27.笑顔
お読み下さりありがとうございます。
「エイドリアン殿下達の生命力から……まさか」
「この魔法陣は、時間をかけて作動するように組まれている。つまり、数日かけて魔力を吸収していたんです。これだけ膨大な魔力を一度に吸収するのは不可能に近いし、魔力が少ない人なら尚更。その者は自身へ時間をかけて魔力を吸収したのだと思います。恐らく、魔石にも貯めていれば、治癒魔法として魔力がなくなっても使えると思います」
「それをミーシャ様が?」
「彼女の治癒魔法に違和感を感じたのはこれですね。ユナリアの滋養強壮という特徴である魔力を使っていたから、治癒過程など飛ばして治癒魔法を使えた……彼女がやったと言っていいでしょう」
「それじゃあ、エイドリアン殿下を治したのは」
「彼女も魔法陣が作動している時に、まさか視察に来るとは思わなかったから、もしくは、人の生命力をも奪うとは知らなかった。どちらにしても、エイドリアン殿下達が体調を崩したことを知り、慌てて治癒魔法を使った、といったところでしょうか。意識がないほど状態が悪くなったのを医師には治せず、彼女が対応したら状態が良くなったのも、辻褄が合う気がします」
自分の行いで、王族の1人を死の危機へと導いたのにも関わらず、何食わぬ顔でエイドリアン殿下の側にいられる彼女は、只者では無いと感じた。温室の件もそうであるが。
「じゃあ、ミスイの花の温室で見かけたのは、やっぱり魔力を吸収しようと考えてたのね」
アンナの発言にフロント子爵も頷く。
「そうだろう。ただ、ミスイの特徴を知らずにいたから、逆に魔力を吸収されて意識を失った、そんな感じか」
「ただ、どこでそれを知ったのか……中途半端な知識のまま行動して、妃殿下がその日行かなければ最悪、命を落としていたかもしれない」
「彼女の母親が王妃様の侍女をされていたから、そこで何か聞いたのかもしれないわ」
エイドリアン殿下との会話を思い出して私は伝えた。
「そうですね。ですが、扱いの難しいミスイを中途半端は知識で王妃様が伝えるわけもないだろうし、どこからか情報を得たか……そこは分からないですが、ひとまず、ミーシャ様の動向は注視してた方がいいでしょう」
「ええ、そうね……」
「それに、これだけの事だ。背後に糸を引く者がいる者がいてもおかしくはないな……」
フロント子爵がアンナを見る。
「ウォルス領で、何か変わったことはなかったか?」
「それが、帰ってくる時に誰かに付けられている気がしたの。それで、色々寄り道して帰ってきてたら遅くなっちゃったわ」
それを聞き私は心臓が跳ねる。
「だ、大丈夫なの!?顔とか見られてない?アンナを狙ったりとかしないかしら」
「妃殿下、落ち着いて下さい。下調査をする際は変装をするのが基本です。アンナとはバレてないと思いますよ」
「そうですよ、ジェシカ様。私の変装はばっちしでしたし、ちゃんと巻けたと思います」
「でも。調べられていることは、向こうには気付かれているってことよね?」
「分かりませんが可能性はあるでしょう。
私はアンナを見た。本人はケロッとしているが、気が気では無い。
「この件については、私とオーラントで内密に進めていきます。安全のために妃殿下は手を出さないで下さい。アンナお前もだぞ」
「どうして!?私も上手くできるわ!それに、あの嘘つき女の正体を暴いてやるのよ!」
「駄目だ。お前に何かあれば妃殿下にも迷惑がかかる」
いいな?と、そう念押しされアンナは渋々、頷いた。
分からないことだらけだ。不安が募る。自分も何かできないか……アンナやフロント子爵、オーラントらが魔法や剣などに優れているのを見て、自分は自分を守る術も、誰かを助ける術もない。あるのは、王太子妃という名前だけで、まるで丸裸のように感じた。
「ジェシカ様、お疲れではないですか?お茶をお入れしましょう」
私が考え込んでいたからか、アマンダが声かける。アンナとアマンダがワゴンの側まで行き準備をし始めた。
「それでは、私は仕事もあるので失礼します」
フロント子爵が私に会釈をして扉は向かう。私は咄嗟に思い浮かんだ事を、彼にお願いしたくて、彼を引き止めるために、フロント子爵の手首を掴んだ。
「あっ、あの、フロント子爵?」
フロント子爵は驚いた顔で私を見た。
「……どうしましたか?」
「その、私にも魔法を教えてほしい、のです」
「魔法、ですか」
こくりと私は頷いた。
「どうしても、何もできない自分が許せなくて。少しでも役に立ちたくて」
フロント子爵がじっと私を見る。
「ほら、昔、あなたに魔法を教えてもらったでしょう?あの時みたいにできないかしら」
「あの頃はお互いの時間を確保できましたし、関係に縛りもありませんでした。ですが、今は違います。あなたは王太子妃で、自由に何かをできるわけでは……ないでしょう?」
「でも、私も力になりたいし」
「ジェシカ様」
いつもの敬称ではない呼びかけに顔を上げる。フロント子爵が掴んでいた私の手を優しく解いて、座っている私の膝の上に置いた。そして、私の前に跪く。
重ねられた彼の手が暖かい。
「忘れてはなりません。あなたは……王太子妃でありますが、今は母親でもあります。慣れない魔法を使えば身体に負担がかかり、お腹の子の成長にも影響するでしょう。それは、あなたも望んでいない、そうですよね?」
少し膨らんできたお腹を見る。そうだ、私は母としてこの子を守ると決めている。
「あなたは立派に王太子妃として務めています。それだけでも凄い事です。今回の件は私どもに任せて、あなたは子のために、無理はしないで下さい」
彼の優しい語りかけに、焦っていた気持ちが少しだけ落ち着く。
「それに、あなたは魔法の才能がこれっぽちでしたから」
意外なフロント子爵の冗談に驚く。だが、全然嫌な気はしない。
「そんな意地悪言わないで。あれでも必死にやってたんだから」
「ええ、そうでしたね」
ふわっとフロント子爵が微笑んだ。
そうよ、この笑顔よ。あの頃、よく優しい彼の笑顔に慰められた。
彼のその笑顔に嬉しくなって、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになり、また彼の髪に触れたくて。
フロント子爵が、じっと私を見つめてくる。緑の瞳に吸い込まれるように、手を伸ばそうとしたその時。
「わっ、アマンダっ!お、お茶が!」
「あ、あら、嫌だ」
わちゃわちゃと2人がワゴン前で慌てている。2人の珍しい慌てように、私は声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。申し訳ありません」
「お邪魔してしまいごめんなさいっ!」
2人があんまりに慌てているから、なんだか可笑しくて笑ってしまった。何を言っているんだか。
フロント子爵が立ち上がる。
「では、行きますね」
「うん、ありがとう、フロント子爵」
なんだか名残惜しそうな顔で帰っていくフロント子爵。
「お兄様、ごめんなさい」
アンナの呟きに私は首を傾げたのだった。




