」


 リオンが戸惑いなく上着とシャツを脱いだ。

 突然のことに私は目を背ける。別に男性の裸なんて見たことないわけではないのだが。

 でもちょっと気になってちらりとリオンを見れば、しっかり引き締まった身体が、私をドキリとさせる。そんな私を横目で見て、意地悪な目をするリオン。

 けれど、ソルダム首長が傷口に何やら液体を流しかけて、リオンは「っう」と苦渋の表情を浮かべた。


 ジュウジュウと音が鳴りそうなほど傷から煙が微かに出ながら癒えていく。あっという間に裂けていた皮膚が合わさっていった。

 

 「毒は粗方取り除いてますが、しばらくは軟膏を塗った方がいいでしょう」


 軟膏を伸ばしガーゼを当てて包帯で巻くまで、本当に手際良く流れるような手つきで進めていくソルダム首長。

 それを私を見ながら言うのだから、つい聞いてしまった。


 「わ、私がですか?」

 「他に誰がいるのでしょう?」

 「そ、そうよね」

 

 嫌ではない。ただ不器用な分、こういう処置はとても下手くそなのだ……きっと。


 「やり方を教えますので、こちらに」

 

 ソルダム首長が丁寧に軟膏の塗り方、包帯の巻き方まで説明してくれる。手順は覚えた。でも、ここまで綺麗に包帯を巻けるかは別問題。


 「必ず傷口を洗ってからですよ」

 「はい」


 難しい顔でリオンの腕を凝視してある私を、やっぱり楽しそうに見る彼は意地悪だ。

 新しい服を着てから、リオンはソルダム首長へ頭を下げた。


 「ソルダム首長。何から何まで私達に手を貸して下さってありがとうございます。それで……お聞きしてもよろしいでしょうか」

 「あの手紙のことですね」

 「はい」

 

 ソルダム首長は私達へ対面に座るように促すと話し始めた。

 

 「私の真実側は、確かに真実かどうかを見極める事ができますが、それだけではありません。それに関する未来が見えるのです。まぁ、真実眼が私へ与えてくれるアドバイスと思って頂けたらいいでしょう」

 「……予知ということでしょうか」

 「ええ、そうなりますね。ジェシカ様から送られてきた映像を見て、王太子殿下からの日々の暴行が真実だと見て取れました。そして、フロント子爵、あなたの無実を語るジェシカ様の発言も然りです。そのため、私は法に則って離婚を承認した……。そして、もしジェシカ様の離婚を承認しなかった場合の未来が見えたのです」


 ソルダム首長はゆっくり目を伏せた。


 「ジェシカ様、あなたは王太子殿下とその婚約者によって命を落とします。そして……それを知ったフロント子爵が魔力を暴走させて王太子殿下にトドメを刺して、あなたも魔力暴走で死に至った。それが私が見た未来でした」

 

 ゾッとした。

 私の死を知って暴走するリオンを想像してしまい、自分で言うのもなんだが、それは容易なことだった。

 リオンを見れば、目を伏せている。


 「まぁ、そうでしょうね……。ジェシカ様がいない未来は考えられませんから。それが、あの狂人のせいとなれば暴走も止められないでしょう」

 「ちょっとリオン、言葉には気をつけないと」

 「あなたに暴行をしていたこと自体、既に腸が煮えくりそうなのに」

 「今はもう無事でしょう?ね、抑えて抑えて」

 

 私の宥める手を無視してリオンは続けた。


 「それで、ソルダム首長は私に手紙を送って下さったのですね」

 「まぁ、王都全滅は避けたかったですし」

 「そ、そこまで暴れたの?」

 「ジェシカ様、彼の魔力量とあなたへの愛を侮ってはいけませんよ」

 「本当にそうです」

 

 大真面目に2人の男が言うものだから、顔が引き攣ってしまう。


 「でも本当に間一髪だったのです……ソルダム首長、感謝しかありません。ありがとうございます」


 リオンが深く頭を下げ、私もそれに倣う。


 「それが私の仕事ですからね。権力の下で困っている人々を助ける事が。でなければこの力を授けて下さった神へ示しがつきません。ただ、これからも、あなた方の進む先には危険も困難も付き物でしょう。何かあればまた頼って下さい。力になれる時はそうしましょう」

 

 ソルダム首長は穏やかな表情から一変、今度はにこにこと表情を変えて言った。


 「その変わり、しっかりと教会への寄付は頂きますよ。それに神への感謝も忘れずにですね」

 「ええ、それは勿論……感謝でいいのですか?信仰は……?」


 たじたじと私は答えた。

 

 「貴族達は教会を神への信仰を怪しい集団だと遠ざける。それでもいいのです、信仰心を強制する事はできませんし、神もその心はご存じです。ただ、平民は違います……苦しい生活の中に拠り所は必要ですし、家なき子達には施しも必要です。少しでも運営できるよう寄付は貴重な資金ですから……国とは独立して動ける分ですね」

 「私達が知らない事がたくさんあるのね」

 「まぁ、見えないものはたくさんありますよ、勿論」


 ソルダム首長が立ち上がる。


 「それで、話は変わりますが……あなた方のお子様ですけれど」

 「ちっ、違います!!あの子はっ」

 「分かっていますよ、計算が合いませんからね」


 こんな冗談を笑いながら言うソルダム首長は案外、お茶目な方なのかもしれない。

 部屋に案内されれば、アンナがベッドで眠っていた。


 「起きませんか……」

 「彼女は不思議なオーラをしています。まるで2人分のオーラがあるような」

 「それは……」

 「何か事情がおありなんでしょう?」

 「私の血筋が関係しているのではと。そのため親戚の家があるリーグ領まで行きたいのです」

 「なるほど。私の見る限りは今はまだ大丈夫です。ただ、時間はないように見えました」

 「それはどういうことでしょうか」

 「1つのオーラが弱まっている気がします」

 「それってつまり……」


 私はリオンと目を合わす。

 アンナがアナベラの身体から消えかかっている、つまり、本当の死が近づいているということだろうか。


 「どのような事情があるかも、これがどんな現象なのかも私には分かりません。ですが、急いだ方がいいのは事実です」

 

 私はアンナを抱く。

 すやすやと眠るこの子は、今はただのアナベラだ。


 「それに、じきに王家が何かしら接触してくる可能性も少なくありません。今のうちに転移を」

 

 転移ができる部屋へと案内された。

 リオンが取り出した魔法陣の紙が床に写し出され光るその上に立つ。


 「帰る時は?」

 「いつになるか分かりませんし、その頃には警備も厳しくなっているでしょう。何かしら方法は考えます」


 ソルダム首長は頷く。

 

 「あぁ、ジェシカ様これを。中身はあちらで確認して下さい。フロント子爵の薬が入っていますので」

 「ありがとうございます。無事終われば、ここへまた来ます」

 「ええ、待っています」


 微笑むソルダム首長は、転移陣から離れる。

 そして、私達は転移魔法に包まれてリーグ領へと移動したのだった。

 

 

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