第2回 ハイレベルミーティング開催……?
夏休みが折り返しに差しかかったある日のこと。
ヒグラシの声など聞こえるはずもない都会の夕暮れ。
健一は自室にある狭いバルコニーで、沈みゆく夕日を眺めながら、世界そのものを憂いでいた。
「ああ、今日も一日が終わる……。俺の耳には確かに聞こえる。大地の叫び声か……。星星の嘆きが!! ああ……世界はなんて残酷で儚く、それでいてふつくしいのだ……」
現在高校二年の健一は、厨二病真っ盛り。
彼は、いつものように溢れ出る思いをあえて声に出し、うっとりとした瞳で茜色に染まる空を見つめていた。
ピコン
ポケットのスマホが鳴る。
差出人は、幼馴染の英雄こと『ヒデ』。
『来週の火曜日、第二回ハイレベルミーティングを開催する。議題は『異世界召喚時に持っていくべきもの』だ。各人必要と思われる品を用意し、部室に持ってくること。その際、簡単なプレゼンを行ってもらうのでそのつもりで』
「は? 第二回だと? 今日は何曜だ」
健一は慌ててカレンダーを確認する。
長期の休みに入ると、つい曜日の感覚がなくなってしまう。
「今日は日曜か。え~っとバイトのシフト、調整しないと。んでなに? 異世界に持っていくべきもの? また面倒な……」
口ではそう言うものの、その口元はニヤついていた。
健一は、すぐにクローゼットから自分が持っている中で一番大きなリュックを引っ張り出した。
「そうだな、まずは……下着、除菌シート、歯ブラシ。それから充電器、いや、電気とかないか。それじゃあ乾電池買うか。あとは腐らない調味料とかか? 紅茶、コーヒー、トランプ、uno、カードデッキも暇なとき対戦できるし。なんだったら、パック剥きしたいな。新弾買うか……」
幸い、夏休み中はバイトに明け暮れていたため金ならある。
健一はニヤニヤしながら、購入すべき物をリスト化していった。
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「……まるでパルテノン神殿だな」
三角座りした健一がぽつりと呟く。
「ん? なんだ健一。お前、ギリシャに行ったことあるっけ?」
同じく三角座りしたヒデが尋ねた。
「いや、ないけど……」
「そっか~、そうだよな〜ないよな~」
「ああ」
「つか、なんであんたたち、そんな冷静なわけ?」
これまた三角座りしたナナが、健一とヒデをじろりと睨んだ。
現在3人は、何故か白亜の神殿内の薄暗い柱の陰で、大きなリュックを背負ったまま三角座りしていた。
その床には、白い線で円が描かれている。
見るからに魔法陣っぽい模様だ。
彼ら3人、本日行われるはずだった『第二回ハイレベルミーティング』に参加するため、学校へと向かう途中だった。
しかし、気が付くとなぜかここにいたのだ。
「もしかして、俺ら、こいつに召喚されたのか?」
ヒデは、自分たちの直ぐ側に立つ少年を指差した。
そこには白い服を着て鼻水のたれた5歳くらいの小僧がボケーっと立っており、その手には白い小さな石が握られていることから、この床の魔法陣は、彼が描いたものなのだと推測できた。
「え? この鼻たれに?!」
「実は、すっごい神子とか、そういうオチなんじゃないの?」
そう言うと、ナナは果敢にもその鼻たれ小僧に声を掛けた。
「ねえねえ、きみきみ、言葉わかる? なんで私たちをここに呼んだの?」
「……」
小僧はナナをちらりと見るが、すぐに視線を神殿の中央へと向けた。
「あれ? やっぱり言葉通じないオチとか? もしも~し。う~ん。ハロー? ぐーてんたーく?」
無視されても立ち向かうそのコミュ力に、ヒデと健一は内心感動した。
ちなみに小僧の名はグウ。
齢五歳にして天才と呼ばれる……こともなく、いつもぼーっと一点を見つめる無口な鼻垂れ小僧だった。
グウは町外れにある家に、祖父母と住んでいる。
両親がいない……わけでもなく、その日の晩御飯のおかずの良し悪しで、両親と祖父母の家を行ったりきたりする気分屋さんだった。
そして今日、神殿の大広間で100年に一度行われる召喚の儀、いわゆるお祭りみたいなモノを見学するべく祖父母と神殿に遊びにきていた。
大広間の前方中央に描かれた大きな魔法陣。
これは、この世界にはびこった恐ろしい魔族と戦うことの出来る、勇者と聖女を召喚する際に使った魔法陣といわれている。
しかし現在、この国は多少住みにくくはあるものの、特に勇者や聖女など必要としていない。
『ヒャッハ~』な魔族などおらず、ちょっと乱暴者の魔族たちが、酒が弱いにもかかわらず飲んで騒ぎを起こす程度だった。
過去、この地がもっと住みにくかった頃、国のおえらいさんたちが異世界から勇者や聖女を召喚した。
召喚された勇者や聖女は強く、この地に平和がもたらされた。
それを記念して、100年に一度なんちゃって召喚をおこなうのだ。
この儀式を始めてみたグウの身体に電流が走った。
神聖な雰囲気。
中央に大きく描かれた魔法陣。
(あの魔法陣を描いてみたい!!!)
