47.絶望と希望
R15注意?
フロント子爵達を見送り私は扉を見つめた。無事に安全な場所へ着けばいいと願う。
本当にアンナは死んでしまったのか。
まだその事実を受け入れたくなかった。今にも満面の笑みで私を呼ぶ彼女が浮かんでくるのに。
どうして、私にとって大切な人達がいなくなっていくのか。
自分の子もだが、大切な侍女の死さえゆっくりと追悼する事ができない私の不運に自分で嘲笑した。
また涙が出てくる。泣いている暇なんてないと私は袖で目を殴った。
立て続けにいろんな事が起こりすぎて、悲しむべきことにも向き合えず私は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
1人でそんな事を考えていたが、未だに誰も来ない事にふと違和感を感じた。
それに、拘束していたアンナがいる部屋には見張りはつかないのか。さすがに扉越しでもあれだけの私達の声がしていたら気付くはずなのに、何の反応もなかった。そして、なぜ、アンナは移動していたのか……。
私の疑問は1つの考えに結びついた。
まさか……。
私は扉へ向かいドアノブに手をかけるがびくともしない。鍵はさすがにかかっているか。
焦りで思考が鈍る。
そういえば、先程から微かに甘い匂いがしている。なんだか頭がぼーっとするし、目の前も歪み始めた。身体に力が入らなくなり私は床に座り込む。
頭痛がして頭を抑えれば、目の前の扉が開きエイドリアン様が勝ち誇ったような顔で現れた。
「予定を変更して良かった。逃げるために転移魔法を使うだろうと思ったよ」
瞼が落ちていく。
遠のく意識の中で、「君は永遠に僕のものだ」というエイドリアン様の声を聞いてそのまま分からなくなった。
*
目が覚めると、これまでに来たことのないとても豪華でお洒落な部屋にいた。
寝心地の良いベッドにいたからか、まだ身体が重いし少し寝ていたい。そう思い寝返りをうてば、そこにはエイドリアン様が横たわっていた。
「やっと起きたね」
「あ、な、なんで……」
そうだった。脱走の手助けをしてそのまま気を失ったのだった。自分の呑気さに呆れる。驚き起き上がれば、着ていた服はなく下着姿だけだと気付いて慌てて布団にもぐる。
「君があんまりにも僕の言うことを聞かないから、躾が必要だと思ってね」
「そ、それがこれなの?」
「君は誰のものか。まずは身体に教え込まないと」
そう言ってエイドリアン様は私の手首を結ぶ。
「やめて、こんなこと……酷いわ」
「酷いのはどっち?僕を殴って犯罪者に手を貸すなんて。君は僕の妻だろう?」
「彼は冤罪よ!罪なきものを救おうとして何が悪いの?あなたこそ、間違っている!夫婦だからといって限度を超えているわ、これをはずして!」
「ほらまたそうやって、犯罪者を擁護する。お仕置きが必要だね」
そう言うとエイドリアン様は私の首に顔を埋めた。
「いった、痛い……ひっ」
首筋に噛みつかれ痛みが走った後に、舌で首を舐められ鳥肌がたつほど不快感が襲った。
「あぁ、ジェシカ。僕の印がついたよ……最高だ」
彼は光悦とした表情で私を見下ろした。
狂っている。
「最悪よ。最低の気分だわ」
「そんな事言っていいのかな?彼らがどうなるか」
「っ!3人をどうしたのっ!?」
「さぁ?転移魔法を使えないように特殊な結界を張ったんだ。多分、跳ね返されてどこかで拘束されただろうね」
「はね、かえされて……」
「失敗は術者にほとんどくるからね。大丈夫かな?」
ティアナ……。
「私はあなたの側でなんでもするわ!だから、彼らを解放して、冤罪だと訂正して」
「それは無理な話だね。だってこんなにも君を堪能できるんだ。もっと楽しませてくれないと」
「お願い……お願い、します」
「そんなこと、僕が聞き入れるとでも?甘いな……そうだ、ジェシカ。人間に痛みと快感を繰り返し与えればどうなると思う?」
「や、やめて、おねがい」
恐怖で声が震えた。
「うーん。だったら、あのフロントを助けたいなんて撤回して。あいつは、自分を襲ったから死刑になるべきだと言うんだ、ジェシカ。君の一声があれば即執行される」
