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57.アンナの恋

いつもお読み頂きありがとうございます!



 「ジェシカさま、体調はどうです?」


 アンナが辿々しい言葉遣いから一変、いつの間にか幼児には似合わない綺麗な言葉で話していた。


 「なんだか、ふわふわしたような……酔ったときみたいよ」


 ぼーっとする頭で答えた。


 あれからどうなったのか分からないが、きっとまたフロント子爵に運ばれたのだろう。ほとほと自分に呆れる。


 「アンナ、話し方が……」

 「お兄様がですね、魔法でちょこっと喉の動きを良くしてくれて」

 「ふふ、小さな可愛い女の子から出てくる言葉が大人びていて、なんだか癒されるわ」


 アンナが照れたように笑う。手を差し伸べれば、とてとてと歩いてきてベッドによじ登るアンナ。私は身体を起こしてアンナを抱き抱えた。


 「アナベラもですね、ジェシカ様の事が好きみたいなのです」

 「えっ、意識があるの?」

 「何と言えばいいのでしょうか……ただ、前よりベラの意識が分かるようになっていて。ジェシカ様に触れられる時、自分とは違った感情が溢れてくるのです。あ、喜んでるなって」

 「そう……不思議ね。でも貴方の子に嫌われてなくて良かったわ」

 「ジェシカ様は私達家族に愛される女性なのです」

 「……あなたたち家族」

 「勿論、お兄様もですよ」

 「そう、ね」


 アンナのその柔らかい身体をぎゅっと抱きしめた。


 「ジェシカさま?」

 「ねぇ、アンナ。私どうしたらいいのかしら……あなたのお兄様の事がとても好きみたいなの」

 「それは……今更ですか?」

 「そう、今更よね。自分から突き放しておいて、それでも好きな気持ちが溢れてくるの。彼に迷惑かけたくないし、彼とは一緒になれる事もないと思うの。だから、諦めないとって思うのだけれど、気持ちは誤魔化せなくて」


 アンナが見上げてきて、緑の瞳と目が合う。それだけで、彼の瞳を思い出して、胸が締め付けられた。


 「今更っていうのは、ジェシカ様がお兄様を好きなのは、とうの昔に知っているという事です。それに、何をそんなに気にしているのですか?好きならば好きでいいんですよ」

 「でも、私は王太子妃を辞めて貴族としても生きられないわ」

 「だったら、お兄様も辞めればいいんです。ジェシカ様のためならなんでもやりますよ、きっと」

 「それは、彼の人生を変えてしまう。既に迷惑をかけてる」


 アンナはちょっと怒ったような顔で言った。


 「そんな事、ジェシカ様が考えても仕方ないですよ!だってジェシカ様はお兄様の性格も考える事も全く違います。ジェシカ様がそう思っても、お兄様が思う事は違う事もあるのです」

 

 頬を膨らませて怒るアンナはとても可愛いが迫力があって私は気圧される。


 「それに、今を生きるべきです。王宮での生活を思い出して下さい。自由になりたくてあそこから出てきたんですよね?分からない未来を考えるより、今出来ることをしないと、後悔しますよ」


 私は、はっとアンナを見た。

 なんて残酷な事をさせているのだろう。生きられるか、そもそもまだ生きているのか分からない状態のアンナに、私はこんな事を言わせるなんて。


 「ごめんなさい、アンナ。私は……」

 「ジェシカ様。私はジェシカ様が大好きなので、幸せになってほしいので、ちょっと厳しい事を言いましたが、それでも分かって欲しいのです」

 「うん、ごめん。ごめんね……」


 私はもう一度、幼い体をぎゅっと抱きしめた。


 「それと、これは私個人の話ですが。ちょっと昔話に付き合ってくれませんか?」

 「昔話?」

 「はい。私が唯一惚れた人……ベラの父親の話です」





 「あれは学園一年生の終わりですね。長期休みに入って、ちょっと気分転換にと私はふらっと叔母の家がある領地をふらふら旅行気分で遊んでいました。そこで、ある男性と出会ったのです。とても背の高い魔法に長けた人で、私は直感的に思ったのです、この人だって」

 「それは、好きになったってこと?」

 「はい、一瞬でこの人しかいないって思ってアプローチしました」

 「凄いわね、そんな勇気どこからくるの?」

 「だって、それを逃せばもう会えないかもしれないじゃないですか。それだけ、強く感じたのです」

 「それで、アンナからプロポーズを?」

 「プロポーズ?まさか……ジェシカ様、私は結婚はするつもりもありませんでした。昔からそうでした」



ーーーーー



 貴族令嬢は淑女らしく慎ましやかに育ち、いずれは男性のもとに嫁ぐのが幸せだ。そんな当たり前のように言われるのが、私は嫌いでした。

 結婚するよりも、私は魔術師になりたかったし、男性のために一生尽くすなんて、そんなの真っ平ごめんだったし、結婚なんかしなくても、恋はできる、そう思ってました。

 だから、もし好きな人が出来れば自由に恋愛して自由に生きようと思っていた。そんな時出会ったのが彼だったのです。

 貴族でもない、どんな家柄なのかも分からない。旅をする魔術師だったのかもしれません。でも、この人を全身で感じたい、そう強烈に思ってしまえば後はもう転ぶように事は進んでいきました。

