22.それは一瞬で
だいぶ、刺激的な描写がありますため、違うなと思う人はUターンを。
もう一度、※R15 描写あり
アンナがウォルス領へ経ってから1週間が過ぎた。
私はお腹の子のためにと、よだれ掛けやブランケット、衣服に刺繍を施していた。幸い、昔から手先が器用で刺繍は得意な方だ。
男の子が女の子かは分からないが、自分の子が使う日を想像しながら、様々な色と形の刺繍を行った。
エイドリアン様と揉めてから1週間以上経っていたが、彼が私を訪れることはなく、そして、私も彼へ何か行動を起こすこともなかった。
もう彼のことで頭を悩ます必要がないくらい、私はお腹の子の事でいっぱいだった。
もちろん、それは幸せな感情だ。
その日の夜も、ブランケットに刺繍をしていた。刺繍が終わり出来上がった物を見るたびに、早く使いたくて堪らないほど、お腹の子が愛おしく感じた。
だから集中しすぎていたのか、エイドリアン様が訪れて声をかけられていることに全然気づかなかった。
急に背後から抱きしめられて身体が驚く。
「ジェシカ。どうして返事をしてくれないんだい?」
振り向けば、ひどく悲しそうな顔をしたエイドリアン様。私はというと、驚きで針を手に刺さなかったことの方に安心していた。
「え、エイドリアン様……急に驚きました。針を使っている時は、そのような事は控えて頂きたいです……」
胸の鼓動を抑えながら私は言った。
もちろん、この鼓動はトキメキではない。
「ごめん。でも、何度も声かけたんだよ……もう僕と話をしてくれないのかと思ったほどだ」
「も、申し訳ありません。そんな事は決して。刺繍に集中しすぎていました」
それは?と言いながらエイドリアン様が刺繍された布を手に取る。
「生まれてくる子のために何か出来ないかと思いまして。私、刺繍は得意なんです」
そう言って他の布を手に取り広げた。
「本当だ、とてもよく出来ている。こんなに思われているお腹の子は幸せ者だね」
そう言って私のお腹に後ろから手を当てるエイドリアン様。妊娠が分かってからそんな行動は初めてではないかしら。
「早く会いたいです。もう少ししたら胎動も感じられるらしいです、楽しみです」
そう言って笑えば、エイドリアン様が私の首に顔を埋めた。くすぐったい。
身をよじれば、腕の力を強めるエイドリアン様。
少し、苦しい。
「……この前、君と言い合いをしてから、君がどうしているか気になっていたんだ。あの時は少し感情的になり過ぎた。謝るよ……ごめん」
「い、いえ、私こそ感情を乱してしまいお恥ずかしい限りでした。申し訳ありません」
「君は、僕にとって大切なのは変わらないよ。何度も言うけど、君もお腹の子も僕の家族だからね」
「ええ、もちろん理解しています」
ミーシャ様は特別な女性、ですよね?
