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56.変身魔術


 「それじゃあ、ジェシカ様。もう一度始めますよ」

 「う、うん」


 私は目を瞑って彼の手に自分の手を乗せた。細長い指が私の手を包む。

 それだけで、私はぴくりと反応する自分が恨めしくなった。あれだけ自分に言い聞かせているのに、気持ちが言う事を聞いてくれない。


 フロント子爵への気持ちを抑えながら、こんな風に手を繋いで変身魔術の訓練をすることになるなんて思ってもみなかったのだ。

 あの日、私がピアスを作ってほしいと言った時に、彼が責任を持てと言ったのは、こういう事だったのだ。


 『ピアスに変身魔術の術式を埋め込む事で、より魔力が複雑になって、ジェシカ様が身につけるとそれだけで貴方の体力は瞬く間に消耗します。それを回避するために、私の魔力を送りながら、変身魔術を習得してもらいますから』

 『て、手を?どういう理屈なの?』

 『変身魔術という高度な魔法を使う魔力がジェシカ様にはないのです。今のままで、貴方がこのピアスをつければ、魔力が全て吸収される、或いはピアスに魔力が跳ね返されて失う。どちらにせよ、あなたは気を失います』

 『そ、そんなに難しいの?』

 『自分の容姿を変えますからね。今回の場合は私が髪の色を変えていたという可愛いレベルではありません。ジェシカ様だとは分からないほどに変えなくては意味ありませんから』

 『魔力を貴方からもらうなら、魔石でもいいんじゃないの?』

 『私が直接魔力を流す方が、変身魔術の要領を得やすいですから』

 『要領……?』

 『言えば、私が変身魔術に必要な魔力の使い方をあなたに流して、身体に覚えさせるのです。それが1番早くて効率的です。繰り返すうちにその要領を身体が覚えれば、その時は魔石でも十分、ピアスを維持できるくらいにはなるのではないでしょうか』

 『うーん、なぜ要領を得る必要があるの?それはピアスに込められた術式があるからいらないのでは?』


 私は魔力を吸収させるという事から、あの時の口付けを想像してしまっていた。だから、それは避けたくて聞いてみたのだ。

 

 『術式は難しい魔法を簡潔に示したもの、謂わばただの文字です。術式があれば誰もがその魔法を使えるわけではありませんからね。その術式を理解して魔力を流せてこそ、初めて術式が作動しますから』

 『じゃ、じゃあ、せめて……せめて、く、口付け以外で……手に触れるとか』

 『……手を握る、そのつもりですが。唇でも良いならそうしますけれど』


 あれは恥ずかしかった。自分で勝手に妄想してしまっている事がバレバレなんだもの。

 穴があったら入りたい、まさにそんな感じで。私は赤くなるのを隠しながらもフロント子爵を見たんだけど。意外と冷静で、この前のように私を揶揄ってこない、いや、ぐいぐい攻めてこないフロント子爵に、少し残念な気持ちやら落ち込むやらで、自分が嫌になった。

 私が突き放したのに、そうされると悲しいなんてどうかしている。我儘にもほどがあるわ。


 『ジェシカ様。始めますよ……私が流す魔力を感じて……』


 あなたの温もりしか感じられないわっ!

 私は心の中でツッコミつつ目を閉じて魔力を辿るよう努力をした。


 今日も今日とて、フロント子爵の手を握って訓練をしている。


 「まずは魔力が流れてくる事を感じるのです。それは分かりますか?」

 「うん、な、何となく、これかなって分かるようになったわ」

 「いい傾向です。そしたら、その魔力がどのようにピアスへ作用しているか感じるのです」

 「……」


 訓練をして3日目。

 初めは魔力が流れてくる事が、くすぐったい感覚でそれしか感じられなくて、その日はそれで終わった。別に魔力が流れ込むのが嫌ではない。むしろ、心地よいのだ。

 それが、どんどん彼が魔力を流すたびに身体に熱が篭るように身体が熱くなった。


 今日も既に指先が敏感になっていた。

 なんだか、これは……ちょっと危険なのよね。今すぐにでも彼を押し倒したい、そんな、如何わしい気持ちになってしまうのだ。

 

 「ジェシカ様。集中ですよ、魔力を感じで……」


 感じるって言っても……手先から伝わるフロント子爵の温もりが私を刺激する。指先が痺れるように熱い。

 もぞもぞ指を動かせば、フロント子爵が私の手をぎゅっと握る。そんな行動が嬉しくて、切なくて。

 私はふと目を開けて彼を見上げた。


 フロント子爵も目を瞑っていた。

 彼の唇に視線が行く。夢の中でしたと思い込んでいた、あの口付けを思い出した。


 どくんっ、どくんっ

 心臓が強く動く。身体中の血液が沸騰するかのように回り出した。


 彼にキスしたい。してもらいたい。


 気持ちは嘘をつけない。どんなに理性を保とうとしても身体は無理だった。

 触れたい、触れたい、キスしたい。

 

 なんて、はしたないんだろう。

 身体中が沸騰したように熱くなって、ぐるぐるその熱が身体を回る。

 気付けば私は彼の手を引いて、踵を上げて自分の顔を彼に近づけていた。

 私の動きにフロント子爵が目を開けた時には、既に彼の唇に自分のを触れさせていて。それに驚き目を見開く彼のグリーンの瞳が、とても綺麗に魅惑的に色付いたと思ったのを最後に、私は意識を手放した。






 これは何の試練だ?


 変身魔術の訓練をしていたのに、ジェシカ様も集中していたと思っていたのに。

 急に手を引かれたと思えば、彼女の唇が自分のに触れて一気に熱が身体を駆け巡った。そして、理性の枷が外れた所で、ジェシカ様がガクッと後ろに倒れそうになって、咄嗟に抱えたのだが。


 頬を染めて身体が熱くなっているジェシカ様。

 俺の魔力を流していたから、ピアスによって魔力枯渇が起こっているわけではなさそうだ。

 だが、始めてみる彼女の症状に心当たりもなく、戸惑いと冷めない俺の熱で、おかしくなりそうだった。


 もうこのまま、部屋に連れ込んでしまおうか。

 若干苦しそうに身じろぐジェシカ様を見て、本能がそうしろと俺をそそのかす。



 …………。



 なけなしの理性を欠け集めて、俺はジェシカ様を抱え直し、彼女の部屋に向かった。


 「お姉様っ!?」


 途中でティアナを呼んでジェシカ様を託す。


 「これは、どんな状況?魔力枯渇してしまったの?」

 「違う。魔力は失っていない……俺も初めての事で何が何だか……」


 ひとまず、この熱を冷まさねばならない。


 「後は、任せた……」

 「ちょ、リオン様っ!どうしたらいいのっ!?リオン様っ!!」


 ティアナが叫ぶのを無視して俺は早々に部屋を出た。これ以上彼女に触れていたら、理性など俺にはないんじゃないかというほどに、めちゃくちゃにしてしまいそうだった。


 部屋へ戻りベッドに突っ伏した。


 「なんなんだ……そんなに俺が気に食わないのか」


 神などに信仰した事はないが、この時ばっかりは焦らされてばかりの状況に苛立ち、誰でもいいからと神を罵った。


 


ごめんよ。

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