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クレアの背後で、謁見の間の扉が閉まった。
ひどくがらんとした空間だった。玉座に座している国王以外、ほんとうに誰ひとりとしていない。さすがに、部屋の外には護衛を待機させているのだろうが。
ちらりとうしろに目をやったところで、よく通る声がクレアの名前を呼んだ。
「久しいな、クレア嬢」
「ご、ご無沙汰しております……陛下」
まさか真っ先にクレアに声をかけてくるとは思わなかった。さすがのクレアもたじろいで、慌てて礼をする。
国王は、顎に蓄えた髭を撫でつけて、鋭い眼光をクレアに向けた。
「カインのことではずいぶん迷惑をかけたな。あれがまさかあんなに考えなしだとは思わなかった。代わって私が謝ろう」
「と、とんでもありません! 陛下が謝罪なさる必要はありませんわ」
カインが身勝手な理由で婚約を破棄するのを止められなかったことを悔いているのかもしれないが、彼はよくやってくれた方である。国王の取り計らいがあったからこそ、「王太子に婚約破棄された」という事実こそ残りはすれ、「クレアが婚約破棄されるほどのことをやらかした」という根も葉もない噂が立つのを抑えられたのだ。
時間が経てば、実はクレアに原因があったのではないかと邪推する声はちらほら見受けられたが、それでも最初から一方的にクレアを悪者にする声はなかった。クレアの苛烈な性格やリリアンへの嫌がらせの件が広まったあとに出てきた説だ。
「陛下はわたくしの肩を持ってくださったと聞いています。こちらこそ、お礼を申し上げるのが遅れて申し訳ありませんわ」
国王のしかめ面がわずかに緩んだ。かすかに笑ったようにすら見えた。
「構わないさ。当然のことだ」
さて、と彼は今度こそラズウェルに目を向けた。この場を設けようと動いたのはラズウェルだ。いわば今日の主役である。
「おまえが改まって話をしたいと言うから、なにごとかと思ったぞ」
さらにちらりとリリアンの方も見たようで、リリアンがわかりやすくからだをこわばらせた。国王は見つめるだけで相手を委縮させるほどの強面だ。それが玉座という高みから見下ろしてくるのだから、余計に威圧感がある。
「おまえの妹がここにいるということは、ここ最近、おまえの身辺を騒がせている魔族の件か」
「さすが陛下、鋭いですね」
対して、ラズウェルは信じられないほどいつも通りだった。目の前にいるのが国王陛下だとわかっているのか、と思わずしばきたくなる。
「今日は陛下にご報告したいことがあって参りました」
「報告、とな」
「ええ。……リリアン、いいですね?」
はい、と返事をしたリリアンの声は震えていた。緊張がぶり返している。手と足を一緒に前に出す奇妙な動きで、彼女はラズウェルの半歩前に出た。
ラズウェルがその頭をそっと撫でると、ふたつに分けて結われたリリアンの髪色が、みるみる黒に変じていく。
同時に、国王の目も見開かれた。まぞく、とその唇がたしかに言葉のかたちをつくる。
「……どういうことだ、ラズウェル。その娘はおまえの妹ではなかったのか」
「血が繋がっているかどうかという意味であれば、否です。ではリリアンのからだに流れる血がなにか、と言われますと」
ティザシオン皇国の皇帝。
ラズウェルの声は、謁見の間にひどく響いて聞こえた。
余韻が消えてなくなる直前、国王が玉座を蹴って立ちあがる。
「ロジャース家は魔族を……それも皇帝の血を引く魔族をかくまっていたと申すか」
「その通りです」
「ちょっと、ラズウェルさま!?」
クレアは思わず、ラズウェルの外套を引いた。いまの言い方では、話を聞いてもらえなくなってしまう。
「いつからだ? いつから魔族と通じていた? よもや、先日の舞踏会の夜の騒ぎも、おまえの屋敷の近くの村で起こった事件も、すべておまえたちが」
「私がこの手で民の虐殺に加担したとおっしゃるのですか?」
国王が黙った。さすがに言いすぎたと思ったらしい。「すまぬ」とか細い声が聞こえた。
「おまえのことだ、なにか事情があるのだな?」
これにはクレアが驚いた。ラズウェルが、これほど厚い信を国王から受けているのが意外だったのだ。この国の……特に王都の護りに関して、最も貢献しているのはラズウェルだ、というのは以前からあちこちでささやかれていたし、本人から何度も聞いていたが。
(ちゃんと仕事してるのね……仕事の話はほとんど聞いたことなかったから、実感がなかったわ)
思えばクレアは、シスコン野郎以外のラズウェルの顔を知らない。ラズウェル自身が見せようとしないのもあるだろう。
「陛下は十七年前のことを覚えていらっしゃいますか」
「……忘れるわけなかろう。私の代で王都まで魔物どもの侵入を許してしまったのは、あとにも先にもあれだけだ。はらわたが煮えくり返る」
「私もよく覚えています」
国王の「覚えている」とラズウェルの「覚えている」は、意味が違う。
ラズウェルは、クレアやリリアンが聞かされたのと同じ、リリアン・ロジャースと、シャロン・サラ・ティザシオンが入れ替えられた晩の話を、国王に向けて語り始めた。




