62.あの頃
ソルダム首長率いる魔法裁判部は、王都から出たすぐ隣町にある。とても緑豊かな小さな町だという。国から干渉しないということで、王都から出た場所にあるらしい。
「そこまではどうやって?」
「幸い、私の邸宅は王都はずれにあります。王都を出るのに、そこまで時間はかかりません。ただ、門を出れば見張りが確実にいます」
「アルジェは?」
「アルジェも考えましたが、残念な事に空も警備されていると思うのです。万が一に上空で何かあったことを考えれば、避けるべきかと思いまして」
確かに、アンナとはいえまだ幼児に魔法がほぼ使えない私がいては、リオンのお荷物だろう。
「私は表では無罪として扱われていても、裏では暗殺者または、王太子の手下が秘密裏に狙ってくるでしょう。だからと言って徒歩で行くにも時間も危険も増す……ここは、正面から堂々と馬車で出ようかと考えています」
「でも、それも狙われたら……」
「そう、狙われればお終いです。そこで不本意ではあるのですが……テリア様に力を貸して頂きたいのです」
リオンがテリア様を見て言った。
「私の力を?リオン様、大切なジェシカ様を私なんかに預けてしまっていいのかしら……あれだけ用心して結界を張っているのは知っていてよ」
「気付いてましたか」
「どういうこと?」
私は2人の間の険悪な視線を遮るように聞いた。
「ジェシカ様。あなたがテリア様を許しても私はそうはいかないということです。なので、私たちに悪意ある者は、我が邸宅の敷居を跨げぬよう結界を張り直したのです」
「当然の事よね。だから、聞いたのよ、それでも私の力を借りるなんて、そんな事してもいいの?」
テリア様が挑発するように聞く。リオンは努めて冷静な表情で言った。
「ジェシカ様を守るために、使えるものは使う。それだけです」
「本当に胸焼けしようなくらい、ジェシカ様一筋なのね」
「当たり前です」
リオンのそんな態度に背中がくすぐったくなった。
「手を貸す分には問題ないわ。そうね、私が侯爵家の馬車と共に来ますわ。婚約候補の私があなたと一緒に行動する分には問題ないはずよ。むしろ、それでお父様も黙らせる事ができるし、あなたを狙う奴らだって、手を出しにくいはず。それに、私はジェシカ様のお子を流産させたと疑われた経緯もあるから、まさかジェシカ様も一緒にいるとは思わないのでは?」
婚約者候補……その言葉に少しドキリとした。今ここでは私とリオンは恋人同士で過ごせていても、外に出ればそうはいかないだろう。
それに、流産の件はアンナからミーシャ様の犯行だと聞いている。
「あの、テリア様。子供の件はあなたの犯行だとは思っていないわ」
「勿論よ。わざわざ自分の邸宅に呼んで目の前で呪いをするほど私も侯爵家も馬鹿じゃないわ。それに関してはお父様が手を打っているから、まぁ大丈夫なのだけど」
「本当に信用できるの?」
アンナが警戒する。
「まぁ、罠だと思われても不思議ではないわよね」
ちょっぴり、ひきつった顔で言うテリア様。これまでの私への態度を考えれば、もしかしたら……って疑いたくなるのは仕方のない事かもしれないが、私はテリア様を信じたい気持ちがあった。
彼女のここ数日の様子を見れば、私に対する敵意などもう感じられない。
「私は罠だとは思わない。テリア様を信じてるから」
私がテリア様の手をとって笑えば、テリア様は驚きに目を見開いた後に視線を逸らした。口がへの字になっている。
「ま、まぁ、そうね、あなた達の役に立てればと思ってはいるわ」
「ふふ、ありがとう」
「あたしのジェシカ様なのに」
アンナとテリア様が何やら視線を交わして睨み……見つめ合っているが、構わずリオンは続けた。
「アンナ、お前の気持ちは分かるが、ここはテリア様の力を借りた方が良さそうだ」
「……分かったわ」
「ガーディン侯爵家の馬車を襲おうなどとは、流石に思わないからな」
「使えるものは使った方がいいわよ」
「ええ、ありがとうございます」
「そしたら、まずは作戦を立てましょう」
*
「テリア様」
私は帰ろうとする彼女を呼ぶ。
「ジェシカ様、何でしょうか?」
「私達に力を貸してくれてありがとう。とても心強いわ」
「そんな事……」
「聞いてもいいかしら……なぜ、そこまでしてくれるの?」
別にテリア様を疑っているわけではない。ただ、あれだけ私に敵意剥き出しだった過去があるから、何をきっかけに変わったのか不思議だったのだ。
「なぜって……い、言う必要があるのかしら」
「もちろん、私が知りたいの。友達は何でも話すのでしょう?」
私は素直に尋ねる。
そんな私にテリア様は小さくため息をついて話し始めた。
