19.彼にとっての
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「あっ……え、えと……こんにちは」
彼女は焦った表情でこちらを見ている。胸の前で手を固く握りしめており、小刻みに震えていた。
「王太子妃殿下の前ですよ、礼儀を弁えて下さい」
アマンダが厳しい声を出す。
「ご、ごめんなさいっ。ジェシカ妃殿下に、ご、ご挨拶申し上げます」
そう言って軽くカーテシーをするミーシャ様。
「ここは、王族付き添いでしか入れない場所ですよ。どなたかと来たんですか?」
「アマンダ、そんなに強く言わなくてもいいわ。こんにちは、ミーシャ様。ここにはどうして?」
私はなるべく穏やかに聞いた。上の者が下の者に高圧的になっては、何も言えなくなる。それに、知らずに入ってしまった可能性もあるのだ。警備がいるからほとんど不可能に近いが。何か事情があるかもしれない。
「あの、私は……ただ、ま、迷ってしまって……」
「迷った?扉には警備がいたはずですよ」
アンナがすかさず質問する。
「いえ、その、違うのです」
しどろもどろな彼女、肩が上下に動いている。
「えと、ここには知らずに、来てしまって……立ち入り禁止とは」
今にも倒れそうなミーシャ様、いつもは頬が薔薇色なのに、今は真っ青だ。
「あの、ミーシャ様?だいじょう」
私が聞き終わる前に、ミーシャ様が膝から崩れるように倒れた。
「み、ミーシャ様!?」
私は彼女に駆け寄る。大丈夫、意識はないが脈は取れる。
「アンナ、ミーシャ様の手当てを手伝って頂戴。アマンダ、外の警備を呼んできて」
2人とも焦った表情をしながらも、私の命令に応じて素早く動いてくれた。
アンナがミーシャ様の顔や首、手足に触れながら診る。
「そうですね、大丈夫ですよ。恐らく……貧血ですかね。うーん、でも魔力切れ、もあるかな」
最後の方はぶつぶつ呟いており、頭を捻りながらアンナはミーシャ様を見つめる。
「魔力……魔力?」
「どうしたの?」
黙り込むアンナ。顎に手を当てて訝しげにミーシャを見て、考えるように上を見上げた。
「少し、微量に魔力が残っているのですが、なんだか……」
真剣な表情のアンナ。
ミーシャ様に触れ、立ち上がり、ミスイの花に触れる。
「ジェシカ様っ!!警備の方を連れて来ました」
「こっちです。ここの女性を治療室へ運んで下さい」
警備の騎士も驚きに目を見開きながらも彼女の上半身を起こす。やはり、許可なく入っていたということなのか。
「なるべく目立たないように……アマンダ、アンナ、外へ出て人の目が少ない経路を確保して」
アンナとアマンダが頷いて出ていく。私は自分のマントを外して彼女に巻きつけた。
それでも、彼女の豊かなハニーブランドの髪は目立ったため、フードも被せる。
「行きましょう」
治療室まで行き、手当をして貰えばひとまず大丈夫だろう。
*
その日の夜、3日ぶりにエイドリアン様が訪ねて来た。
「ジェシカ、体調はどう?」
「だいぶ良いです。エイドリアン様もお忙しいようで、疲れてはいませんか?」
「僕は大丈夫だよ。君とお腹の子の方が心配だ」
「つわりも治ってきたので、ご飯も食べれていますし、心配はいりません」
「そっか、それは良かった」
今日来た理由は分かっている。
「騎士から報告を受けた。ミーシャが王族用の温室で倒れたこと……君が目立たぬように治療室まで誘導してくれたんだって?気遣いに感謝する」
「礼など……騒動になるのは彼女も本意ではないと思ったので」
「そうだね、うん、ありがとう」
「エイドリアン様から礼を言われても……」
私は可笑しいやらなんだか悲しいやらで、曖昧に微笑んだ。エイドリアン様はミーシャ様の何なのか。
「ミーシャから事情は聞いた」
「彼女はどうやってあそこに?」
「ミーシャは、隠し扉から入ったみたいなんだ」
「隠し扉?そんなものがあるのですか?」
「僕が教えたんだよ、幼い頃にね」
要はこうだ。幼い頃から2人でよく温室で遊んでいた。その際、植物が生い茂る中に小さな隠し扉を見つけた。ミーシャ様はその扉の中が王族専用の温室とは知らずに遊んでいたのだ。
「では、彼女は隠し扉から入り、そこが立ち入り禁止の場所とは知らずにいたのですか」
「全ては僕の責任だ。その当時、僕が付いているから彼女にはきちんと説明していなかったんだ。今日は、温室をふらふらするうちに迷って、たどり着いたのがあそこで、つい懐かしくて入ったみたいなんだ。彼女に批はない……だから、君が騎士に箝口令を敷き、目立たぬように取り計らってくれたことに感謝している」
「いえ、処分は殿下にお任せするのが良いと思っただけですので」
思っていたより冷たい言い方をしてしまい、自分でも驚いた。
「あそこは……あのミスイの花は彼女の母君が好きな花だったんだ。僕の母の侍女をしていた頃だ、今はもう亡くなっているのだけれど。だからこそ、彼女にとってあそこは思い出の場所なんだ」
「……それでは彼女の出入りを容認する、ということでしょうか?王族でもない彼女を、特別に」
「ジェシカ、彼女は僕を救ってくれた恩人で幼馴染だ。あそこは母上が管轄しているから、許可さえ貰えば出入りも可能だ」