グウの心の中に、今まで感じたことのない衝動があふれ出てきた
グウはすぐさま目を凝らし、地面に白い石が落ちていないか探し始めた。
偶然見つけることができたので、グウは見様見真似で地べたに座って魔法陣を描いてみた。
初めて描いた魔法陣、しかも五歳の子供が、遠目から一度見たきりの複雑な模様を描けるはずもなく。
いびつで円になっているかも怪しい。
それでもグウは描き続けた。
ほとんど適当に、格好良さそうな記号を自作しながら、なんとか納得のいく魔法陣もどきを描き切ることができた。
周囲にいた人々は、召喚の儀を見に来ているため、勝手に神殿の床に落書きしているグウには気づかない。
見つかったらめちゃくちゃ怒られるのに。
お気づきかと思うが、ヒデ、健一、ナナはこのグウの描いた落書きによって召喚されてしまったのだった。
特に理由はない。
そこに神の意思のような神々しい思惑なども一切ない。
本当にただの偶然、不慮の事故の結果だった。
ナナは先程から何度もこのグウに話し掛けているが、全て無視されていた。
グウは魔法陣を描き切り、すっかり満足したので今度は本物の召喚の儀に意識を向けていた。
しまいには、人だかりの方へと走っていってしまい、ヒデ、健一、ナナの3人だけがこの場に残されてしまった。
「あ、ちょっと~。ねえねえ!! ……行っちゃった」
走り去ったグウに、とうとうナナは諦めた。
「言葉、通じなかったみたい」
「そうか……お疲れ」
3人はグウが走っていった場所、今いる神殿内の中央、ここから少し離れた場所を見た。
そこには、いかにも怪しげな白装束の集団が、先程からワイワイと盛り上がっていた。
直径10メートルはあろう大きな円が描かれた床。その中央に制服姿の背の高い男女2人が仁王立ちしていた。
白装束の集団は、跪きながらその二人に何かを必死に訴えている。
「邪気が……」
「魔族が……」
「世界が……」
密かに聞こえるそれらの言葉の中に、物語でしか聞かない言葉がいくつもある。
まるで夢をみているような、しかし自分の座る床の冷たさに現実を目の当たりにしたヒデと健一は、寒くもないのに股間がキュウッと縮みあがった。
「あの床に描かれてるの、魔法陣だよな……」
ヒデはぽつりと呟く。
「てことは、紛れもなく異世界召喚……」
健一はそれに答えた。
「それは、まあ、なんとなく分かるけど……」
「……これって現実だよな」
「昔懐かしドッキリテレビってことか?」
「そもそもドッキリって有名人限定よね? 私たちにはあり得ないと思うけど……」
あれだけ綿密(?)に計画していた異世界召喚。
しかし、いざ現実になると頭が真っ白になって何も考えることができない。
まあ、当然といえば当然なのだが。
いきなり言葉や常識が通じるか分からない世界に、ぽ~んと放り出されたのだ。
外国に旅行するのと訳が違う。
しかも彼らは、まだ学生の身。
死ぬか生きるかの世界に身を置いたことなど、ゲームや妄想の世界でしかなかった。
っというか、大人でも余りないのだが。
ヒデと健一は、自分の身体が小刻みに震えていることに気付いた。
「ねえねえ。そんなことより、あの2人、絶対隣町のルシファー学園の制服を着てるわよねえっ!!」
落ち込んでいたヒデと健一。
しかしナナは、いつの間にか膝立ちでセミのように柱にへばりつきながら、小鼻を膨らまして興味津々に魔法陣の中央を見ていた。
「え? 何? 知ってるのか?」
「当然よ! 幼稚舎からエスカレーター式で、超お金持ちしか通うことの許されない正真正銘由緒ある学園よ!」
「「へ、へぇ……」」
カラ元気かと思ったが、ナナの瞳が想像以上にキラキラしていることに気付いた2人は、内心ドン引きした。
立ち直りが早いのは良いことだ。
「それに見て、あの日本人離れした八頭身! 遠目ではっきりとわからないけどあの髪型と髪色、彼等きっと小鳥遊兄妹よ! 間違いないわ」
「へ、へえ……タカナシ兄妹?」
「え? 何? まさか小鳥遊兄妹を知らないの? あの小鳥遊グループの御曹司とご令嬢よ? そんなことも知らないの?! ありえないんだけど! 生きる意味ある?!」
「え? あ、なんかごめんなさい」
「ごめんなさい」
ナナの余りの勢いに、健一とヒデは取りあえず謝った。
「あの御二方は、まさに天が二物も三物もお与えになった素晴らしい方たちなのよ! ファンクラブもあるほど人気があるの! ちなみに私は1498番だけど」
「へ、へえ……入ってるんだ」
幼馴染の新たな趣味に、ヒデはちょっと引く。
「ということは、その小鳥遊兄妹が本命で、俺たちの方が巻き込まれた側か」
「やっぱりそうか。いや、分かってたんだけどな。まさか初めての召喚が『巻き込まれ召喚』だとは……」
健一は落胆した。
「巻き込まれ召喚?」
ナナは聞き返す。
「お前まさか『巻き込まれ召喚』をしらないのかよ? いいか、『巻き込まれ召喚』とは勇者や聖女を召喚する際、うっかり近くにいた人間までも謝って召喚してしまうことをいうんだ」
「え? うっかり?」
「ああ。そして今回の召喚、多分我々が巻き込まれた側だ」
健一は残念そうに首を横に振る。
「え? でもそれっておかしくない?」
ナナは首を傾げた。
「巻き込まれるには近くに人がいないとダメなんでしょ? 私ここに来る前、玄関のドアを開ける直前だったよ? そもそもあの2人って、隣町に住んでるんだよ? 無理じゃん」
「あ~確かに。俺は登校中だ」
「俺は学校についてすぐだったな」
「ほらみんな、バラバラじゃん」
3人は首を傾げた。
「ってことは、やっぱり俺たちも召喚された側か?」
「……まさかと思うけど、私たち、さっきの子の落書きから偶然召喚された……なんてことないよね?」
神殿中央の大きな魔法陣とは雲泥の差であるが、床に描かれた魔法陣といえなくもないいびつな円。
「いや、さすがに……」
残念、正解!
