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66.執着か執念か


 ガーディン侯爵令嬢とフロント子爵が馬車で市井に降りた。

 その情報にジェシカの名は入っていなかった。


 だが、彼らが動いたのはジェシカも何かしら絡んでいると見て逐一報告させていた。そして、彼らが訪れたという洋服店からガーディン侯爵令嬢が出てくる様子もなく、数時間経った。

 女子の買い物はそんなに時間がかかるものなのか?そもそも、ガーディン侯爵令嬢はフロント子爵と婚約するかもという噂は実際のところ事実なのか。ガーディン侯爵が裏で糸を引いているのだろうが……彼女は何のためにフロント子爵邸へ通っているのか。


 謎だけが増えて、俺はジェシカの所在も彼らの今後の動向も読めずに日々苛々が募るだけだった。


 貴族達はジェシカが王太子妃を逃げるように辞めたことに憐れみの感情を向けた。俺とミーシャが彼女を追い込み、魔法裁判を使って離婚が認められるほどジェシカは冷遇されていた……という噂が事実のように流れて、俺の立場は悪くなるばかり。

 あのフロントに関しても、命がけで王太子妃を守った騎士(きし)顔負けの忠誠心だと何故かあいつを称賛する声が上がっていて、貴族の一部ではあいつを立太子して、ジェシカを王太子妃に戻せばいいと、ふざけた話をする者もいるという。

 あいつが王族に戻ることなどないし、ジェシカがあいつと共にあることも、今後決して有り得ない。俺が全力で止めてやる。

 

 貴族達は勝手だ。

 ここぞとばかりに、事実などとは違う噂に食いつき、いいように歪めて流すのだから。

 俺がいつジェシカを冷遇したのか……あんなに愛してあげていたのに。ひどい女だ……。

 確かに、ミーシャに手を出したのはほんの出来心だし、まさか妊娠するとも思ってなかった。それにジェシカが俺を避けるように逃げたのは、あのフロントが原因だから。

 だから、フロントを殺してジェシカを呼び戻して今度こそ、一生俺の側にいたくなるよう躾ける必要があるんだ。


 俺が責められる意味が分からない。

 教えて欲しい。こういう時どうしたら正解なのか。愛するとは何のなのか、どうしてジェシカは逃げ出したのか……教えて欲しいのに。

 母上は相変わらず淡々と冷たい視線と嘲笑を浮かべるし、父上は愚か者と怒鳴るだけ。ミーシャはもっと構って欲しいと喚き我儘を言い、貴族達は軽蔑か憐れみの目を向ける。

 

 あぁ、それもこれも全てあいつのせいだから。

 だから必ずあいつを捕まえて殺してやる。ジェシカの前で見せしめのように殺して、ジェシカが俺がいなければ生きられないようにするんだ。

 そうすれば、何もかも元通り。

 ミーシャには後継を産んでもらい、俺とジェシカで後継を育てればいい。その後、消えてもらおう。


 執務室で苛々しながら思考を巡らせていたら、王都の門で平民だが変に所作が綺麗な女性を見たと連絡が入った。

 変装もあり得ると王都の至る所で警備隊に言いつけていたのが当たった。やっぱり、俺の勘が当たったんだ……逃がさない。


 騎士へ命令した。

 フロントは生け取りにしろと。ジェシカには傷一つつけずに丁重に扱え、と。


 彼らは王都を出て教会へ向かっていると。魔法裁判部に行くつもりだったんだな。

 そうはさせない。

 必ず捕まえてやる。


 俺は馬を走らせて彼らを追った。

 着いた時にはフロント子爵が1人で騎士達を相手にしておりジェシカの姿はなかった。

 既に教会へ逃げたのか?

 

 魔法と剣を巧みに使用して1人で騎士数人を相手に優勢に動くフロント。腹が立つ……チュリアナ王妃の子孫だからなんだか知らないが、お前のせいで何もかも滅茶苦茶だから。

 

 馬から飛び降りる。フロント目掛けて剣を振り下ろそうとした瞬間、眩しさで目を背けた。

 なんだ?閃光弾か?


 でも、そのおかげかフロントが膝をついている姿を捉えて、そのまま剣をあいつに突き刺した。

 致命傷にならない場所を。

 簡単じゃないか。

 

 剣がフロントの腹に剣が食い込んでいき動きが止まった。血で汚れながら絶望の顔を俺に見せろ。

 勝ち誇った気持ちで倒れたフロントの身体を蹴りあげたのだった。

 




 俺は血が流れる腕を押さえながら、アルジェに乗って眼下を見る。エイドリアンが悔しそうに喚く。

 脇腹に鈍い痛みが走ったが、これくらいの代償は仕方ない。


 エイドリアンが現れた時、今だと俺は閃光弾を投げてテリア様お手製の身代わり人形とすり替わった。

 まさか、こんなにも簡単に成功するとは思っていなかったが……怒りで身代わり人形を切り刻むエイドリアンは狂気じみていた。


 あんな奴にジェシカ様を渡すわけない。

 誰にも渡す予定はないが、あれは駄目だ。狂っている……。

 

 アルジェが優雅に空を舞いながら教会へ降りて行った。幸いにも王家の鷹とは出会わずに着いたが、体力と魔力を意外にも消耗しており、地上に降り立つと共に俺は足をもたつかせた。


 ジェシカ様が顔を顔張らせて駆け寄るのが見えたが、無事に着いており心から安心した。


 「リオンっ!!!」

 

 ジェシカ様が俺に抱きついてきて、そのまま尻餅をつく。


 「あっ、ごめんなさい!重かったわよね、私ったら……でも無事に戻って良かった。本当に心配してた……リオンっ、怪我してるわっ!!」

 

 俺の両頬を挟み顔を覗き込んだ後に、怪我がわかると血で汚れるのも構わないとでというように、自分の着ていた服を破り止血する彼女。

 不謹慎だが、そんな彼女を可愛いと思ってしまい片腕でぎゅっと抱き寄せ首元に顔を埋めた。


 ジェシカ様の香りに気が安らぐ。

 

 「リオン、リオン!怪我を手当しないと」

 「それより大事な事があるのです」

 「今はあなたの怪我より大事なことなんてないわ、ちゃんと見せて」

 「ありますよ、あなたが無事なことです」


 もぞもぞ動くジェシカ様の動きが止まる。


 「……うん。あなたも無事で……良かったわ」


 お互いを確認するかのように固く抱き合った後に、ゆっくりと立ち上がった。そして、側で静かに待ってくれている男性に詫びた。


 「ソルダム首長。お騒がせして申し訳ありません……そして何から何まで、ありがとうございます」

 「いや、愛し合う2人を見るのはなかなか良いものだからな」


 その言葉にジェシカ様が頬を染めるのがまた愛しい。


 「2人とも中に入りなさい。動くなら早いほうがいい……」

 

 ソルダム首長が歩き出す。俺達はそれに続いた。

 あともう少し。

 叔母の家まで、あと少し。


 俺はジェシカ様の肩を抱いて教会に入って行った。


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