「絶対に言わないわ。冤罪だもの、私は認めない」
「ふーん、気に食わないな。じゃあ仕方ないね」
「や、やめてっ!!うぅ……」
彼は私の身体を繰り返し弄んだ。痛みとその行為によって私は疲弊していった。
そんな時間が永遠に続いているような気がして、あれからどれくらい時間が経っているのかさえ分からなかった。
「今日は目隠しをしよう。視野が奪われれば人間はもっと敏感になるらしいんだ」
「……」
「ジェシカ、どうしたの?もっと泣いて僕を楽しませてよ」
「もう、やめて。私を解放して」
「解放?」
心も身体も限界だった。
「離婚して下さい。私はあなたの性癖を満たすための道具じゃない。私は絶対にフロント子爵の罪を認めないわ。こんな事したって無駄だもの」
「離婚?何を馬鹿なことを。王族の離婚なんてそう簡単じゃない事くらい知っているだろう?」
「監禁、暴力は立派な犯罪よ、例え夫婦であっても」
「知らなければいいだろう?」
話し合いにも掛け合ってくれない。
目が布で覆われて視界が奪われた。耳や皮膚の感覚からの情報が私を埋め尽くし、頭が狂いそうだった。
エイドリアン様の手が私の首に巻きつく。息ができない……苦しい……辛い。
涙が布を濡らして私は嗚咽をもらした。それにエイドリアン様は満足したのか手を離す。
「君は本当に僕を満足させる才能があるね」
それで満足したのか、エイドリアン様は部屋を出て行った。
もう、身体が自分のものじゃないくらい重くて重くて、痛かった。
こんなに辛い思いをするなら、何もかも捨てて早く逃げ出せば良かった。いや、王太子妃になんてならなければよかったんだ。
ベッドに横たわり私は切実に思った。
逃げたい。ここから逃げ出したい。
ここまで痛くて辛い思いをするなら、王太子妃という役割を捨てて自分の我儘を通してもいいんじゃないか。
もう逃げよう。逃げればいいんだ。
『お姉様が本当にどうにかここから脱したいと思った時、現状を変えたい時に使って。いい?タイミングを間違えないようにね』
私はのそのそと起き上がり、ドレスに隠していた布を取り出した。
中にはガラス玉がはめ込まれた丸い金属と紙があり、それを取り出して読んだ。
《これは、記録の魔道具よ。そして、これで記録されたものは公的文書としても使用できるの。お姉様がここから逃げたいと思った時に、証拠となるものを記録すれば、魔法で魔法裁判部に送られるわ。きっと、お姉様の力になるはず。いい?タイミングが大事よ。一回しか使えないし、奪われてはいけない。気をつけて使って……》
私は一気に希望が見えた気がした。
魔法裁判部。国とは独立した機関であり干渉を受けない。それを担う責任者がソルダム教会首長であり、真実を見極める真実眼を持ち公正な裁きを下す。
王族貴族では、どうしても権力にものを言わせて、泣き寝入りする事象が生じがちであるが、ソルダム首長の真実眼により下された裁きは、公正でかつ絶対だ。もし、真実を歪めれば真実眼により代償を払わされる。その代償は精神に干渉し狂いそうなほどの苦痛を味わう事になるという。
記録の魔道具とは、その魔法裁判部でよく使用されるもので証拠映像を撮れば、無駄な裁判の過程を得ずに、権力者達に横入りされずに解決できるものなのだ。
ただ一つ問題がある。この機関は国に干渉されないのはそれが教会に属しているからだ。神の下では嘘はつけない、その由来から魔法裁判部が成立している。 それに、多額の寄付が必要であり、信者として貴族から敬遠されがちな教会へ信仰を示したことになる。
貴族は王族、教会では神を主とする。つまり、魔法裁判の利用は、貴族の中でハズレものという各印を押されて煙たがられ生きるか、或いは貴族から除籍する覚悟のいるものなのである。
だが、私は思う。
これだけ尊厳を踏みにじられてまで、王太子妃として生きる必要があるのか。
否、もうそこに執着はない。
離婚の公的魔法文書を魔法裁判所から発行してもらい、自由になりたい。それで、貴族としていられなくなっても構わない。
