58.暴走
目の前にいるテリア・ガーディン侯爵令嬢はとても綺麗な所作で茶を飲む。
豊かな栗色の髪は毛先まで手入れされており、彼女の立ち振る舞いも容姿も全てが侯爵令嬢としての気品を思わせた。
俺はそれが昔から苦手だった。
気の強さを垣間見せるその仕草に表情。そして完璧なそれらが、俺の息を詰まらせる。
目の前の彼女を前に、俺は静かに息を吐いた。ガーディン侯爵が何を考えて彼女を送り込んだか、粗方、検討はついている。オーラントの報告では、彼を唆したらしいが……娘を使ってどんな手を使うのか。
「よく、ここへ入る事ができましたね」
「私を誰だと思っているの?まあ、外門には王太子の手先と、その他、他勢が潜んでいたわ」
「まぁ、そうでしょうね」
「今頃、門が開いたと思って入れば、誰もいなくて慌てているわね」
その通り、我が子爵邸の門には魔法が仕組まれており、ある一定の物しか入る事ができない。門を開けれたとしても、ある魔法陣がなければ、ここの屋敷には辿り着けないのだ。
きっと、今頃、空屋敷で右往左往しているだろう。
昔からあった古い魔法だ。
「まさか、自分の血で魔法陣を描かせるなんて、誰がそんな事するの?」
「私に言われても。先祖の方々が考えた事ですから」
きっと逃げてきたチュリアナ王妃の子を守るために、細心の注意を払っていたのだろう。そして、ガーディン侯爵家はその時からの家臣だからか記録が残っていたと考えた。
「それで……どのような件で?」
俺は本件に早く入り帰ってもらいたい思いで聞いたのに、彼女にはぐらかされた。
「ジェシカ様もいらっしゃるんでしょう?隠しても無駄よ。私の影がそう報告していますから……彼女の体調はどうかしら?」
「……それに関しては何も」
「そう。まぁ、いいわ。それにしても、あなたに会うのはあの日以来ね」
「なぜ、私が招かれたか疑問でしたが、まさかジェシカ様を使って私との婚約を進めようと考えていたとは驚きでした」
あの日、ジェシカ様がガーディン侯爵家で倒れた日の事だ。
「そうでもしないと、あなたは頑固だから。聞いたでしょう?ジェシカ様は貴方が誰と結婚しようが平気みたいよ」
「私は、あなたと婚約をするつもりも、王族として生きるつもりもありません」
「まぁ、そうでしょうね」
テリア様が静かに茶を飲む。
「でも、お父様も頑固なの。困ったわ……私に何て言ったか分かる?」
「さぁ、人の父親の言うことなんて想像しませんからね」
「ふふっ、年頃の令嬢には刺激的なことよ。あなたを惚れ薬やら媚薬やら使って、妊娠するまで帰ってくるなですって」
「それは、強引ですね」
俺はテリア様の動きを注意深く見る。
「本当に。娘を何だと思っているのかしら」
そう言いながら、彼女は徐に2つの小瓶を取り出した。そして、顔の前で軽く振れば、中の液体が怪しく揺れた。
「媚薬と惚れ薬」
くすくす笑いながら彼女は言う。なんとも、いつもの険しい顔とは違い、可笑しそうに軽く笑う彼女は年相応の令嬢に見えたから不思議だ。
「私、意外にも調合が得意なの。お父様が言うから作ってみたけれど……まだ試作はしていなくて」
無意識に俺はソファに背中をつけて身体を極力彼女から離そうとしていた。
「どうかしら、試してみるのは。ここであなたと既成事実を作れば確実よね?」
「それは、どうでしょうか……あなたは高貴な方です。こんな貴族からも煙たがられるような男と寝ても何の特にもなりませんよ」
「あら、あなたの血筋は貴重だわ」
「私は魔法裁判を使いました。そのうち貴族から抜けるつもりです」
「そんなの、あなたの生まれを考えれば、どうにでもできる」
「ここで、勝手な事をすれば無事に帰れるかどうか」
「つべこべ言わないで黙ってちょうだい」
テリア様が1つの小瓶の蓋を押す。中の液体が噴射されて空気に溶け込む。不意をつかれた俺は、それを吸い込んでしまい咽せた。
「こほっ、けほっ……くっ……」
その効果は凄まじく、俺はそのままソファに倒れ込む。手足が痺れて動かなかった。
テリア様に見下ろされており、そして、彼女が俺の上に馬乗りになった。ゆっくりした動きで俺の胸に手を置く。
「凄いわね。ちょっと強すぎたかしら……」
「こんな事して……後悔しないですか」
「後悔?どうして?私はあなたがいいもの」
「……私は、あなたを好きでも何でもないのですよ。それでもいいのですか?」
テリア様の動きが止まり、僅かに動揺したのが分かった。薬の効果はどれほどか……毒には慣れているが、この類の物は……。
「それでも……好きな人を手に入れたいと思うのは仕方がないでしょう?」
あぁ、その気持ちは痛いほど分かるつもりだ。いつもは強気な彼女が泣きそうな顔で見ている。
「それに関しては共感できます。私も長年ずっと手に入れられないのに、想い続けてましたから」
「どうして、そんなに彼女の事を?特別、才能もなければ秀でた物もない。彼女より美しい人もたくさんいる、それなのに」
「自分でもわかりません。ですが、不思議と惹かれるのです。理由などありません……私はジェシカ様が好きなのです、これは一生変わらないでしょう」
テリア様の手が俺の首元を掴みぎゅっと握りしめた。
相変わらず手足は動かない。
この状況をどうするか頭を回転させていると、扉が勢いよく開いた。
タイミングが良いのか悪いのか。
そこにはジェシカ様が息を切らして立っていた。
俺たちの状況を見て、驚きに目を丸くしたが投げ出された小瓶に目を向けて顔をしかめるジェシカ様。
「ジェシカ様……」
「テリア様っ、ま、待って……」
「……邪魔しないで頂戴」
テリア様はそう言うと、俺の方にかがみ込む。
「まっ、待って!!!だ、駄目よ、絶対、だめー!!!」
ジェシカ様が走って来て、俺の口に自分の手を被せた。
「むぐっ」
若干、鼻まで覆われて少し息苦しい。
「テリア様っ、お願い。待って!フロント子爵は駄目!」
「何が駄目なの?ねぇ、リオン様、続きをしましょう」
「ままま待ちなさいっ!彼に触らないでっ」
「どうして?リオン様はフリーでしょう?恋人募集中なんですって。私もいないし丁度いいのよ」
「よくないわっ!だって……だ、だって、フロント子爵は……」
「何もごもご言っているのかしら?はっきりしない女は駄目よ……男の人って意外と待てないから」
2人でわちゃわちゃする様子を俺は不思議な気持ちで見る。テリア様の本気なのかそうでないのか、何か意図があるのか……襲われそうなのもそっちのけで、2人のやり取りを見ていた。
だから、ジェシカ様が勘違いしてショックを受けた顔を見てもフォローするのが遅くなったし、その後のジェシカ様の発言にも、反応するのが遅れてしまったんだ。
「わ、私が好きだからっ!だから、り、リオンは渡さないっ!!」
「………え」
「はぁ……」
顔を真っ赤にするジェシカ様に俺は色んなものが溢れてきて、気持ちが暴走したのは言うまでもなかった。
ついにジェシカさんが認めた……!
リオンの心はいかに? 次回へつづく。
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