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第二話 残りものの跡継ぎ

「しかし、相次いで閣下お二人がお亡くなりになるなど、教皇様のお嘆きたるや・・・。」

「心正しい方々だったからな。惜しいことをした。」

「そして残ったのが黎仙様お一人。しかし、黎仙様ではなあ。女性というのはどうなのだろう。ただ聖典にも、教会規律にもなにも禁止事項はないからなあ。」

そんな教会の修道士の言葉の意味すら分からぬ幼い子供が皿に盛られたりんごをおぼつかない足取りで運ぼうとしていた。

「おい、坊主。大丈夫か?」

修道士たちは会話を忘れ、その子供に視線を移す。

すると飯炊きの体格の良い中年女は大声で笑った。

「あんたら、無駄口叩いてないでその子みたいに働きよ!」

子供の短く刈った頭には切り傷の跡があった。

「かわいそうになあ。」

男たちが哀れみの目を向けると少年は気丈にもにらみ返した。

「負けん気の強い子だ。さあ、坊や、黎仙様に挨拶して、名前をもらいにいっといで。」

「よし、行くか。」


黎仙は目の前の家庭教師を良いと思ったことはなかった。

銀色の細い眼鏡に、細長い顔。

そしてまるで針のように細い体。

どこか病的で陰気な気がした。

名を遜頌(そんしょう)という。

けれど勤勉実直と評判の高い彼は修道士や教皇からの信頼が厚かった。

「黎仙様、きいておいでですか?」

「え?あ、きいております。もちろん。」

「お疲れなのは分かりますが、早く一人前と認めていただけなければ困るのは黎仙様なのですよ。兄上様、お二人が亡くなり、民の心の沈みようは深いのです。早くあなたがその心を照らさねば。」

「分かっています。」

その言葉は少々苛ついたものだった。

黎仙には教養以外の教育というものがされたことは無かった。

なのに突然、お鉢が回ってきたのだ。

教皇という、この国で精神面での最高権力者のお鉢が。


黎仙には同じ母から生まれた兄が二人いた。

長兄は教皇となるべく育てられ、品位を持った人であり、次兄もまたその兄を補佐すべく優しい心を持った人だった。

その二人はことのほかたった一人の妹、黎仙を自分たちの心の癒しのように可愛がっていた。

けれど二人とも命を落とした。

ただ突然に二人はこの世を去ってしまったのだ。

病死と下された判断に教会の幹部には国王軍の仕業だという声を上げるものもいた。

ただ確証もなく繰り返されているそんな話を消したのは遜頌だった。

現教皇の信条は「信」である。

人を信じ、信じられることこそがこの世界の平和だと掲げてらっしゃる教皇のもとで自分たちが「疑」を持つのかと。

それ以来、国王側を疑う声は表立ってでなくなった。

けれど黎仙は疑うということも時には必要だと思っていた。

父を否定したくはないが、兄を病死とするには腑に落ちないことがたくさんあったのだ。

だからこそ、この遜頌の言葉が奇麗事に聞こえたのかもしれない。


「黎仙様、そのように尖ったお心のままでは人を救うことなどできませんよ。」

嫌いな人間に注意されることほど嫌なことはなかった。

いちいち腹が立った。

「黎仙様・・・。あなたは教皇になられるのですよ。あなたの心が正しいものでなければだれがついてくるのでしょう?よいですか?」

長くなりそうな遜頌の説教を区切ったのは扉を叩く音だった。

「どうぞ。」

黎仙の声と同時に扉が開き入ってきたのは修道士と子供だった。

「失礼いたします。」

「します。」

修道士に心配そうに見つめられる子供は今にも皿から落ちそうなりんごを懸命に運んでいた。

「ああ、今日入ってきた子供というのはあなたですね。」

黎仙は自ら歩み寄ると皿を受け取り、子供を撫でた。

撫でる時に頭にいくつもの切り傷を見つけた。

一方、いがぐり頭を撫でられた子供は嬉しそうにその黎仙の手に触れた。

その小さな幼い子の手を握ると黎仙は自分の部屋の奥へと招きいれた。

「一緒にりんごをいただきましょう?遜頌、今日の勉強はもういいでしょう。」

遜頌はわざとらしくため息をつくと本をまとめ部屋から出て行った。

子供は遜頌を一度見たあと、黎仙を表情のない目で見つめた。



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