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「ラズウェルさま、あの人……この間の」

「そうですか……ほかもすべて魔族ですね。仲間割れでしょうか」


 クレアたちが隠れている大樹が、どしん、と揺れた。折れた枝が降ってきて、クレアは「ひゃっ」と肩を縮める。


 どうやら戦場が完全にここへ移動してしまったようである。


 魔法が散って、すぐ傍でめきめきと倒れていく木が見えた。隠れるのも限界では、と思った矢先、今度は目の前に四つ足の魔獣が落ちてくる。

 ラズウェルが杖をひと振りすると、魔獣のからだが燃えあがった。立ち昇った黒煙は、瘴気だろうか。肉が焦げる匂いがする。クレアは鼻と口を押さえて後ずさりした。


「貴女はここにいなさい」


 背後で、ラズウェルが立ちあがる。慌てて振り向いたときには、彼はすでに、外へと身を躍らせていた。


「誰だ貴様は」「ニンゲンだ」「我らの邪魔をするな」――怒号が飛び交う。

 ひっきりなしに地面が揺れて、クレアはひたすらに祈った。


(早く終わってちょうだい!)


 こんなことになるなんて聞いてない。


「もうひとりいるぞ!」


 顔を上げると、岩のような大男と目が合った。ローブのフードが裂け、片目しかない赤い瞳と短く刈りこんだ黒髪があらわになっている。盛り上がった木の根から、こちらに手を伸ばして――。


 クレアは弾けるように立ちあがった。


 いや、ここから離れたら余計に危ない。かといって抵抗したところで、クレアにはこの男にかすり傷ひとつ負わせることもできない。時間稼ぎもまた然り。捕まったが最後、一瞬で首の骨を折られて終わる未来が見える。


「ラズウェルさま!」


 クレアが叫ぶのとほぼ同時に、大男の背後にラズウェルが現れた。


 光がさく裂する。大男の動きが止まった。一拍置いて、前に倒れこんでくる。だらん、と木の根に力なくからだを投げだした大男の後頭部が、大きくへこんでいた。


 助かった、と安堵したのも束の間。

 ラズウェルに飛びかかる魔物が見えた。


「ラズウェルさま、うしろ!」


 短く舌打ちをしたラズウェルが、杖を振りかぶる。

 風を切った杖は、魔物の首を直接叩いた。子犬のような悲鳴を上げた魔物が吹っ飛ぶ。


(いまのは魔法? それとも)


 純粋な力だとしたら、とんだ腕力である。


「クソッ! ベティはあとだ! あの魔導士から殺せ!」


 かん高い女の声が、ヒステリックに響いた。あとに続くように、ほかの魔族が殺せ、殺せと口々に叫ぶ。ひとりふたりどころではない。いったい何人いるのだろう。


 クレアはできるだけ気配を消すように、膝を抱えて丸くなる。


(まさかとは思うけれど、ラズウェルさま)


 本当にここで死んでしまったりはしないだろうか。

 冷たいものが、クレアのからだのなかをすべり落ちていった。


(そうなれば……わたくしも)


 間違いなくラズウェルのあとに殺される。


 クレアは、ここまで来るときに踏み分けてきたけもの道を見つめた。


(いま逃げれば、わたくしだけでも)


 助かるだろうか。

 しかし考えに反して、クレアの足は動かなかった。


 ◇ ■ ◇


 結論からいうと、すべて杞憂に終わった。


 涼しい顔で姿を現したラズウェルは、目立った怪我はしていないようである。人よりはるかに優れた身体能力と魔力を持つといわれる魔族相手にあれだけの大立ち回りをして、大した怪我がないというのは……かえってクレアを震え上がらせた。

 さすがにというべきか、髪を結っている大きなリボンや外套は破れてぼろぼろになっていたので、かえって安心したくらいである。


(こんな化け物が兄としてくっついてるリリアンにわたくしは……どうして平気だったのかしら。いまなら絶対にラズウェルさまを敵に回そうなんて考えないのに)


 あちこちについた枝葉を払いながら、ラズウェルが手を伸ばしてくる。クレアは触れるのを躊躇った。


「一応聞きますが、怪我はないですか?」

「……こっちの台詞よ」

「ハッ、私がやられるとでも思いましたか」


 図星である。

 クレアが目を逸らしたことで察したのか、ラズウェルが深いため息をついた。


「そんなに不安だったなら、ひとりで逃げればよかったでしょうに」

「追ってこられたらわたくしではどうしようもなかったわ」

「ほう? 腰が抜けて立てなかっただけでは?」

「失礼ね。そこまで腑抜けじゃないわ」


 しかし、逃げることができなかったのは事実だ。

 理由をつけるとすれば、そう。


「わたくしがラズウェルさまを置いてひとりで逃げてきたなんて知られたら、ロジャース家での居心地が悪くなるわ」

「マーフィー嬢でもそんなことを気にするんですね。てっきり針の筵でも気にしないかと」

「わたくしをなんだと思ってるのよ」


 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。今度こそラズウェルの手に捕まって、戦闘の最中ですっかりぼろぼろになった木の根の間からはい出す。


「あら?」


 手袋に覆われているはずのラズウェルの素肌に、クレアの指先が触れた。


 見れば、手袋の甲の部分が大きく裂けて、ラズウェルの白い肌が覗いている。クレアが首を傾げたのを見て、初めて気づいたのか、ラズウェルはこちらが驚くほどに目を見開いた。


「あぁっ……!?」


 クレアが初めて聞く間抜けな悲鳴である。目の前にいなければ、ラズウェルが発したものだと気づかなかったかもしれない。


「そんなに大事なものだったのかしら、その手袋」

「四年前にリリアンがくれた誕生日の贈り物です」


 答えがあまりにも期待通りすぎて、かける言葉が見当たらなかった。


「……こんなところに身につけてくるのが間違いじゃないの」


 自業自得である。


「いいえ、保護魔法は万全でした。いままでなにがあっても大丈夫だったのに」


 成人男性が、妹からのプレゼントを壊して本気で落ちこんでいる。

 ちょっとかなりだいぶ、見ていられない光景だった。


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