第二十二話 十六歳の跡継ぎ
あれから三年。
黎仙は積極的に各地を回っていた。
突如、どこかの町に現れ、貧しい人々に施しをし、苦しんでいるものには手を差し伸べる。
そしてその美しさも評判となり、国では彼女を称える声が多くなっていた。
史上初めての女性教皇への期待が民の中での希望になりつつあった。
「今までとは違ったものになるかもしれない。」
民たちは変化を期待していた。
それが国をかろうじて繋ぎ止めていた。
黎仙はこの三年、地方の人々から国の批判をよく聞いた。
引き上げた税で新しい宮を造営しているといったものや、地方の行政の放置というものが殆どだった。
一因は老齢となった国王の権力崩壊というものが上げられる。
その上、次に国を治めるべき王子は統率力に欠け中央機能が乱れているということを黎仙はよく耳にした。
そして今回、
馬車は数十人の騎士を連れながら一つの村へと辿り着いた。
着いた場所は今までみたどの村よりも崩れた村だった。
そして鼻をつく異臭。
それは空気に載ってずっと漂っていた。
何人かの騎士がその匂いにこらえきれず、道端で嘔吐しても、黎仙は静かにその場所に降り立った。
黎仙の影からもう一人小さな子供が降りて、その村の景色をただ眺めた。
「これは・・・。」
警備をした教会騎士の隊長があまりのことに絶句した。
黎仙も言葉はなかった。
はじめは一つの報告だった。
王都から離れた村で集団自殺があったというのだ。
始まりは例のごとく騎士たちの小競り合い。
それは数騎ずつの小さなものだったが、中に魔法騎士がおり、収穫間近な畑を焼き尽くしたという。
そしてその村に課されていた昨年よりも重い税。
この村は数年前にも飢饉に見舞われ、多くの村民が餓死したということがあり、村人たちは精神的に追い詰められどうにもならず首をくくったという。
村の壁には国王と教会を非難する血文字が残されていた。
黎仙は下ろされた遺体を見つめていた。
幼い子や、若い人間。皆やせ細り、満足な着衣すら身に着けていなかった。
黎仙はその中、一つの家をただ眺めている子供を見つけた。
「北斗?」
少し髪を伸ばし、だいぶ身長も伸びた子供は身じろぎ一つせず、ただ扉の前に立っていた。
「どう、しましたか?」
「ここ。」
「ん?」
「僕の家です。」
家の中にはもう誰もいない。
竈にはもう蜘蛛の巣がはり、家には食料らしいものは何も無かった。
黎仙は思わず振り返って木に首をかけている人間を見つめた。
北斗は振り返らなかった。
ただその場で涙を落とし続け、声を殺して泣いていた。
「北斗。」
「父ちゃんと・・・母ちゃん。後ろにいます。」
黎仙は思わず背中から抱きしめた。
北斗の体を自分に押し付けると何度も何度も撫でてやった。
自分のせいだ。
撫でながら黎仙は自分を責めた。
北斗の両親が追い詰められて、間引きしたということを知っていたのに。
騎士が小競り合いしているということも聞いていたのに。
何もできなかった。
この三年、そんなことばかりだった。
生活が苦しいときかされ想像をして行っても、現地を見ると想像以上のことばかりだった。
何度も、怪我や病気のために目の前で命を落とす子供を見た。
そして各地を回ると、黎仙でさえ国王側の騎士に邪魔され道が通れないそんなことも多々あった。
民の期待を感じるほど、自分の無力感は増え、自分の甘さと無知を思い知らされた。
そして今回は自分の無責任さを痛感させられた。
北斗は手の届く場所にあったぬいぐるみを一つ握った。
「これ・・・。兄ちゃんと使ってた。兄ちゃんたちも死んじゃったのかな。」
「北斗にはお兄ちゃんが?」
「はい。四人いると思います。顔なんて覚えてないけど・・・。後ろにいないのなら・・・生きてるのかな。それとも僕みたいに袋に入れられて・・・。」
もうそれ以上黎仙は聞けなかった。
「北斗、ねえ。北斗。生きてるわよ。きっと、北斗だって生きてたじゃない。」
北斗は何も言わずただ涙を落としていた。
「それに、あなたの家族はまだ私がいますからね。」
「はい。黎仙様。」
教会へと戻る道すがら北斗はぬいぐるみをただ握り締めていた。
「黎仙様、いつか、兄ちゃんたちにあえたら、黎仙様の家族にしてもらってもいいですか?」
「ええ。あなたの家族ですもの。私の家族よ。」
「はい。黎仙様。」
北斗は膝を抱えてこみ上げた涙をひたすらこらえていた。