前より胸が痛くならないことに驚く。
まだ残りの刺繍を続けたくて、手をもぞもぞと動かす。
「あの、エイドリアン様。私、続きを……ひゃっ」
エイドリアン様が私の首筋に舌を這わしてきて、声を上げてしまった。そのまま、彼はお腹にあった手を滑らせて上に持っていった。
「え、エイドリアン様、あの……」
妊娠中も順調であれば性行為はしても良いと聞く。けれど、それでもお腹の子が心配だし、何よりそんな気分ではない。別にエイドリアン様のことが嫌いになった、そういうわけではないのだが。
ただ、妊娠中には性欲が増すとも聞くが、私はその逆みたいだ。
……少し前なら、エイドリアン様に愛されているかもと期待して、体調が悪くても受け入れたかもしれないが、今はお腹の子が最優先に感じるからか、全くそんな気分ではない。
「……どうしたの?」
服に手をかけるエイドリアン様の腕を止める。
「その、こ、子が心配なので」
「医者には順調だと言われてるんだろう?」
「それは、そうなのですが……」
「……そう」
意外とエイドリアン様はすんなり手を離した。私はほっとする。
「君は子が優先なんだね」
ぼそっと背後でエイドリアン様が呟いたのが、かろうじて耳に入った。
「え……?」
振り返った時には、彼はいつもの優しい笑顔で私の頬を撫でた。
「体調優先なら仕方ない。刺繍もほどほどにね……おやすみ」
夫婦の義務を拒否した気がして、その申し訳なさと安心とで刺繍なんてする気にならなかった。
それに、笑顔で帰ったが、エイドリアン様の気分を害したことには変わらないことだけは、何となく感じていた。
罪悪感と彼の態度が少し気になった。
彼は、実は優しいだけの人ではないかもしれない。
私が王太子妃として取り繕っているように、彼もまたそうなのかもしれない。
そんな違和感を抱えた夜だった。
*
あれから数日後にエイドリアン様から手紙が届いた。『温室で会いたい』
手紙なんて送ってくる事はなかったから驚いた。
不思議に思いつつも、私は温室へと向かう。
時は既に夕刻前、空が薄暗くなる中の温室はなんだか不気味に感じた。
「なぜ温室なのかしら……」
「忙しい中、時間を作って下さろうとしているのではありませんか?」
アマンダが後ろで言う。
そうなのかしら、そうであれば素直に嬉しい。最近は、主に私が原因だとは思うが、エイドリアン様との関係がぎこちなくて居心地悪く感じていた。
自分のエイドリアン様への執着に気付き、少しずつ他に目を向けていけている今、彼との関係を改めて良い方向へ向かえるのではと期待した。
1人で王族専用の温室に入る。
薄暗い温室はやっぱり不気味だ……奥へと進むに連れて色とりどりの花と淡い光のランプが灯っており、不気味さが和らいでほっとした。
エイドリアン様を探す。
しばらく歩けば、なんだか人声がした。
嫌な予感しかない。
少し植物の影に隠れながら進めば、その声はミスイへ続く扉の中から聞こえた。
扉を少し開けてみる。
ミーシャ様とエイドリアン様だ。
「ここにはもう来てはいけない、そう言っただろう?」
「だけど……あなたに会いたくて。エイドリアンだってそうでしょう?」
聞いてはいけない、そう思っても足はその場から動かず、開いた隙間から2人の姿を確認した。
「あの方が妊娠したと聞いてから、おかしくなりそうよ。エイドリアンが愛しているのは私なのに」
「そうだよ、ぼくが愛しているのは君だけだ』
足場が崩れたように、力が抜ける。
私には言わないその言葉を、いとも簡単に彼女には言えるのか。
ミーシャ様がエイドリアンの胸に顔を埋める。そんな彼女の豊かな髪を愛おしそうにすくうエイドリアン様。
「お願い、愛している証拠を頂戴」
ミーシャ様がエイドリアン様を見上げれば、エイドリアン様がかがみ込み、彼女の唇にそれを重ねた。
ミーシャ様から艶やかな声が漏れる。
お互いを強く抱きしめながら、激しく口付けを交わす様子に、私は絶望した。
確かに側妃候補と囁かれているが、まだ彼らは婚約もしていない。それなのに、このような密室で睦み合う2人。
裏切られた感じがした。
確かに、私とエイドリアン様は政略結婚で、その想いは私の一方通行だった。それでも、子ができた今、家族としての関係を築いていこうと思っていたのに……そう彼も言っていたではないか。私を大切な家族だと。
まだ、側妃として召し上げた後ならば許せた。けれど、結婚してまだ半年と少し、子もできたばかりの今、それは裏切りでしか感じられなかった。
涙をぬぐう。
中では今にもまぐわいそうな2人。夫のそんな姿なんて見ていられない。
足を動かせば、パキッと蔦を踏んでしまい音が鳴った。中を見ると、ミーシャ様と目が合う。
その目が優越感で溢れていた。
やられた。全てはきっと彼女の仕業だ。
私はそっと扉を閉めて歩き出した。
もう何も思わない、感じない。
もう彼に対して、淡い感情なんて抱かないだろう。
燃えるのも一瞬だが、冷めるのも一瞬だった。
獣だ(自分で書いておきながら)
ごめんなさい、書く手(想像)止まりませんでした。