王族貴族どうのより、私という1人の人間の尊厳を守りたい。そう思ったのだ。
最近のエイドリアン様の暴行であれば、証拠としては十分だろう。夫婦間においても監禁、暴力は離婚するに至るものなはず。
確か、王族貴族の離婚においてもそう法律で示されている。
なんとしてでも成功させて、ここを出るために私は策を練った。
*
夜にエイドリアン様が訪ねてきた時には心臓が速くなり緊張がバレないかひやひやしていた。魔道具は既に作動させている。
「エイドリアン様。今日はお願いがあるのです」
「どうしたの?また離婚なんていう馬鹿げた事を言わないよね?」
「フロント子爵の事です。彼は無実です、私を助けてくれたのです。それを貴方もご存知ですよね?」
「ジェシカ。その話はしない。彼がそう決めたんだ、君を救う代わりにってね」
「ですが、私は自分の命を救ってくれた恩人が、冤罪のまま死んでほしくありません」
「手を出したことは本当だ」
「治療でした、それがなければ私は死んでいたのです。恩人にすることでしょうか?」
「だとしても、僕が気に入らないんだ。だから、殺す、それだけだよ」
エイドリアン様が、苛々しながら私の服を脱がし、両手首を結んだ。
「やめて下さいっ、まだ話は終わっていません」
「ジェシカ、君もしつこいね。それに、まだ分かっていないみたいだ。身体にもっと覚えこませる必要があるな」
そう言ってエイドリアン様は私の目を覆い、身体に触れた。
「もうこんな事やめて下さい。これも犯罪です」
「……犯罪?夫婦だろう?」
「法律では、夫婦間でもお互いの日常生活及び社会的立場を脅かしてはならないと示されています。これは、私の生活と社会的立場を奪っている事になりませんか?」
「うーん、ならない。夫の僕がそれでいいと言っているんだ。君は僕だけのために生きればいい。妻は夫に従っていればそれでいいんだ」
「私はあなたのものではありません」
「僕の物だよ……もういい、黙って」
そう言って彼の手が滑っていく。
私は必死に抵抗するが、手を結ばれていては何もできない。
私はされるがままだった。
「あぁ、その怯えた顔と潤んだ瞳がとてもいい」
「エイドリアン様っ、お願い。やめて下さい!あなたは、ただ怖いのよ。自分を満たしてくれるおもちゃの私がいなくなれば、何があなたを認めてくれるのかと……それに、フロント子爵に地位を奪わられっ」
パァン、と乾いた音が響いた。
頬を叩かれ、口の中に血が滲んだ。
「知ったように言うな。まだ足りないみたいだね。ジェシカ、君は僕から逃げられない。君が余計な事を言わずに僕の言う事を聞けるよう、もっと刺激が必要だね」
何度か両頬を叩かれた。苦痛に顔を歪めれば、エイドリアン様が光悦とした表情をした。
エイドリアン様が私の首に手をかける。
ひゅっと自分の気管から空気が逃げた。
「うぅ、やめ」
私は息を吸おうとするが、ますます手に力が入る。エイドリアン様は止まらない。次第に頭がぼーっとしてきた。
「ジェシカ……ジェシカ……僕のジェシカ」
エイドリアン様の手に力が入り、私はこのまま死ぬかもしれない恐怖に怯えた。それに反応するかのように、エイドリアン様の目がますます爛々と光る。
「ジェシカ……言ってくれ。僕だけのものだと、あんなやつ死んでも構わないと」
エイドリアン様がそのまま私に口付けた。それを最後に私は意識を手放したのだった。
*
気付けば、真夜中過ぎ。
1人ベッドに横になっていた。気を失ったみたいね。当たりを見渡せば、エイドリアン様は帰ったみたいだ。
私はベッドを抜け出してこっそり棚の上に仕組んでいた魔道具を取る。
これだけ身体を張ったんだ。
悔いはない。
私は魔道具の終了ボタンを押す。たちまち、魔道具が浮いて光を放ちながら消えた。
これで、後は魔法裁判部にまかせるだけだ。
それから数日、私は同じようにエイドリアン様のしたいようにされ、心が挫ける手前だったが、自由になれることを希望に耐え続けた。




