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 ラズウェルの話をすべて聞いた国王は、投げだすように玉座に腰を預けて、頭を抱えてしまった。そうしていると、威厳ある国王が一回りも二回りも歳をとったように見える。


 まさか国王のそんな姿を見たことがないクレアはもちろん、話の中心だったリリアンも目を白黒させる。


「あのとき、ロジャース家にそんなことが……」


 嘆く国王に反して、ラズウェルはうっすらと笑みを浮かべていた。


「舞踏会の夜、私たちを襲った連中は、王女を取り戻すつもりだったようです。結果は、陛下もご存じのとおりですが」

「どうしておとなしく引き渡さなかったのだ」

「引き渡す? 冗談じゃありませんよ。ろくなことにならない。私たちも、リリアンも。もちろん、私が渡したくなかったのもありますが」

「その娘はリリアンではないのだろう。皇女と引き換えに、血の繋がった妹を返してもらうよう交渉することもできたのではあるまいか」


 動揺したのは、ラズウェルではなくリリアンだった。気まずそうに視線をさまよわせる。


「私にとっては、十七年間傍にいた彼女こそ、妹であり、リリアンです」


 国王が顔を上げた。なにかを言いたそうに口を開くが……結局、そのままぴたりと唇を合わせる。


「……そうだな。いままでおまえの口から語られていたリリアンとは、シャロン皇女のことだったのだから」


 生き別れた妹と、ずっと傍にいた種族の違う妹。

 ラズウェルがどちらをより想っているのか、国王にはわかったらしい。


(というか、陛下にもリリアンの話をしていたのかしら……さすが)


 さすが気持ち悪いシスコン野郎どのである。


 にわかに、廊下が騒がしくなった。お待ちください、と警護に当たっている騎士が誰かを止めようとする声が聞こえる。


「しかし、ラズウェル。もうひとりのリリアンについては――」


 扉がきしんだ。廊下の喧騒がいっそうクリアになる。


「殿下、陛下とラズウェル殿はいま」


「俺は王太子だぞ。俺に聞かせられない話などあるか。リリアンがいると聞いてはるばるやってきたのだ。止めるなよ」

「カイン殿下!」


 扉を押し開けて入ってきたのは、カインだった。

 彼の瞳は一番うしろに立つクレアを突き抜け、ラズウェルを無視して、驚いて振り返ってしまったリリアンを捕らえた。この場にふさわしくないほど満面の笑みをたたえて、カインはリリアンに歩み寄る。


「リリアン! なかなか会えないからやきもきしたぞ」


 しかし、陽気な声を響かせることができたのも、そこまでだ。カインは、気づいてしまった。


 リリアンの髪は、艶やかな黒を保ったままだ。


 もちろん、ワインレッドの瞳も健在である。


「……入室を許可した覚えはないぞ」


 重々しく響いた国王の声に答える者はひとりもいなかった。


 カインだけではない。彼を止めようとしていた騎士も、騒ぎを聞きつけて野次馬に集まってきた使用人も、みな一様に、石像のように固まってしまっていた。


 クレアの背を、いやな汗が伝った。


(もう誤魔化しはきかないわ)


 クレアから見えるのはカインの背中だけだ。彼がいま、どんな顔をしているのかわからない。


 反対に、ラズウェルはわかりやすかった。杖を握っていない方の手を、目元にやっている。きっと苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


 今日はあくまで、国王にだけリリアンの正体を明かすつもりだった。

 逆を言えば、カインだけには絶対に知られたくなかったのだ。


「まぞく……?」


 見たものを反芻するように、カインがささやいた。

 こちらを向いているリリアンの顔が歪む。


 それで、クレアにはわかった。わかってしまった。

 カインはいまどんな顔をしているか。


 答えは――


「汚らわしいっ!!」


 内臓にまで響く怒声だった。


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