46.失いたくないから
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冷たい風を頬に感じながら、アルジェが空を駆けていく。
驚くほど速いその動きと、私は慣れない空中での移動に前にいるティアナの腰に強く自分の腕を巻き付けた。
「お姉様、ちょっと痛いわ。そんなに怖がらないで、アルジェから落ちる事はないわ」
「う、うん」
私は手を緩める。大人3人が乗っていても軽々と飛ぶアルジェ。
「アンナがいる場所が分かるの?」
「恐らく、私がいた場所と同じでしょう。王太子宮の北にあります」
どうか無事でいて。
手に汗を握りながら私は必死に願う。アルジェのこの速さなら、地上の騎士より確実に早くアンナの部屋に着く。
騎士が来る前に、アンナを連れ出さないと。
「お姉様、ごめんなさい。結局我慢できずに突っ込んでしまったわ……身バレ確実ね」
「仕方ないわ。ティアナが来てくれて良かった。あのままだったら、もっと酷いことになっていたかも……」
というより、王太子殿下に手を出してしまった。夫とはいえ王族だ、こうやって逃亡をしている今、私はどうなってしまうのか。
「お兄様にも迷惑かけるわね……もちろんお父様お母様も」
無実とはいえ、犯罪者に手を貸している状況なのだ。謀反だと一家全滅もあり得るかもしれない。
「あら、大丈夫よ。お父様お母様はバカンスだといって私の留学先へ向かわせたわ。侯爵邸の者達も休暇をあげているし……お兄様に関しては、まぁ大丈夫でしょう」
「最初からこうなると?」
「逃亡に手を貸すんだもの。最悪を想定して動くべきだわ」
「君達まで巻き込んで……すまない」
「何言ってるのリオン様。お兄様から伝言よ、俺より先に死んだら後追って呪ってやるですって」
「後を追うって……無茶苦茶だな」
アルジェが空中で旋回してゆっくり降下した。
質素な建物の前に来る。
「ここです……外から中を確認します」
大人1人通り抜けられるかというほどの窓から中を確認していく。が、最後の1つを見てもアンナはいなかった。
ひとまず、私達は城の最上階へ降り立った。場所が分からなければ私達の方が不利だ。すぐにエイドリアン様がアンナを厳重に管理してしまうだろう。
「いない……一体どこに」
「リオン様、アルジェはアンナを感じられないの?リオン様の時は、真っ先に向かっていたわ」
「魔力感知で探すのは無効化されているだろうから無理だろう。あとは、その人独特の匂いを追って探せる……私の場合はそれで分かったのだろう」
「では、アンナの匂いは……?」
フロント子爵がアルジェの首を撫でた。なんだか、その手が震えている気がするのは私の気のせいか。
「アルジェ、アンナが分かるか?」
アルジェはアンナの匂いを探すかのように空を見上げ、目を伏せた。
分からない、そう言っているようだった。
「……アルジェは、なんて……?」
「追えない。エンジェルホースは人の気配に敏感です。幼い頃から過ごしている私やアンナなら尚更……」
「匂いっていうのは……その人の何なの?」
私は口の中がカラカラになりながら聞いた。本当は聞きたくなかった。
「生きている鼓動や息づかい、オーラといったもので……エンジェルホースなりに独特な物を感じとっています」
「つまり、それは……」
フロント子爵は俯いており表情が見えなかった。拳が白くなるほどに手を握りしめていた。
「ジェシカ様。アンナの首飾りを……頂いてもよろしいでしょうか」
フロント子爵が静かに言う。私は首飾りを取り出して彼に渡した。
「通常、魔石はその人の命が終わると光を失います……そして、身体に吸収される」
フロント子爵が何やら呟き、魔石を金具から取り外す。それは、たちまち光る粉になって空へ舞った。
「アルジェ」
私達は急いでアルジェに乗り直した。こんなにも胃が捩れそうなほど気が重いのは自分の子を失った時くらいだ。
まさか、アンナが。そんな事あってはいけない。
吐きそうな気持ちで私は祈った。
どうか、アンナが無事でいてくれますように。
アルジェがテラスへ降り立った。
そこは、何もない歓談室のような場所で中に入っていく。
全てがスローモーションのようだった。
「アンナっ!!」
倒れ込むアンナ。
