第一話 少女とならず者
大陸の中で並ぶもののない大国、紗伊那国。
その国には二人の統治者がいた。
強大な国を作り上げるため二百五十年間軍部を率いてきた国王。
そして戦いが続き疲弊した民の心を導いた教皇。
二人の統治者はそれぞれに『騎士』を持っていた。
騎士は大陸最強の兵士と謳われ、特殊な鋼の鎧を着、自分の背丈の二倍はある二足歩行の深緑色の竜を足として使っていた。
彼らは自分の信条に従い国王側と教会側に分かれ己が敬愛する人を守り続けた。
国王を守るための国王騎士団、光騎士団、竜騎士団、教皇を守るための教会騎士団、暗黒騎士団、魔法騎士団がそれである。
だが、強国となり何十も国のある大陸で確固たる地位を築き上げた超大国に平和が訪れることはなく、時がたつにつれ国王か教皇かどちらを国の象徴とするのかで争いが起こりはじめた。
国が二つに割れ、統治者間の争いにさらに拍車をかけるように騎士も日々対立し、貴族、騎士だけではなく民間人まで死者を出すようになった。
*
教会中の蝋燭が風で揺れた。
それは新たなる来訪者を告げた。
そして一人分の足音が自分の斜め後ろで止まったために、少女は自分へよこされた人間かと目を薄く開いた。
けれどそうではないとすぐに判断した。
自分の祈りを邪魔されることがなかったからだ。
少女の前にはこの国の精神的支柱、かつての教皇の黄金像があった。
幾たびも戦火に包まれたこの国の民の心を救い続けた初代教皇。
そして彼女もまた救いを求めている人間の一人だった。
「・・・どうすればいいのでしょう。」
「考えてやる、口に出せばいい。」
それは後ろからの言葉だった。
突然のことに驚いたように少し肩が揺れ、首が後ろへ向けてゆっくりと動いた。
束ねていない長い黒色の髪が風を受けてまるで絹糸のように流れてゆく。
けれど振り返った少女の黒い瞳はその美しさと相反するものがあった。
男をとらえた少女の目はきついものだった。
後ろに祈りには似つかわしくない男がいたからだ。
どこがと問われるとそれは全てだった。
こざっぱりした綿の白い法衣で身を包んだ少女とは全く違うズボンからみ出した白いシャツ、一つとしてボタンのかかっていない薄いグレーのベスト。
梳かすことのなさそうなクシャクシャの栗色の髪に無精ひげ、という汚らしい顔。
まるでわざとそう見せているのかと問いたくなるようなただらしない男が、大きな体を仰け反らせて椅子に座っていたのだ。
ただ栗色という柔らかな色をした瞳だけはまるで鋭く光る凶器のように少女を捕らえていた。
けれどそんな大男を見ても少女は怖気づかなかった。
すぐさま立ち上がると赤い唇を動かした。
「ここは中央教会です。国でもっとも権威のある教会。そこで、この姿。許しませんよ。」
すると大男はニヤッと大きな口を持ち上げた。
「なんだ、教会は客を選り好みするのか?」
「客ではないでしょう?・・・祈るのであれば、それなりの敬意を払いなさいといっているだけです。」
「ちっちぇのに、しっかりしてるな。」
「無礼な!私はこうみえても、十三・・・。」
「ちっちぇだろう。十三、なんてまだケツの青いガキだ。」
男はニット笑って白い歯を見せた。
少女は怒ることなくただ諦めたようにため息をつくと、もう一度黄金像を眺めた。
「あれ?怒らないのか?何だ、怒った顔を拝もうと思ったのによ。」
すると少女は男を見ることはなかったが言葉は返した。
「実際にそうですね。何もできないただの子供でしたね。偉そうに言って申し訳ありません。おじさん。」
おじさんという言葉をきき男は頭を掻いた。
「俺はおじさんじゃねぞ。まだ二十五だ。」
「まあ、私よりも十二も上ではありませんか!でしたらもうおじさんです。」
男はそれが彼女の微かな反撃だと気がつくと、それ以上何を言うこともなく祈り続ける少女の後ろ姿を眺めた。
まるでそれは絵画のような美しさだった。
「何、祈ってんだ?胸がでかくなるようにか?」
反応はなかった。
けれど男は声をかけ続けた。
「それともどうやったらいい女になるかか?なんなら、俺が個人的に教えてやるぞ。」
「祈りの邪魔ですよ。人の祈りを妨げるのならお帰りください。」
「はいはい。じゃあ、だまってお嬢ちゃんの背中見てるよ。」
「やめてください!もう!」
少女は本当に嫌そうな声を上げ後ろの男を睨みつけた。
男はやっと反応が返ってきて楽しそうに声を上げた。
「よし、俺の勝ちだ!」
「勝ち?勝負なんてしてませんよ!」
「つべこべ言うな、俺の勝ちだ。」
まるで押し付けるような言い方に少女はため息をつくとまた前を向いたが、暫くして再び振り向いた。
その目は男と合った。
「あの、祈らないのなら帰ってください。」
「祈ってるよ。」
「なら、」
「像に祈るよりも、未来の教皇様に祈るほうがご利益ありそうだからな。」
教皇という言葉に過剰に反応した。
「未来の教皇様なんだろ?お嬢ちゃんは。」
男はもう一度白い歯を見せた。
「あなた、一体・・・。」
少女が警戒した目を向けた途端、扉が開き、少女はそっちに目を向けた。
そこにいたのは見知った僧侶たちだった。
「黎仙様、ここにおられましたか。」
「何もおっしゃらず、お部屋から出るのはおやめください。」
息を切らして走ってきた僧侶たちは黎仙に小言を口々に言い放つと、呼吸を整えた。
様子からして、方々を探したことは分かった。
黎仙と呼ばれた少女は男に一度目を向け、それから自分を探しに来た者たちに敢えて目を向けた。
「ごめんなさい。少し、考え事を。」
「戻りましょう、大事なお体なのですから。」
まるで連行されるかのように僧侶たちに囲まれながら少女は男のそばを通った。
その際、二人の視線は一度絡まった。
けれどそれが恥ずかしかったのか、すぐに黎仙は視線をそらし、教会をあとにした。
一人しかいなくなった教会で男は体を伸ばしてからあごに手をあてた。
「いやあ、可愛いねえ。美人になるぞ、ありゃあなあ。」