彼らは偶然にも、小僧グウの落書きから召喚されてしまったのだった。
「まあ、とにもかくにもステータスとか見たら分かるんじゃね?」
「ステータスか……つまりあれか。ついに伝家の宝刀を使うときが来たわけだな」
「ああ、伝家の宝刀だ」
ヒデは至極まじめな顔で考え込むと、健一も同じくまじめな顔で頷いた。
「? 伝家の宝刀って?」
ナナは何のことかさっぱり分からない。
「健一、やれ」
ヒデはナナの問いには答えず、健一にそれを促した。
「ああ。いくぞ! スッ……、ステ……ステ……スススススsんぐっあああああああああああああ」
健一は何かを口にしようと努めるが、急に悶え苦しみだし、しまいには顔を真っ赤にさせて頭を抱えて項垂れた。
「無理だ! ヒデ!! 俺には無理だぁ!!!」
「やはりか健一。しかし、俺も無理だ」
ヒデは首を左右に振る。
「そ、そんな! やる前から諦めるなんて! 無責任だ!!」
「何と言われようとも、出来ないものは出来ない」
「意気地なしめ! 見損なったぞ!!」
「何とでも言え」
「え? え? なに? 何が始まった?」
ナナは、彼らが口論している理由がさっぱり分からなかった。
そう、2人は苦しんでいた。
心が何故だと叫んでいる。
そして、自分の余りの情けなさに涙が出そうになっていた。
なぜ『ステータスオープン』が言えないのだ!
彼らは苦悩する。
ラノベの主人公たちがその言葉を口にする瞬間、自分も同じように声にだして言ってみた。
もしかしたら、自分にもステータスボードが見えるかもしれない、と。
眠れない夜、暗闇の中、天井見つめながら何度も唱えた。
便座に座りながら、無意識に何度も唱えた。
イントネーションが違うのか、感情をこめればよいのか、英語っぽく言えばよいのか、試行錯誤しながら何度も唱えたというのに!!
何故今、ここで胸を張って言えないのだ、と。
いかんせん、彼らにも羞恥心はあったようだ。
「っすすすすすてーしゃす、おうぷふんっ」
「シュテーツアスっ、オープウオン」
それから小一時間とは言わないものの、暫くの間苦悩した2人は、嚙みながらではあるが何とか言い切ることが出来た。
すると、
なんということでしょう!
彼らの目の前に、半透明のボードが浮き上がったのだった。
「あがががががががががっ」
「うにょにょにょにょにょ」
2人はあまりの興奮に、奇声を上げながら転がり回る。
「え? なになに? ステータスオープン?」
ナナは、彼ら2人にならってしっかりとした口調で、あっさりと伝家の宝刀を繰り出した。
すると同じように、彼女の目の前にも半透明のボードが浮き上がった。
「うわっ! すご! 見てこれ、本物? え~なになに……」
ナナの様子を見ていたヒデと健一は、釈然としないものの、すぐに食い入るように自分のステータスボードに目を向けた。
ヒデ
レベル:1
称号:名ばかりの英雄
HP:500/500
MP:500/500
剣術スキル:初めての武器。京都土産の木刀を異空間より取り出せる
健一
レベル:1
称号:魔法使い(仮)※
※(仮)は30歳になったときに取れる。
ただし(仮)が取れることは確定している。
HP:300/300
MP:700/700
取得魔法:水魔法/ウォシュレット(弱)
ナナ
レベル:1
称号:聖なる腐女子
HP:200/200
MP:800/800
取得魔法:光魔法/腐の浄化
「……………」
「……………」
「……………」
彼等の前途多難な異世界生活が今始まるぅ!!!?