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29.彼の物

読んで下さりありがとうございます。


 その日の夜、予定通りエイドリアン様が訪ねてきた。


 「だいぶお腹が出てきたね」


 彼がお腹に手を当てて撫でる。


 「ええ、服の上からは目立ちませんが……」


 薄い寝巻きの上からだったら、だいぶ分かるようになってきたお腹を見下ろす。

 愛しくて仕方がなかった。


 「なんだか、母親の顔をしているね。ちょっと寂しいな」


 彼が眉を下げて甘えるように私の足に頭を乗せた。所謂、膝枕ってやつだ。


 下から見上げられれば、その整った顔がよく分かる。以前だったら喜んで彼の髪を弄んだだろう、舞い上がっていただろう。


 しかし、今は……ちょっと重い。


 「エイドリアン様、今日はどうされたのですか?昼間だって、なんだかいつもと様子が違いましたもの」


 「昼……」


 ゆっくり、エイドリアン様が起き上がる。先程の緩い表情はどこへやら。

 

 「彼、フロント子爵とは仲がいいんだね。そういえば、君が倒れた時も連れてきてくれたのは、彼だった」


 どんな関係?と冷たい目で聞かれる。


 「幼馴染です。だいぶ昔ですが……」


 「そうなんだ。何か特別な事があるのかと思ったよ」


 自分は幼馴染と好き勝手にしているじゃないか、とややイラっとした。


 「兄のような存在です。私の身体のことを考えて色々良くしてくれているだけです」


 「そうかな」


 「はい」


 フロント子爵を悪く言ってほしくなかった。

 

 エイドリアン様は立ち上がり、化粧台に置きっぱなしにしていた彼から貰った袋を手に取った。


 「あ、それは」


 「子爵にもらったら物だね。ミスイか……非常に優秀だと聞いていたけれど」


 エイドリアン様がぼそりと言うのが聞こえた。「人の()にも手を出す愚か者だったなんて」と。


 「……勘違いしないで下さい。彼とは何もありません」


 あなたとは違う。

 それに、私は物でもない。


 「返してください。大事な物です」


 「これは、カモミールの香りか。君が好きだったなんて初めて聞いたな」


 エイドリアン様は袋をズボンのポケットに入れた。


 「何するんですか?私のものです」


 そこには、カモミールの芳香剤も入っているのだ。寝る前に使おうと思っていたのに。


 私が手を伸ばせば、その手を掴まれた。そして、引き寄せられて腰を抱かれる。急に腰を引き寄せられて、下腹部に違和感を感じた。


 「っつ……」


 「これは僕が貰っていくよ。大した物ではないのだろう?カモミールの物など私が用意してプレゼントするよ」


 「そういうことではないです。頂き物を取るなんて、酷いです」


 「酷いのは君だよ。僕という夫がいながら、他の男にふらふらするなんて」


 「それはエイドリアン様もじゃないですか?」


 「ミーシャは側妃候補だ。親睦のために当たり前だろう?」


 親睦のためといえば、夜な夜な会って口付けも許されるというのか。


 「では、私も臣下との親睦のためです。元気な子を産むために、栄養剤を作ってくれているだけです。全ては国のためです」


 「そう思っているのは君だけかもしれないよ?彼は違うかもしれない、君のためだけかもしれない」


 「そんなこと」


 「どちらにせよ、僕は彼が気に食わない」


 「私の幼馴染です」


 「君は僕の妻だ」


 「そうです、あなたの()()()()です。そう以前言っていましたよね?後継はちゃんと産みますから」


 今更、何なのだ。私がエイドリアン様への執着を手放した後に、なぜ、このような態度を取るのか。


 「あぁ、そうだ。君は僕の妻だ」


 気付けば後ろにはベッド、彼に肩を押されて倒れ込む。


 「エイドリアン様……私、今日も体調が」


 「大事な幼馴染の彼が作る薬を飲んでいるのだろう?」


 「ですが、」


 「妻なら、夫に対する務めも果たしてくれ」


 「い、いや……」


 彼の近づく顔から、背けた。その時、彼の目からいつもの優しさが消えた、気がした。


 彼の手が私の首に絡みつく。恐怖心が身体を動かなくする。

 エイドリアン様は、恐ろしく冷たい表情で恐ろしく優しい声で言った。


 「ジェシカ。君は僕の()だ。側妃を迎えようと愛妾ができようと、それは一生変わらない」


 ぞわっと背中に冷気が流れた。


 そのまま私はエイドリアン様に抱かれた。抱かれながら、呆然とするしかなかった。

 私はきっと、彼の所有物でしかなかったのだ。

 これまでもこれからも、ずっと。


 そして、エイドリアン様は事が終わってから、こう言った。

 

 「あぁ、君が欲しがっていた言葉を言おう。ジェシカ、君を愛しているよ」


 今更そんなもの、いらない。

 そんな独占欲からくる感情などいらない。

 

 カーテンの隙間から月の光が漏れる。


 もう泣かないと決めていたのに、その光がなんだか私をより心細く惨めにさせていた。

 

 


 

お気づきの方もいらっしゃったと思いますが、優しいエイドリアンはやべー奴だった。

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