「それは特別扱いはになりませんか?それに、彼女が1人で好きな時に出入りするのと、殿下や王妃様に付き添い出入りするのとでは大きく異なります。ミーシャ様のお母様がミスイの花がお好きだったのであれば、お花だけ彼女にお渡しすればいいと思います」
「今日はなんだか君らしくないな、どうしたんだい?」
私らしくないとはどういう意味だろう。少しミーシャ様の事には敏感なだけだ。夫の幼馴染であろうと、親しければ気になるのは仕方ないことではないだろうか。
先程からミーシャ様ばかり気にしているエイドリアン様に苛立ちを覚える。
「エイドリアン様は……ミーシャ様の何ですか?どういうご関係なのですか?」
「ミーシャは僕の幼馴染だ」
「ただの幼馴染になぜ、そんなにかまうのですか。王族でないなら、出入り禁止について説明すれば済む話ではないですか」
こんなにもスラスラと言葉が出てくるなんて今まではなかった。それだけ、今はエイドリアン様に苛立っていた。
私が妊娠していても遠のいていた足が、ミーシャ様の事になると、すぐに飛んできた。その事実に腹が立った。
「ただの幼馴染じゃない。大事な幼馴染だ」
エイドリアン様の頑なな発言に口が開く。
彼は真剣だ、至って真剣で大真面目なのだ。
「で、では、その大事な幼馴染をこれからも特別に扱う、そういうことですね?」
「彼女は貴重な治癒魔法師だ。それだけで、特別だろう?……それだけで、十分、僕と関わる理由にもなる」
もうそれは、側妃候補として考えていると言っているようなものではないのか。
「彼女を、ミーシャ様は……貴方にとってそれほどまでも大切な方なのですか?」
「……あぁ。ミーシャは僕の大切な女性に変わりはない」
その言葉に、これまで我慢してきた感情が一気に涙として溢れ出た。
「ジェシカ……」
「いいです。今日はもうお帰り下さい」
話すことはもうないと、私は立ち上がり背中を見せる。今は顔も見たくない。
「……ジェシカ」
エイドリアン様が私の肩に触れる。びくっと反応してしまった。
「ジェシカ、君は僕の正妃で家族だ。君もお腹の子も大切なのは変わらない。けれど、彼女は……」
「私は家族、ミーシャ様は女性として愛している、まさか、そんなことを言いませんよね?」
「……」
「私は政略結婚だから夫の義務として関わる。けれど、彼女は女性として恋情を抱いている、そういうことですか?」
涙を拭くことなくエイドリアン様を見つめた。彼も真っ直ぐに見つめてくる。
彼のその真面目で真っ直ぐな所に惹かれた。けれど、今は。
その生真面目さが憎たらしい。
「……ごめん」
「ごめんって……」
「僕は君を大切に思っている、本当だ。確かに、ミーシャに向ける感情とはまた違うけど、妻として家族として大事なんだ。勿論、お腹の子もだ」
「……それがどんなに私を苦しめているのかお分かりでしょうか?」
「どういうことだい?僕にとって君は家族だ。大切な家族だ」
ははっ、乾いた笑い声が私から出た。
いっそ
「いっそ、君を愛する事はできない、そうおっしゃって下さい」
涙でぐちゃぐちゃな顔で私は言う。
「それは……言えない。そんな家族に対してそんな事言えない」
「言って下さい、その方が私は楽になりますので」
エイドリアンは、目を伏せて静かに頭を振った。
「……僕は君を大切な家族だと思っている」
涙が頬を伝った。エイドリアンが「ごめん」と抱き寄せたが、何がごめんなのか。
こんなにも感情がコントロールできないのは初めてだ。
「何がごめんなのよ!私だけを見てくれないのであれば、もう優しくしないで……」
エイドリアンの胸を押す。そんな私にエイドリアン様は全く動じず話す。
「ジェシカ……。僕は王族で王になる身だ」
「……存じております」
エイドリアン様を見れば目を細め、今までに見たことのない残忍な、でもどこか楽しんでいるような、そんな表情をしていた。
背筋がさっと凍ったようだった。
「そして君も王族の一員で、今後、王妃になる。後継のために側妃を迎える可能性もある。その度に君はそうやって感情をぶつけ取り乱すのかい?」
散々、王妃教育で言われてきた。王が側妃や愛妾を持つのは仕方のないことだと。
「それは、」
「僕は必要があれば側妃を迎える。例え、君に恋情を抱いてなくとも君を抱くこともできるし、それは君が僕の妻だからだ。君を家族だと大切にする事もできる…… 僕はそうやって小さい時から教育されてきたし、その考えは今も変わらない」
言葉が出てこなかった。王族としての彼が言っていることは、正しいのだと思う。
……惚れてしまった私が悪いのかもしれない。
何も言わない私にエイドリアン様は、駄々をこねる子供に言うような猫撫で声で言った。
「君は意外に感情をコントロールするのが下手なんだね。昔はもっと落ち着いて対処できていたと思っていたけど、そんな所もいい」
「どういう……」
エイドリアン様の手が私の頬を撫でる。
「まぁ、いい。身体に触るからちゃんと休んで」
パタン。
残された私は、ただ茫然と彼が出ていった扉を見つめていた。
いつの間にか溢れていた涙は引っ込んでいた。
エイドリアンは、骨の髄から王族です。側妃や愛妾を持つ事に何の抵抗もなければ、愛していないからといって邪険にすることもないです。
ただ……妻となった女性は自分の女、そんな独占欲のようなものがある、はず……?