「アンナ、目を開けてくれ!」
「アンナ?アンナ、お願いよ」
フロント子爵と必死に呼びかけるがびくともしない。
フロント子爵が脈を取り瞳孔を見て胸の動きを確認している。アンナの手を握れば、不思議と温もりがあった。
「脈も呼吸もない……そんな……」
死んでいる、そんな言葉は聞きたくなかった。
「フロント子爵、私にしたように生命力を与えられないの!?」
「っやってみます」
フロント子爵が、アンナの首筋に手を添えると光が放たれた。しばらく見ていたが、何も変わらず変わったのはフロント子爵の眉間だけだった。
「……できません。入っていく魔力が弾かれるようです」
「そんな……」
「人間の蘇生はある一定の時間が過ぎると、脳や臓器への血流が阻害されて機能不全になります。生命力をいくら与えても、それらが機能していなければ無理なのです。心臓が止まって数分……それが限界です……」
「うそよ……嘘だと言って、フロント子爵!!」
私はフロント子爵の腕を掴む。
「ねぇっ、お願い……どうにか、できないのっ!?」
勝手に涙が溢れ出てくる。
「うっ、いやよ……アンナが……いないのは。アンナまで行かないでよ……」
フロント子爵がそっと私の手に震える手を重ねた。そんな彼の袖に雫が落ち、袖を濡らした。
顔を上げれば、フロント子爵の涙で。彼は静かに泣いていた。
家族を失った痛み。目を閉じて涙を流すまいと必死に眉間に皺を寄せている彼の表情から痛いほど伝わってきた。
私より彼の方が辛い……。
そっとフロント子爵の頬に触れて涙を拭う。私の手の温もりに添うように頬を預けるフロント子爵。
彼にこれ以上の試練を与えてはいけない。私のせいで彼らを巻き込んだも同然だ。
あとは、私達の問題で私がどうにかしないといけない。
気持ちを無理やり切り替える。そうしなければいけない。今はそうすべきなのだ。
「ティアナ。アンナとフロント子爵を確実に連れて行ける?」
「ええ、もちろんよ。転移魔法を使えるよう用意してきたわ」
目頭を赤くしながらティアナが言った。
「ジェシカ様……何を、」
「あなたとアンナの冤罪は私が晴らす。そしてこの騒動も私が解決するわ。あなたを、皆んなを巻き込みたくないの」
「いけません、あいつに何されるか……」
「大丈夫よ、私が彼の望むようにいればきっと大人しくなるわ。それに、このままではアンナを静かな場所に連れて行けないでしょう……?」
「でも……そんな事したらっ、あなたは一生……」
一生、ここでエイドリアン様のおもちゃのように生きる事になるわね。
「それでもいいわ。殺しはしないでしょう?きっと。私にとって1番は大切な人が生きている事だもの。巻き込んでしまってごめんなさい」
フロント子爵が私を抱き寄せて肩に顔を埋めた。その温もりが心地よくて彼の背中に手を回す。
「ジェシカ様……私は」
「フロント子爵。1つ聞かせてほしいの」
彼から離れて顔を覗き込む。綺麗な緑の瞳は涙で濡れて一段と美しかった。
「あの時の、あれは治療だけだった?……それとも……」
「治療でした……けど」
フロント子爵が目を逸らす。
「それだけで終われなかったのも事実です」
「うん、ありがとう。助けてくれて……勝手にエイドリアン様と交渉して命をぞんざいに扱ったのは腹が立ったけど……嬉しかったわ」
そう言って私は彼の唇に自分の指を添えた。涙で少し濡れている。そのまま、自分の唇に持っていき指に口付ける。
目を開き驚くフロント子爵。
「ティアナ、お願い」
ティアナがアンナの近くで魔法陣を作動させる。私はフロント子爵をティアナの方へ誘導する。
離れぎわ、フロント子爵が言った。
「必ず、あなたをここから救い出します。それまでどうか」
私は返事をせずに微笑んだ。
会える保証などないから。
「お姉様、私も必ずお姉様をあんな奴から助け出しますから」
愛しい人たち。
皆を守るためになら、私は頑張れる。
もう誰も失いたくない。
涙を拭いて私は言った。
「大好きよ」
魔法陣が作動して彼らの姿が光に包まれて消えた。
そして、私は扉を向き、向き合うべき相手が来るのを待ったのだった。
……不倫物語に持っていく気はなかった、ですが。
駄目なのに好きになってしまう。書く手が止まらないのです……。