 

 「ごめん、アンナ……その、出会ってすぐに、そういう関係に?」

 「はい」

 「……そ、そう」


 私は絶句した。貴族令嬢というもの結婚するまでは節操を守れ、それは私達の中では当たり前の考えだった。


 「驚きですか?でも、私は貴族令嬢とかそんなのどうでも良かったので、彼が欲しい、自分の気持ちに正直に行動した結果でした」

 「凄く勇ましいというか、なんというか」

 「理解できずともかまいません。私にしかその時感じた気持ちは分かりませんし、何より自分の人生なので、令嬢として生きるより自由に生きようと決めていたから。それで良かったのです」

 「それで、彼とはどうなったの?」

 「それっきりです。私としては、彼とその期間過ごせた事がとても有意義で幸せな時間でした。それに、そこまで強烈に惹かれあった関係ならば、どこかで縁があるとも思っていましたから」

 「羨ましいわ……その、そこまで惹かれ合う人と幸せな時間を過ごせて」

 「はい、とても充実してました」


 アンナは私に抱えられながら続きを話した。


 「その後、王都へ帰ってから妊娠が分かりました。私には産むという考えしかなかったんですが」

 「お兄様は違ったのね?」

 「はい、あんなに取り乱して怒りまくった兄は始めてでしたよ」


 その時を思い出したのか、気まずそうに笑うアンナ。


 「でも、産むなとは言わなかったんです。私の軽率な行動を咎めた後は、好きな気持ちを止める事はできない、それは分からなくはないからって……」

 「……好きな気持ち」

 「きっと、ジェシカ様を想って言ったのでしょうね」

 

 私は胸の内がくすぐったくなった。


 「産むと決めているなら、その命を守り抜く覚悟を待てと。そして、自分もその子を守るからって言ってくれて」


 泣き笑いのアンナ。

 とても絆の強い兄と妹。早くに両親を亡くして2人でやってきたからこそなのだろう。


 「ベラを産んで幸せでした。あの時、彼と出会えて良かった。自分の気持ちのまま行動したことに後悔はありませんでした。むしろ、この先、私はどんな事でもやり遂げられる、そう思えました」

 「あなたを学園中、しばらく見なかったのはそのためだったのね」

 「はい。でも、ジェシカ様に出産前に出会って、この人だって、また強烈に思ったのも事実ですよ」

 「ふふ、ありがとう」

 「本当ですからね。ジェシカ様のために私は一生尽くそう。ベラを育てながら、ジェシカ様もお守りしたい。私はそう思える人に出会えて、とても幸せだと思うのです」

 

 羨ましい。自信を持った笑顔で言うアンナを見て素直にそう思った。


 「だから、ジェシカ様にも今を大事にしてほしい、自分の気持ちに正直に行動してほしいって……自分で決めた事ならば、もし失敗したとしても後悔する事は少ないはずです」

 

 自分の人生は自分で決める。


 「誰かのため、周りを気にする事も必要ですし、それができるジェシカ様も素敵です。でも、まずはジェシカ様自身の幸せを掴んで下さい。そうすれば、おのずと周りも幸せにできますし、それに伴ってすべき事も明確になるものです」

 

 私が今ここで、フロント子爵に気持ちを伝えれば、彼もそれに応えてくれるだろう。


 「私が気持ちを伝えた後は、どうするかは2人で考えればいいのかしらね」

 「そうです。1人で考えていたって全ては、もしも、です。答えは行動の先にありますから」

 

 私はアンナの額に口付けた。

 行動するなら今しかない。


 「アンナ、ありがとう!私、フロント子爵の所に行ってくるわっ」

 「はい。ってジェシカ様っ!!今は駄目かもです、来客が」

 「来客?」

 「そ、その、ガーディン侯爵令嬢が……」

 「テリア様が……?」


 私は前向きな気持ちから一変、気持ちがどん底に落ちていった。


 ガーディン侯爵。

 お兄様の報告では、何やらフロント子爵と縁付かせようとしている……。


 私は気怠い身体を励まして、彼らがいる客間へと急いだのだった。

アンナの恋愛観、人生観。

私は枠に囚われず、そういう自分をしっかり持った女性が素敵だなと羨ましいなと思うのです。

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