「……あなたの、そういう所が昔は嫌いだった。お人好しで誰にでも良い顔をして。それが作り物のようで苛々したの」
「ええ、確かにそうだったわね」
「それにどこか自信なさげで、か弱い女って感じで、見ていて本当に嫌気がしたわ。侯爵令嬢として、王太子妃の婚約者として、もっと堂々としないのは何故だろうって。それに、リオン様の事もあったし……」
本当にごめんなさい。そう言って、テリア様は罰が悪そうに笑う。
「でも、ジェシカ様が言ったじゃない。相手のために身を引くのも愛だって……誰かのためを思えば強くなれるからって。その時のジェシカ様はそれまでとは全然違った。言葉では言い表せないけど、あなたの言葉が頭から離れなかったのよ……悔しい事にね。それに、なんだか自分がちっぽけな人間に思えた。そしたら、あなたが逃げたって聞いて凄いなって思って……そんな大胆な行動を取れたんだって」
「そうね、今思えば無謀だったかもしれないわ」
「リオン様の事で貴方に嫉妬して、弱気な八方美人の貴方に苛々して。それでもあなたは皆から慕われる……腹が立って憎らしくて仕方なかった。それがどうしてだか、あなたが変わった事に興味惹かれて……知りたいって思ったのよ」
テリア様は恥ずかしそうに俯く。
「初めてそう思ったの。ただ、リオン様を諦める前にちょっと意地悪しようと思ったのも事実」
「あなたの行動がなければ、私も勇気を出せなかったわ。ありがとう、感謝しているの」
テリア様は困ったように肩をすくめた。
「そういうところ、どうしてそこまで純粋になれるのかしら。私にはないから、嫉妬して妬んでいたんでしょうね」
「今はどうなのかしら?」
「……嫌な気はしないわ」
「それは良かったわ」
私はテリア様を真っ直ぐ見つめた。
テリア様も話してくれたから、なんだか私も話したくなった。
「王太子妃の時、それ以前も劣等感からなのだけど、誰かから認められたい、愛されたい思いが強かったの。だから、両親や周りの期待に沿えるように必死だった。でも、その期待に応えられないと自分を責めたし、より承認欲求は強くなる。そして、それは愛されたいに変わってエイドリアン様からの愛を求めた。自分がしたい事じゃなくて、周りが求める事をするのは簡単だけど辛かったんだと思うの……とても、窮屈に感じていたわ」
私は以前の自分を思い出しながら話す。
「ミーシャ様が現れて、妊娠して……エイドリアン様からの愛を乞うより、お腹の子を愛そうと思った。そしたら、目の前がとても広くなって頭がすっきりしたわ。子のためになら頑張れる、そう思ったの……」
あの日の事を思い出して感情が揺れた。
「子が亡くなって……絶望した」
「ジェシカ様……」
「でも悲しむ暇もないくらいに色々あって……今やっとあの子のことをゆっくり思い返す事ができるし、感謝しているわ。それで私は強くなれたと思っているから。それに、私を助けてくれる人がいるだけで十分かなって思うし、その人達のために生きたいの。王太子妃を逃げるように辞めてきたけど、後悔はないわ」
私が笑う。テリア様は少し悲しそうに笑った。
「お兄様が言うのよ。自分を愛せ、もっと信念を持てって。自分のやりたいことって何って最初は思っていたけど、今はアンナとリオンを助けたい。自分がしたい事をするのって勇気がいるけど、凄く肩が軽いのね」
「ジェシカ様が変わったのは……あなたを大切に思う人達のおかげなのね……」
羨ましい。そう呟きながら自分の腕を抱えているテリア様。私は彼女に触れた。
「大丈夫よ、テリア様。私があなたの味方になるわ……だって私達、友達になったんでしょう?友達は助け合うもの、違うかしら?」
「ジェシカ様って、本当に純粋で素直なのね。あなたが、そうだからなんだか私も調子が狂ってしまうわ」
「ふふ、じゃあ私の手柄かしら」
「丸め込まれたわ……でも、どこかで誰かに騙されないか心配」
「ちょっと勉強する必要があるわね」
私達は笑い合った。
今では、自分を卑下して周囲からの承認を求める事はない。そうする事より、誰かのためにありたい。その方がとても気分が良い。
それに、今の自分を好きだと、少しだけ思えるようになったから。
そしたら、世界はとてもクリアになった気がした。
ジェシカさんはもとの性格が優しすぎるというか、まぁ悪く言えば騙されやすいです。根底には人から嫌われたくない、いい人でいなければって思っていたので、何でも受け入れて優しさで返してってな感じでした。
ただ、今はそうするより、誰かのためにって考えているので少しはその八方美人癖が抜けているといいけど……
根は純粋でお人好しで、見る人には苛々することもあるのでしょう……頑張れ、ジェシカ!!
今後のジェシカさんの成長に期待?




